キミが好き
「ユノ、私の方についてきちゃって、良かったのですか?」
「うん、別にいいよ」
イェンナは道を選びながら、『人−人族』の領地へと向かっていた。斜め後ろをユノが歩く。当分の間続いていた森を抜けると、蔦や草木に足を取られずに済んで足元にも気をつけなくてもよくなり、足取りは軽くなった。
「ユノは周りに気を遣うことのできる優しい人ですね」
イェンナは後ろを向かず、前を進む姿勢をそのままにして独り言のように言った。
「…………」
沈黙で返されても気に留めず、イェンナは歩を進めた。斜めにかけたカバンには、バナナが一房入っている。ユノが用意してくれたもので、明日香のカバンにも同じものが入っている。カバンの中にあるバナナの存在を感じていると、後ろから自信のなさそうな声が聞こえてきた。
「それは、ロウのことだろ」
「いいえ、私はユノのことを言っているんです」
「ボクは優しくなんかない。ロウのことが大好きな明日香と一緒に行く勇気がなかっただけだ」
ぽそぽそと小さい声で話すので、少し聞き取りにくいと思い、イェンナは速度を緩めた。ユノの隣に並ぶ。肩と肩の位置が近づいた。
「まあ、気持ちはわかりますが……ユノは明日香に振られてしまったけど、私はそれはそれで良かったと思いますよ」
ユノは、むうっと口を尖らせると、イェンナと反対方向に顔を向けて、「……イェンナって、時々、ヒドイよね」と言った。
あはは、と軽く笑うと、イェンナは顔をそのままに真っ直ぐ前を見る。
「私、ユノが好きなんです。だから、良かったって思っちゃって」
その言葉にユノが驚いて、イェンナを見る。イェンナは、ユノに向き合うと、笑顔を浮かべながら、首を曲げた。
「だから、ごめんね。意地悪なこと言ってる自覚はあります」
「えええ‼︎ うそうそっ‼︎」
「うっふふー、ほんとっ‼︎」
イェンナがいたずらっ子のように、ニヤリとする。その顔を見て、ユノがばふんと顔を赤くした。
「も、もしかして、与え続けたバナナのおかげ?」
「そうかもねー」
ユノは隣で歩くイェンナの手をぎゅむっと握った。
「あえ?」
イェンナが驚いて横を見る。ユノは嬉しそうに、握った手に力を入れる。
「ユノ、あなたねえ……切り替えはやっ‼︎」
その言葉に二人はぶっと吹き出すと、笑いながら歩いていった。
✳︎✳︎✳︎
「イアン、イアン、そこに居るの?」
声を低く抑えて発する。けれど、洞窟の中では音が反響するのか、自分が思ったよりも声が大きくなり、明日香は首をすくめた。
洞窟の奥は暗く、目を凝らしてみても、何も見えない。
明日香は再度、イアンを呼んだ。
奥から、足音が聞こえてくる。小さな影が、目の前に躍り出た。
「明日香っ」
「あ、マル‼︎」
力一杯駆けてきたマルを身体ごと抱きしめると、明日香はマルの頬に頬ずりした。
「明日香っ、明日香っ」
「マル、良かった‼︎ 無事だったんだね。アクバとシュリは?」
「お兄ちゃんたち、意気地なしなんだもん。明日香の声だって言っても、信じてくれなくて……だからワタシが見にきたの。二人とも奥にいるよ」
「そうなの、良かった‼︎」
改めて、マルを抱き締める。マルがべろっと頬を舐めるのをそうさせておいて、明日香は訊ねた。
「マル、パパとママは?」
マルが途端に舐めるのを止めた。鼻を下に落とすと、すんすんと啜り出した。
「どこかに行っちゃったの」
涙声になる。
「ここに居るようにって言って、どこかに行っちゃった。まだ帰ってこないの。明日香、パパもママも大丈夫だよね?」
マルがしゃくり上げる。ひっひっ、と背中を揺らしている。
「マル、泣かないで。きっとパパもママも大丈夫だよ。すぐに戻ってくるから心配しないで」
背中に手を回して、さする。
明日香は、その小さな身体を抱き締めると、ある思いが湧き上がってくるのを抑えることができなくなった。
人や獣がたくさん死に幼い子どもが泣く、こんな戦争なんて、絶対におかしいと。おかしいと分かっていても、誰にもどうすることもできないなんて、と。覚えのある悔しさが、湧いて出てきて、明日香は奥歯をぐっと噛み締めた。こめかみに鈍痛が走る。背中に回した手に力を入れた。
「イアンを探しにいくよ」
「明日香」
ロウの心配そうな声が背中に掛かる。
「マル、パパとママをきっと見つけてくるから。ここでアクバとシュリと待っていて」
「明日香、それほんとう?」
「うん、約束するね」
マルが泣くのをやめ、明日香に飛びかかった。
「明日香、ありがとう‼︎ ワタシ、明日香のこと大好き‼︎」
後ろに倒れそうになるのを耐えながら、明日香は心からの笑顔でマルを抱き締めた。
「私も大好きだよ、マルっ」
明日香の心は決まった。




