言語
「ねえ、私。めっっちゃ良いこと、思いついたんだけど」
神妙な面持ちで何度もそう繰り返す明日香を前に、ロウとユノ、後から部屋へと入ってきたイェンナは、呆れた顔を浮かべながらも明日香の話を待っている。
「で、なんなの?」
ユノが痺れを切らして、催促する。ようやく明日香が、本題に入った。
「この前、カスガさんのとこのトニマニに会ったでしょ。その時のことで、気がついたことがあるんだけどもっ‼︎」
「うんうん」
「トニマニ、日本語が少しだけだけど、話せてたじゃない?」
「うんうん」
「ここ最近はトランスレーションのことばっかり考えていて、全然思いつかなかったんだけど」
「うんうん……うん⁇」
「共通言語を作ったら良いと思うの」
「⁉︎」
「⁉︎」
「そうすれば、通訳の必要もないし、その言語をみんながマスターすれば、意思疎通が簡単にできるようになるんじゃないかなっ」
「ちょ、待って」
「マジか」
「明日香、あなた……」
明日香の笑顔が爆発している。
「天才だね‼︎」
「天才ですね」
「……だな」
三人に声を揃えて言われ、明日香は満足そうな顔を向けた。
「っっっでしょおっっっ‼︎」
散々騒ぎ立てた後、冷静になった四人は、それぞれの口からアイデアを出していった。
「私とイェンナが三国会議の案内と、第四言語の提案をしてくるよ。イェンナは『人−人族』に居たことがあるから、そっちお願いしてもいい?」
「はい。いいですよ」
「私は、イアンのことも気になるし、『獣−獣族』の方に行ってくる」
「わかったよ。でも、危険もある。だから、ボクらも一緒に行くよ。ボクはイェンナと一緒に行く。ロウは、明日香と一緒に行ってくれ」
「あ、ああ」
返事が一歩遅れてしまうのは、心に瘤のようなものがあり、そこに引っかかってしまうからだ。ロウは、明日香を見た。
前へ前へと自分の力で進んでいく明日香の強さ。それを思うと、自分との違いを感じて、明日香と同じように前へ出そうとする足が竦んでしまう。
(すごいな、明日香は。それに周りのみんなを笑顔にすることができる。オレには到底、真似できない)
バナナをたくさん持っていこうよっ‼︎ と、腕を突き上げている明日香。
(か、可愛いな)
思うと、顔が火照ってくる。ぽっぽぽっぽとしていると、ユノがどんっと肘で小突いてきた。
「おい、今ナニを考えてるか、だだ漏れてるぞ」
ロウは、ごほごほっと何度か咳き込むと、水を飲んでくると言って、その場を離れた。
✳︎✳︎✳︎
『獣−獣族』の領地に入った頃、明日香とロウはお互いに距離を取るようになっていた。
『神の一歩』には近づかない方が良いというロウの意見に対して、なるべく『双樹』の側に行った方が良いと思う明日香の、意見の食い違いがあったからだ。
明日香は『双樹』の元に置いてきたコタローとゆかりが気になっていたし、もしもその機会があるなら、『双樹』と話してみたいと思っていた。
「この間はちょっとビックリして驚いたけど、もう大丈夫そうだから行ってみようよ」
けれど、『神の一歩』での惨状を明日香に見せたくないと思っているロウは、なかなか折れてくれなかった。
(前にカスガさんの家にトニマニの子守に行くってなった時は、すんなりオッケーしてくれたんだけどな)
心配して言ってくれていることは分かっている。分かってはいたが、明日香も頑固にこの世界の現状を何とかしたいと思っていたから、自分から譲歩することはなかなかできなかった。
軽い言い合いになる。
「なあ、オレの言ってることはわかるんだろう。じゃあ、尚更あそこには近づかない方がいい」
「でも、できたら『双樹』と直接話したいの」
「どうやって話すのか、その方法はわかってるのか?」
「わわ、わかんないけども、もしかしたら何か奇跡でも起こって、話せるかもしれないでしょ」
「あそこは一時期、戦場になったんだぞ。危ないだろ、そんな場所に行かせられるか」
「でもでも、コタローもいるし、ゆかりさんにも頼めるかもしれないじゃん」
「そのゆかりでもダメだったんだから、おまえにできるわけないだろっ」
ロウが勢いよく声を上げた。けれど、その言葉に明日香は反応できなかった。ゆかりと比べられたのもあるが、最初からできないと頭ごなしに言われたためだ。
「ろ、ロウ‼︎ 私じゃできないと思ってるの?」
むうっと唇を突き出すと、眉が波を打っていることに気がついた。久しぶりの怒り顔。その顔が気に入らなかったのだろう、ロウが言い切った。
「ああ、そうだよっ‼︎ おまえにできるわけがねえ‼︎ だから、大人しくイアンの元に行け‼︎」
ぐっと言葉を飲み込むと、明日香はズカズカと前へ歩き出した。イアンの家族が住む洞窟の方向へ向かったことを確認すると、ロウはほっと溜め息をついて、明日香の後ろを追った。




