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焦れた想い

「イェンナ=リンドホルム‼︎ 速やかに我々の元へ戻れ‼︎」


何を言っているのか分からないが、見たことのある顔だ、ロウは記憶の中に埋もれていた顔を引っ張り出す。それは、先の選挙で当選した、『人−人族』の族長の顔だ。


一歩も二歩も前に出て大声を張り上げている族長の手には、先の尖った剣と盾。それは、明日香に見せてもらった『通訳者』の証にあった、『人−人族』の紋章にもあった武器や武具だ。

族長だけでなく、『人−人族』の人間たちは皆、何らかの武器を携えて武装をしている。


そして、ここ『神の一歩』には、数多の「人」と「獣」が集結していた。


ロウは、少し小高い丘からそんな光景を見つめ、明日香を連れてこなかったことを心底、良かったと思った。

対峙する二つの種族が、お互いに睨み合う格好となっている。言葉が通じないということもあり、どちらも臨戦態勢のように見えて、このまま戦争でも始まるのではないかと、やきもきする。


(もし戦争になるとしたら、それは『獣−獣族』が明日香やイェンナを渡さない時だ)


「アスカ=コヒナタも、こちらに渡せ‼︎」


「アスカ」の名前で、ロウは身構えた。


(やっぱり、そうくるよな)


その領地ということもあり、ぞろぞろと数を増やしていく「獣」が、明日香の名前を機に、グルルルと喉を鳴らし始めた。

『神の一歩』に、低い唸り声が地響きのように響く。「人」、「獣」それぞれのその数の多さも手伝って、ロウが未だかつて見たことも聞いたこともない光景が広がっている。身震いのする思いがした。


そして、「獣」の群れの一部が動くと、イアンが躍り出てきて、ウオウと声を上げた。その叫び声に、何か意味があるのだろうか、と想像する。


(意思疎通ができないってことは、本当に……)


ロウが、胸にある不安がむくむくと肥大していくのを感じていた。


「明日香たちの必要性を思い知らされるな」


言葉に出ていた。しかも、その声は自分でも驚くほど、震えている。それほどの不安や恐怖が、ロウを支配していた。


「……うっそお、すごい数だね」


驚いて振り返ると、明日香が手を口に当てて、あわわわと声を出している。ロウは呆気にとられて、口をあんぐりと開けたままだ。


「どうする、どうする、この状況、どうしたらいいー‼︎」


明日香がロウを見る。


「どうしたらいい?」


ロウは我に返り、怒鳴り声を上げた。


「待ってろって、言っただろうがよ‼︎」


明日香は、ビクッと身体を震わせてから、両手で口元を隠して、眉を下げた。


「でもでも、イアンたちが……大丈夫かなって……」


「あいつら皆んな、おまえを狙ってんだぞ‼︎ 力づくで、連れていかれるぞ‼︎」


「……は、話せば分かるんじゃないかな」


明日香は、おどおどとした様子で言った。しかし、ロウの怒りは収まらない。


「早く戻れっ‼︎ ユノのところに行けっ‼︎」


その言葉で、ロウの中の何かが切れた。自分が放った言葉に、なぜこんなにも苦しめられるのだろうと思うと、ロウは我を忘れて、大声を上げて怒鳴った。


「ユノのところに戻れっっ‼︎」


明日香の肩に手を掛け、ぐっと後ろへと押す。その拍子に、明日香の頭がぐらっと揺れ、黒髪が左右に散った。


「んっ」


明日香の痛みに耐える声が耳に届いた瞬間、しまったと思った。こんな暴力的に追い返すことは、考えていなかった。考えていなかったのに、身体が勝手に動いてしまった。


ロウは、自分が明日香に痛みを与えてしまったという事実に、恐れ慄いた。

けれど、早く明日香を帰さなければと思い直し、ロウはさらに明日香の肩に掛けた手に力を入れて押した。


「早く、戻れ」


低い声が出た。

けれど、その力を入れた手を、明日香はそっと握った。


「ロウ、私、通訳してくるから」


その言葉に、再度カッと怒りが湧き上がる。


「バカ言うなっ‼︎ おまえが行ったって、どうにもなんねえよっ」


「うん、でも……それでも、やんなっくちゃ‼︎」


「無理だ、やめろっ……っ」


ロウが次の言葉を続けようとした時、腕をぐいっと掴まれた。


「ロウ、悪いけど、一緒についてきて‼︎」


次には腕を引っ張られた。

ロウはその腕に力を入れて、明日香の顔を見た。


「ロウ、一緒に来てくれるよね?」


真剣な表情。けれど、腕を引っ張る明日香の手は、微かに震えている。振動が伝わってきて、胸をぐっと鷲掴みにされたような気持ちになる。


「明日香、おまえ、」


(見かけによらず、本当は強いんだな)


けれどその言葉は飲み込まれた。明日香への気持ちを少しでも吐露してしまえば、きっと後から後からと吐き出てしまいそうで。


ロウは、わかった、と一言言うと、明日香の手を離させてから握って、歩き出した。歩き出した先は一触即発の状態の修羅場のように思えて、つい最近まではオレもいっかいの学生だったのにな、と苦く思うと、明日香の手を握り直した。


✳︎✳︎✳︎


「イェンナと私を渡せ、と言っています」


その言葉を機に、「獣」たちが口々に、叫んだ。


「何をバカなことを‼︎」

「自分たちの都合を押しつけるなっ」

「この世界を自分たちが支配したいだけだろう‼︎」


これらの言葉を通訳していいのか、明日香は迷いに迷った。挑発とも取れる意味のない言葉のようにも思えるし、これがこの争いの根幹のような気もして、深く考えさせられる。


明日香は、ここに『通訳者』としての難しさを感じていた。


相手の本来の姿を正直に伝えていいものかどうか、けれど敢えてそれをしなければ、通訳者としての存在意義が無くなってしまうようで。

明日香は、言葉を選んで伝えるように努力しなければ、と思った。自分の裁量で、この世界の均衡が崩れてしまうかもしれない。


(うわあ、ホント難しいわ、これ)


「『通訳者』を確保して、何をするつもりなんですか?」


『獣−獣族』が問うたいこと、それを直接的な表現で表してみる。『人−人族』から、カラフルな衣装に身を包んだ男が歩み出て、声を上げた。

隣にいるロウが、耳元で「族長だ」と囁く。


「キミが明日香くんだね。私は、オランという者だ。キミの質問には、私が答えよう」


明日香が、アゴを引いた。


「これは私の質問ではありません。「獣」さんたちの言葉です。族長で代表であるイアンに、話し合ってもらいますね」


イアンに顔を向けると、イアンもアゴを打った。


「では、もう一度訊きます。『通訳者』を確保して、何をするつもりなんですか?」


オランは難しい顔を解かず、淡々と話していった。


「もちろん、この世界をより良くするためだ。キミたちは何か勘違いをしているようだが、私たちはキミたちに害を与えるつもりはない。共存を目指すということは、言わずもがな、だ。それなのに、キミたちは明日香くんとイェンナの両人を所有している。これは、三国会議で可決された三国同盟の第十二条三十一項の『いかなる国も通訳者を隷属させてはならない』に反する行為だ」


「お前らだって、イェンナを独占していたじゃないか‼︎」


「黙っていろ」


直ぐにも上がる野次を、イアンが一喝する。


「二人を隷属させている、というつもりは全く無い。特にイェンナの場合は、彼女が彼女の意思で、ここへと来たのだ」


「そんなはずはない。イェンナを連れていったのは、お前たちの仲間だろう」


「我々、「獣」が「人」の領地に入れないことくらい、お前たちでも知っているはずだが? イェンナを連れ去ったのは、「人」であろう?」


ゆかりがイェンナ連れ去ったことは明白だが、オランたち『人–人族』がそれを把握しているのかどうかに、争点が移る。


明日香は、慎重に言葉を選びながら、通訳していった。


隣にロウの存在を感じる。明日香はちらっと横を見た。横顔は、難しい顔を浮かべてはいるが、その視線は真っ直ぐ前を見据えている。

すっと通った鼻、引き結ばれた唇。その唇には、強い意思が宿っている。


(ゆかりさんを選ぶのも、わかる気がする)


明日香はゆかりにも同じような、強い意思を感じていた。


ゆかりを連れてきてからは、ロウは常にゆかりと一緒にいて、明日香とは必要最低限の会話しか交わさない。

避けられているという自覚はあったが、それを考えるのが辛すぎて、ロウはゆかりの側にいる方が心地よいのだろう、という結論を導き出した。けれど、そんな逡巡も、明日香をじわじわと苦しめるのだ。


ゆかりは他の者とはコミュニケーションを取ろうとしない。ロウにだけ、心を開いているように見える。


(きっと、っていうかたぶん、両想い、だ)


ずくんと胸が痛んで、顔を前へと戻す。

明日香はその痛みを散らそうと、唇を噛んだ。


「明日香、」


ロウの声で、我に返る。

ゆっくりと、顔を向ける。


「どうした? 大丈夫か?」


首を傾げて、問うてくる。

その、少し下がった眉。じっと見つめてくるグレーに縁取られた瞳。

明日香が何かを言おうとした時、ロウはふいっと顔を背けてしまった。


「唇を噛むな」


そう言われて、途端に唇に血の味を感じた。

顔を背けられて、傷つく自分がいるのを認めると、明日香は顔を戻した。じわっと、目尻に涙が溜まり、鼻の奥がつんっと痛む。


「大丈夫、だよ」


溜まった涙が零れ落ちないようにと空を仰ぐと、明日香の中で得体の知れない何かが広がっていって、自分でも知らず知らずのうちに手のひらを握りこんでいた。


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