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三国会議の再開


「戦いを止めるどころか、逃げるのに精一杯だったんだ」


ユノが申し訳なさそうに言う。顔を両手で覆うと、はあっと大きく息を吐いた。


「ヒドい有様だっただろ?」


明日香はその光景を、否が応でも思い出さざるを得なかった。途中で目を瞑って見えないようにしたが、『神の一歩』にはたくさんの人や獣たちが倒れていた。彼らはもう二度と立ち上がらないし、息もしない。


「ああ、ヒドかった」


軽い吐き気とめまいを覚える。具合が悪くなりそうになり、明日香は無理矢理にも話を進めた。


「イアンたちは大丈夫かな。マルたちは……」


「今回は『獣−獣族』と『人−人族』との戦いだからな。マルたちが巻き込まれていないといいが。けれど、イアンは政府の代表だし、そうもいかないだろうな」


「戦争なんて……どうして、そうなっちゃうんだろう」


明日香が、ぽつんと呟いた。


「明日香、ジャファってヤツ知ってる?」


ユノがおずおずと訊いてくる。明日香はその名前を直ぐにも思い出した。


「知ってるよ、すっごく大きな白いトラの人っ‼︎」


「人嫌いっていうので有名らしいんだ。そのジャファってのの一派が、今回の戦争を煽動したって噂もある」


「うそお、ヤダヤダ。どうして、そんなこと……自分だって、死んじゃうかもしれないのに」


「自分のことも相手のことも、考えているようで考えていない。矛盾のように思えますが、それが戦争っていうものですね」


イェンナが、顔を歪めて言った。

沈黙が続いて、重い空気にそれぞれが押しつぶされそうになる頃、明日香が意を決したように言った。


「三国会議、やろう」


明日香は握っていた両手に力を込めた。


「カスガさんにも頼んでみる」


「開催地は、明日香とイェンナの二人を合わせたミックスってことだね」


ユノが賛成の笑顔を向けると、明日香もほっと息を吐いた。


✳︎✳︎✳︎


「明日香、無事だったのね‼︎」


カスガが両手を広げている。その胸の中に近づくと、じわっと涙が滲んだ。


「カスガさん、私、何にもできなかった」


明日香をそっと抱き締める。カスガはかぎ爪が当たらないようにと注意しながら、背中に腕を回した。


「明日香のせいじゃないの。戦争なんて、当事者同士の問題。なんで仲良くできないんだろうって、私だっていつも思ってるわ」


「話し合い、無駄になっちゃうのかな」


明日香の身体を離すと、カスガは明日香の目を真っ直ぐに見て言った。


「無駄なことなんて、何もない。大切なのは、話し合いを続けていくこと。そうやって努力していれば、なんらかの実りがあるはずだから。ただ今回は、実がなって大きくなる前に、せっかくの実が落ちちゃったって感じで、心底残念だったけど」


「カスガさん、私、悲しい。何もできないっていうのは、すごく悲しいことなんだね」


明日香は自分の無力さを感じていた。通訳者として、何らかの使命があるはずなのにと思うと、それに見合わない自分を感じて居たたまれなくなる。


「悲しいけど、どうにかして三国会議を続けられないのかって、考えてる」


明日香が真っ直ぐに顔を上げた。


「力を貸して欲しいの」


すると、キッチンの後ろに隠れて大人しくしていたトニとマニが出てきて、「明日香、ボクもお手伝いするっ」と飛びついてきた。


「トニマニっ‼︎ 久しぶりだね、元気‼︎」


トニとマニを抱き締めると、明日香は頬をすり寄せた。


「明日香、ボク、たくさん勉強したんだよ‼︎ 明日香の教えてくれたオリガミとニホンゴっ」

「ボクも‼︎」


二人が両手を上げて、アピールしてくる。


「アスカ、ワタシノナマエハ、トニデスッ」

「マニデスッ」


「わあ‼︎ 発音完璧‼︎」


「ワタシト、トモダチニ、ナッテクダサイ」


明日香は笑いながら、トニマニを抱き上げると、「もうトモダチだあ」と頬をくっつけた。


✳︎✳︎✳︎


「ちょっと待て待て、待てーい‼︎」


「……ど、どうしたの、明日香?」


ユノが、歪めた顔を明日香の方へ、そろりと向ける。ロウも揃って、明日香を見た。


「うそ、マジで‼︎ ああああああ‼︎ めっちゃ良いこと思いついちゃった‼︎」


うおーっと一人でのたうち回る明日香を見ながら、ユノはロウへと耳打ちした。


「ロウ、こんな明日香でも、キミは大丈夫なのか?」


その言葉を苦笑しながら聞くと、ロウは同じようにこそっと言った。


「もう慣れたよ」


ぷっと軽く吹き出すと、ユノは続けて言った。


「明日香を頼んだよ、ロウ」


その言葉が胸に刺さって、ロウはさらに眉根を寄せた。


「ユノ、オレは……」


「大丈夫、わかってる」


ユノはそっとそう囁くと、寄せていた顔を戻した。ロウはその横顔を盗み見た。その視線は真っ直ぐに愛情深く、明日香へと降り注いでいる。


(ユノだって、明日香を愛しているのに……オレは、)


「ねえねえ‼︎ ロウ、ユノっ‼︎ 私、思いついちゃったよ‼︎」


「なになに?」


ユノが明日香に合わせて弾んだ声を上げる。その声で、ロウは視線を戻した。


「ちょっと待って……私、天才かも……」


「あはは、明日香、オモシロっ」


ユノの笑顔。学校ではこんな風に、はしゃぐユノを見たことがなかった。ただ、ロウと一緒に森の中を駆け回って遊ぶ時、時折そんな表情を見せていたのは覚えている。ユノの笑顔はいつも、楽しくて仕様がないという気持ちを、忠実に表していた。

表情の乏しいロウは、そんなユノを羨ましいとさえ思っていた。


(それでもユノには渡せない)


ロウは、はしゃぎ回る明日香を見て、心を新たにした。


(愛しているんだ、オレはこんなにも)


明日香を見つめると、身体の奥底から、ぶわっと愛しく思う気持ちが溢れてくる。


「おいっ」


ユノの声で我に返る。


「ロウ、明日香ばかり見ていないで、いい加減に話を聞いてやれよ」


言われてロウは、動揺しながら「わ、わかった」と短く返事をする。


「じゃないと、明日香がおかしな方向へいっちゃうぞ」


うおおおおと叫び声を出し、頭を抱えて髪をぐしゃぐしゃとかき回している明日香を見て、二人は同時に吹き出した。


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