三国会議の再開
「戦いを止めるどころか、逃げるのに精一杯だったんだ」
ユノが申し訳なさそうに言う。顔を両手で覆うと、はあっと大きく息を吐いた。
「ヒドい有様だっただろ?」
明日香はその光景を、否が応でも思い出さざるを得なかった。途中で目を瞑って見えないようにしたが、『神の一歩』にはたくさんの人や獣たちが倒れていた。彼らはもう二度と立ち上がらないし、息もしない。
「ああ、ヒドかった」
軽い吐き気とめまいを覚える。具合が悪くなりそうになり、明日香は無理矢理にも話を進めた。
「イアンたちは大丈夫かな。マルたちは……」
「今回は『獣−獣族』と『人−人族』との戦いだからな。マルたちが巻き込まれていないといいが。けれど、イアンは政府の代表だし、そうもいかないだろうな」
「戦争なんて……どうして、そうなっちゃうんだろう」
明日香が、ぽつんと呟いた。
「明日香、ジャファってヤツ知ってる?」
ユノがおずおずと訊いてくる。明日香はその名前を直ぐにも思い出した。
「知ってるよ、すっごく大きな白いトラの人っ‼︎」
「人嫌いっていうので有名らしいんだ。そのジャファってのの一派が、今回の戦争を煽動したって噂もある」
「うそお、ヤダヤダ。どうして、そんなこと……自分だって、死んじゃうかもしれないのに」
「自分のことも相手のことも、考えているようで考えていない。矛盾のように思えますが、それが戦争っていうものですね」
イェンナが、顔を歪めて言った。
沈黙が続いて、重い空気にそれぞれが押しつぶされそうになる頃、明日香が意を決したように言った。
「三国会議、やろう」
明日香は握っていた両手に力を込めた。
「カスガさんにも頼んでみる」
「開催地は、明日香とイェンナの二人を合わせたミックスってことだね」
ユノが賛成の笑顔を向けると、明日香もほっと息を吐いた。
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「明日香、無事だったのね‼︎」
カスガが両手を広げている。その胸の中に近づくと、じわっと涙が滲んだ。
「カスガさん、私、何にもできなかった」
明日香をそっと抱き締める。カスガはかぎ爪が当たらないようにと注意しながら、背中に腕を回した。
「明日香のせいじゃないの。戦争なんて、当事者同士の問題。なんで仲良くできないんだろうって、私だっていつも思ってるわ」
「話し合い、無駄になっちゃうのかな」
明日香の身体を離すと、カスガは明日香の目を真っ直ぐに見て言った。
「無駄なことなんて、何もない。大切なのは、話し合いを続けていくこと。そうやって努力していれば、なんらかの実りがあるはずだから。ただ今回は、実がなって大きくなる前に、せっかくの実が落ちちゃったって感じで、心底残念だったけど」
「カスガさん、私、悲しい。何もできないっていうのは、すごく悲しいことなんだね」
明日香は自分の無力さを感じていた。通訳者として、何らかの使命があるはずなのにと思うと、それに見合わない自分を感じて居たたまれなくなる。
「悲しいけど、どうにかして三国会議を続けられないのかって、考えてる」
明日香が真っ直ぐに顔を上げた。
「力を貸して欲しいの」
すると、キッチンの後ろに隠れて大人しくしていたトニとマニが出てきて、「明日香、ボクもお手伝いするっ」と飛びついてきた。
「トニマニっ‼︎ 久しぶりだね、元気‼︎」
トニとマニを抱き締めると、明日香は頬をすり寄せた。
「明日香、ボク、たくさん勉強したんだよ‼︎ 明日香の教えてくれたオリガミとニホンゴっ」
「ボクも‼︎」
二人が両手を上げて、アピールしてくる。
「アスカ、ワタシノナマエハ、トニデスッ」
「マニデスッ」
「わあ‼︎ 発音完璧‼︎」
「ワタシト、トモダチニ、ナッテクダサイ」
明日香は笑いながら、トニマニを抱き上げると、「もうトモダチだあ」と頬をくっつけた。
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「ちょっと待て待て、待てーい‼︎」
「……ど、どうしたの、明日香?」
ユノが、歪めた顔を明日香の方へ、そろりと向ける。ロウも揃って、明日香を見た。
「うそ、マジで‼︎ ああああああ‼︎ めっちゃ良いこと思いついちゃった‼︎」
うおーっと一人でのたうち回る明日香を見ながら、ユノはロウへと耳打ちした。
「ロウ、こんな明日香でも、キミは大丈夫なのか?」
その言葉を苦笑しながら聞くと、ロウは同じようにこそっと言った。
「もう慣れたよ」
ぷっと軽く吹き出すと、ユノは続けて言った。
「明日香を頼んだよ、ロウ」
その言葉が胸に刺さって、ロウはさらに眉根を寄せた。
「ユノ、オレは……」
「大丈夫、わかってる」
ユノはそっとそう囁くと、寄せていた顔を戻した。ロウはその横顔を盗み見た。その視線は真っ直ぐに愛情深く、明日香へと降り注いでいる。
(ユノだって、明日香を愛しているのに……オレは、)
「ねえねえ‼︎ ロウ、ユノっ‼︎ 私、思いついちゃったよ‼︎」
「なになに?」
ユノが明日香に合わせて弾んだ声を上げる。その声で、ロウは視線を戻した。
「ちょっと待って……私、天才かも……」
「あはは、明日香、オモシロっ」
ユノの笑顔。学校ではこんな風に、はしゃぐユノを見たことがなかった。ただ、ロウと一緒に森の中を駆け回って遊ぶ時、時折そんな表情を見せていたのは覚えている。ユノの笑顔はいつも、楽しくて仕様がないという気持ちを、忠実に表していた。
表情の乏しいロウは、そんなユノを羨ましいとさえ思っていた。
(それでもユノには渡せない)
ロウは、はしゃぎ回る明日香を見て、心を新たにした。
(愛しているんだ、オレはこんなにも)
明日香を見つめると、身体の奥底から、ぶわっと愛しく思う気持ちが溢れてくる。
「おいっ」
ユノの声で我に返る。
「ロウ、明日香ばかり見ていないで、いい加減に話を聞いてやれよ」
言われてロウは、動揺しながら「わ、わかった」と短く返事をする。
「じゃないと、明日香がおかしな方向へいっちゃうぞ」
うおおおおと叫び声を出し、頭を抱えて髪をぐしゃぐしゃとかき回している明日香を見て、二人は同時に吹き出した。




