混じり合う想い
(どういうことだ、一緒に帰ろうかなって言ったよな)
ロウはテーブルの上で握っていた拳に力を入れた。
「ロウ、ちゃんと聞いてるのか?」
コタローに促されて、曖昧に頷く。
(じゃあ、明日香のあのボーイフレンドはどうするんだ。ここに置いていくのか?)
握っていた手を開く。
(一緒に連れていくんじゃないだろうな。いや、そんなことは不可能だ。それは分かっているはずだ)
再度、握る。
(あの男が明日香だけ行かせるのを許すわけない。明日香を手放すわけがない)
明日香に会いに行った時、大学で睨みつけられた。その顔を思い出す。
「おい、ロウっ‼︎」
コタローの声で顔を上げる。
「なんだ」
ようやく返ってきた返事に、コタローがイライラとしながら、続けた。
「だからあっ。明日香が言ったの‼︎ 自動翻訳機があればいいのにって」
「トランスレーションってことでしょ。要は、同時通訳がしたいっていうこと」
ゆかりが、クッキーを頬張りながら、口を挟む。
「どうしてだ?」
「それができたら、三国同士の話し合いがスムーズになるだろ」
「だから、どうしてなんだ?」
コタローが、コーヒーをちびちびと飲みながら、答える。
「明日香が提案してきたんだ。『双樹』に頼めばできると思うよ」
「だからっ‼︎ 明日香はここにとどまるんじゃないのかっ」
「明日香はオマエと一緒に帰るつもりだよ。聞いてない?」
先ほどと同じくらいの動揺に襲われた。
「そんで、三国を何とかしたいって思っているんだよ。平和条約かなんか結んで、共存できればって考えてる。それには、ミックスを広げたいんだ。っていうか、三国全てをミックス状態にしたいって」
「そんなことしたら、「獣」の天下になっちゃうって、ロウから言ってやってよ」
「あ、ああ」
ロウの生返事に、ゆかりがキレた。
「ねえ‼︎ あんたは明日香が自分の側にいるかどうかが重要ポイントなんだろうけど、これはこのアシンメトリーワールドに関わる重大問題なんだからね‼︎」
ゆかりが半ば叫ぶように言った。
ロウは横っ面を張られたような思いがした。明日香が、世界を良くしようと、色々と考えていることを知ったからだ。
「わかった。今後どうするか、話し合って決めよう」
コタローが呆れて、言った。
「はああ、まったくコイツときたら。明日香の方がよっぽど頼り甲斐があるよ」
「確かに、最近のオレはポンコツだな。認めるよ」
苦笑した顔で、ロウは残りのコーヒーを飲み干した。
✳︎✳︎✳︎
「ねえ、明日香ちゃん。今から飲みに行かない?」
鴨池が、隣の席から声を掛けた。明日香は、カバンへと教科書を入れ終わると、フタを閉めて肩に掛けた。
明日香が何かを返そうとしたのを見て、畳み掛けるように話を進める。
「好きなものおごるよ。何がいい?」
「あのね、鴨池くん。私、今日……」
「用事がある? いつもそうだね。もしかして、俺、避けられてる?」
「えええ、そんなことないよ」
「じゃあ、行こうよ」
「えっと、」
「もしかして、この前の男? アイツと付き合ってんの?」
「……う、ううん」
じゃあいいじゃん、と腕を軽く引っ張られて、明日香は狼狽えた。
「か、鴨池くん、」
明日香が腕を振りほどこうとしたその時。
別の腕が伸びてきて、身体ごと後ろへと引っ張られた。
「え、あ、ロウっ‼︎」
顔のすぐ横に、ロウの顔がある。明日香は驚いて、首をすくめた。
「悪いが、明日香はオレと用がある」
鴨池が、睨みをきかせて、明日香の腕を離さない。
「なんて言ったのか知らないけど、明日香ちゃんは俺と飯を食べるんだよ」
明日香が、そんな約束はしていないと言おうとした時、耳元でロウが声を上げた。
「明日香は、オレのものだ」
ドキッと胸が鳴って、明日香は身をすくませた。ドキドキと早鐘のように心臓が打つ。顔が火照って、真っ赤になっているのが分かる。身体も熱く、カッカしてきて、全身がそれこそ心臓になってしまったような錯覚に陥る。
「ろ、ロウ……」
まるで自信はないけれど、その言葉が嬉しかった。明日香は、首をひねって振り返ってロウを見た。
その目は真っ直ぐに鴨池を捉えている。その顔を見て、じんっと目に涙が滲んだ。
「ロウ、ロウ」
腕を回して、ロウに抱きつく。その頃にはもう、鴨池は手を明日香から離すしかなかった。
背中に、力強く回された腕。少し上へと持ち上げられるようにして、抱きしめられる。頬と頬が重なり合い、明日香は今までにない安堵を感じていた。
「明日香、明日香」
耳元で囁く声。いつもより、それは低く、耳の奥へと滑り込んでくる。
「明日香、おまえが誰を愛していようと、」
明日香の頬を涙が滑り落ちる。
「オレはおまえを愛しているんだ」
腕に力が入り、肩口に顔を埋められる。愛しさに負けて、頬をすりっと擦り合わせると、明日香は目を閉じた。
「私も好きだよ、大好きだよ」
ロウが、細く息を吐く音を聞いて、明日香もほうっと息をついた。




