再会
「ダメだって」
「それは本当か」
「うん、『双樹』にはスマホやタブレットをこの世界で使うのは、手伝えないって言われたらしい。環境を管理する以外の方法で積極的に手を入れるのは、この世界に悪影響を与えかねないって。進化を一足飛びに手助けすることになるってことなんだろうね」
「ゆかりが頼んでダメなら、無理なのかもな」
「そうだね」
はああっと大きな溜め息を吐く。
「なんか良い方法ないかなー」
腕をううんと上へと伸ばすと、明日香はごろんと横に転がった。ロウの視線を頬に感じて、明日香は転がったままロウの方へと視線をやった。
「なあに? どうしたの?」
思ったより甘ったるい声になり、明日香は頬を赤らめた。
「いや、今回は直ぐに思い出せたんだなと思って」
「ん、そうだね。きっと、ロウが側にいてくれたからだよ」
頬を赤らめついでに、これ言うのちょっと恥ずかしいかも、という内容のことも、勢いよく言う。
「み、みんなも色々と教えてくれたし」
「ああ、そうだな」
ロウの家に戻ってからも、たくさんの人が出入りして落ち着くまでには時間がかかり、ようやく息をつけたと思ったら、こうして二人きりになってしまい、困った。
(前はこんな風に、二人で何の気なしに暮らしていたんだけどな)
明日香がこの地を出立した時は、『人−人族』『獣−獣族』の戦争の真っ最中だった。明日香が戻ってみると、時間はそうは進んでいなく、戦乱のままの様子だった。
この地に足をつけた時。
明日香は軽い記憶喪失の状態になっていた。
「ナニコレ、どうしたの? 何があったの? ここは……」
混乱する明日香の腰を、ロウはぐいっと抱いた。
そして、耳元で囁く。
「明日香、おまえがオレをどれだけ忘れていようと、オレはおまえを離さないからな」
その言葉を真っ赤になった顔で聞いたかと思うと、何故か、ぽんっとロウを思い出せた。
ロウは、安堵の息を吐くと、「今度はちゃんと思い出したようだな」と言って、抱き締めた腕に力を入れた。
そして、周りを見渡す。『神の一歩』は、以前のそれとはかけ離れて違っていて、恐れ慄いた。
「こんなことになっているとは……」
「酷い……」
蒼白な表情を浮かべると、ロウは明日香を抱え上げ、累々と積み上がる人と獣の死体を避けながら、『神の一歩』の大地を走った。
「明日香、目を瞑っていろ‼︎」
少しだけ、きつく言う。しがみついてくる明日香の身体が震えている。ひっくひっくとしゃくり上げる背中を感じながら、ロウは走った。
道は覚えている。
明日香を守る、そのためにはどこまででも走り抜けてやる、心でそう思っていると、目の前を黒い影が走った。
「ジュドっ‼︎」
黒豹のジュドが、足を止める。その拍子にゆらっと身体を揺らしながら、ひょこひょことこちらに歩いてくる。
「なんだ、獣人」
訝しげな表情。明日香が慌てて通訳する。
「怪我をしているのか? 悪いが、明日香を背中に乗せて、オレの家まで行ってくれないか」
「脚を捻っただけだ。ただ、あまり速くは走れない」
ロウが、ふんと少しだけ笑って言う。
「その方が、こちらも助かる」
「ロウ、一緒に」
以前、ジュドにさらわれたことを思い出したのだろうか、明日香が不安そうな顔を見せた。
「大丈夫だ。後ろを走ってついていく。必ず、ついていくから」
明日香は、涙を拭うと、うんと力なく頷いた。
「ジュド、お願いね。ロウを置いていかないで」
ジュドは、目を伏せるように了承すると、背中に乗るように促した。
そして、ロウの家へと辿り着いたのだ。ロウは、かなり背中を上下させて、疲労していたが、そのまま落ち着くこともなく「ユノの家へ行く」と言う。
ジュドと別れてから直ぐにもロウの家を出て、ユノの家へと向かった。
「ユノとイェンナは、大丈夫かな。それに、コタローとゆかりさん……」
「コタローとゆかりは『双樹』の側に置いてきただろ? あいつらは『双樹』の使い魔だ。『双樹』に隠れることもできると言っていた。その方が安心だ」
まだ少し混乱している明日香を気にして、丁寧な口調で説明する。ただ、気は焦っていた。ユノとイェンナが心配だったからだ。彼らとは、『双樹』の根元で別れたはずだが、戻ってみると、どこにもその姿はなかった。
(あの戦いの中、どこへ行けるというんだ)
『神の一歩』に転がっていた遺体の数々を見たが、ユノは見当たらなかった。
(死ぬはずはない。イェンナも一緒だ。だから、大丈夫だ)
根拠のない想いに、今は縋るしかない。
後ろをついてくる明日香の歩くペースを気にしながら、ロウは足を進めた。ユノの家へと続くその道は、よく知っていて、懐かしさに満ち溢れている。
(生きてる。ユノは生きている)
何度も繰り返すことで、ロウは自分を保っていた。
ユノの家に到着すると、ロウは直ぐに家のドアを開けようとした。ガチャっと音を立てるが、扉は開かない。
「ユノ、まだ戻ってないのかな」
明日香が、不安顔でウロウロと窓の中を覗く。
「ちょっと、待ってろ」
ロウは、家の後ろ側へと回り、屋根の方へと顔を上げた。軒先の、少し出っ張りがある部分を目で追うと、膝を目一杯曲げて、ジャンプする。出っ張りに手が届き、ロウはしなやかな動きで、ストンと着地した。
「ユノがいつもここに鍵を隠しているんだ」
ロウは難しい顔を崩さず、そう言うと、ドアの鍵穴に鍵を差して回した。家の中へと慎重に入っていく。
「明日香、オレから離れるなよ」
明日香は、神妙な面持ちで、ロウの服の背中を握った。
「ユノ、」
薄暗い部屋の中を、一歩一歩踏みしめるように入っていく。
「ユノっ」
先ほどより鮮明な声が響いた。
すると、ガタンと音がして、床板が少しだけ開いた。
「ロウ、ここだよ」
聞き覚えのある懐かしい声に、ロウは心からの安堵を覚えた。
「ユノっ」
「ユノお」
明日香も、その床板の元へと駆け寄る。ロウが、ガタガタと音を言わせて、床板を取ると、中からユノとイェンナが出てきた。
「ロウ、おまえだとわかっていたけど、ジュドの声もしたから、警戒した」
そう言いながら、自分が先に出てから、イェンナを引っ張り上げた。
「明日香」
明日香を抱きしめる。
「ユノお、良かったよう」
涙でぐしょぐしょの明日香も、ユノを抱きしめ返した。
「なんだい、そんな長いこと会ってないような顔して」
ユノが明日香の顔を両手で包み込む。
「めちゃくちゃ会ってないってば‼︎」
「え?」
ユノが固まってから、数秒。
「ええええ⁉︎ うそ⁉︎ この前別れたばっかじゃん」
「ユノ、明日香は向こうで学校を卒業して、大人になったんだ」
ロウが、苦笑いを浮かべながら言った。
「そうだよ、もうねえ、大学生なんだ‼︎」
目を点にしてしばらく呆然としていたユノが、正気を取り戻した。
「うそうそうそ、歳、抜かされたあ‼︎」
そこでようやく、笑いが起こった。




