揺らいで
「これだけでいいの?」
明日香がコタローに声を掛ける。リュックの中に突っ込んでいた手を止めて、コタローが振り返った。
「ああ、まあね。集められるだけのタブレットは用意したけど。スマホも使えるかもしれないから、一応いくつか用意したよ」
「充電ってできるのかな? うーん、無いとは思うけど、コンセントって?」
「それは『双樹』が何とかしてやってくれると思う」
「手伝ってくれると思う?」
明日香が自信なさげに言うのを苦々しく笑いながら、コタローは再度手を動かし始めた。
「どうだろうね」
「……これを背負っていくのも大変だねえ」
「明日香はボクがおんぶしていくから、心配しないで」
「同時通訳に関しても『双樹』に頼むんだよね? どうやって、頼んだら良いの?」
コタローが頭を掻きながら、言う。
「それが……ゆかりから頼んでもらわないといけないんだ。彼女は『双樹』の使い魔の中でもランクが上だから『双樹』に簡単にアクセスできるらしいよ」
「ランクがあるんだ。会社みたいだね。上司、とか」
(ゆかりさんは、お局さんって貫禄だけど)
心で思ったが、フタをする。
「はは、そうだね」
「明日香、」
低く呼ぶ声がして、明日香は振り向いた。部屋のドアのところに、ロウが立っている。
「明日香、ちょっといいか」
「うん」
コタローが立ち上がると、ロウの隣を通って、部屋を出ていった。ロウはそれと同時に部屋に入り、後ろ手にドアを閉めた。
「本当に行くのか?」
「うん、大丈夫だよ」
「明日香のご両親は、」
「ちゃんとこっちにも戻ってくるから、大丈夫」
「あ、あの、大学の男は……」
「鴨池くんのこと? 付き合ってるとかじゃないから」
「そうか」
「私、平気だよ。ロウと一緒だし、向こうにはユノだっているんだから」
「ゆ、ユノは明日香のことを……」
「それでも私、ロウが好きなの。そういうのは、許されない?」
「いや、ユノに負けないようにオレも頑張るよ」
「ありがとう。私もロウに飽きられないようにしなくちゃ」
「飽きるなんてことはない」
「んっんー‼︎」
後ろで声がして振り返ると、今度はゆかりが立っている。口に手を当てて、呆れたような表情を浮かべている。
「お邪魔して申し訳ないけど、イチャイチャするのは、この家では禁止っ‼︎」
ロウが真っ赤になって、部屋から出ていった。
✳︎✳︎✳︎
「ユノ、大きく口を開けてください。あーん」
ユノが口をガバッと開けて、あーっと声を出している。それを覗き込んだイェンナが、キョロキョロと何かを探すようにして、首を傾げている。
「んー、見当たりませんねえ」
「んああ、でも確かに喉に刺さったよ。痛かったもん」
「果物の棘が刺さるなんてこと、滅多にないんですけどねえ。よっぽどの不運です」
ユノが口を閉じて、んっんっと喉を鳴らしている。隣でイェンナがその様子を見て、ふふっと笑った。
「ナニ?」
ユノがふてくされたように言う。
「ユノは、可愛いですね」
ぶわっと顔が熱くなって、ユノはそっぽを向いた。
「男が可愛いって言われても、嬉しくないよ」
「そんなことはありません。キュートってことは、魅力的ってことです。ちゃんと良いことですよ」
「キュートって?」
イェンナが、ユノが怒ってしまいそうなので言いません、と言うと、ユノがムスッと口を結ぶ。
ユノは、隣に座り込んでいるイェンナを盗み見た。
金色の髪は一本一本が糸のように細く、腰まである長さを感じさせないくらい軽い。緩やかな風にでも、ふわふわと飛ばされそうになっている。今は、動きやすいようにと一つに縛って、片方の肩に引っ掛けてある。柔らかそうなその髪を、ユノはいつも触ってみたいと思っていた。
色素の薄い白い肌は、透けていて、薄っすらと血管を浮き上がらせている。
そんな様子を見るたびに、イェンナを構成しているその何もかもが透明で美しい、と思った。
「明日香が戻って良かったですね」
不意の言葉に、ユノが動揺して、ゆらっと揺れた。
「ああ、うん」
明日香が戻って嬉しいはずなのに、心は落ち着かない。ロウと明日香二人の様子から、恋人になったことは分かっている。もっとショックを受けるかと思っていたが、そうでもなかった。




