それぞれの想い
「いやあ、ビックリしたけども」
「って、そうじゃなくって、『双樹』が枯れたらって、話だよ」
「うーん、ミス北欧がそんな歳だったとは……」
「あ、いやいや、そんなことよりあのバカでかいAIをどうするかってことだよ……って言っても、私じゃどうにもできんけど」
「しかし、良かったってか、ホッとしたってか……歳がね、離れ過ぎてるから。歳が釣り合わないから……って、愛に歳は関係ないけども……でも、さすがに離れすぎでしょ」
明日香は、さっきから洞窟の前を行ったり来たりしながら、一人でブツブツと言っている。
皆がこぞって食料を調達しに出かけたのだが、明日香はマルたちの子守り兼留守番の当番だった。ゆかりとロウが寄り添って出掛けていくのを、複雑な面持ちで送り出した。その姿を思い出すともう、溜め息しか出てこない。
奥から、縄跳びを咥えて走ってきたマルをあやしながら、明日香は数日前にあった出来事を思い出していた。
「こんなんじゃあ、ダメだってわかってるんだけどなあ」
ここ数日の、まったく浮上しできない気持ちを持て余す日々に、ぽつりと皆んなの前で、弱音が出てしまった。その言葉に、イェンナが反応する。
「明日香、暗っ‼︎ なに、その顔‼︎ ブサイクになってるよ〜」
「ちょっと‼︎ ムカあ‼ この「美人すぎる通訳者」め‼︎……って、ブサイクだなんだは、事実だから受け入れるしか……受け入れるしか……うっ」
イェンナのツッコミを防御力ゼロ・戦闘力ゼロで受け流す。
「明日香、元気出してよ。明日香だって、十分……、……可愛いよ」
「ユノお、その「……」は何よお。ってか、「……」長っ‼︎」
そんなやり取りを三人でしていても、ロウとは目も合わない。それが明日香をさらに落ち込ませた。
(ロウは、ゆかりさんが好きなのかなあ)
どこからどう見てもそうとしか思えない。明日香は深い穴の中へ落ちていく気分だった。落ち込んでしまい、こうしてマルたちと遊んでいても、心から楽しめなかった。
「明日香あ、コタローと結婚したら?」
マルの思いも寄らぬ言葉に、明日香はえっと顔を上げた。
「マル、明日香はボクと結婚するんだぞ」
長兄のアクバが、明日香の膝の上で丸くなろうとして、失敗している。つい最近までは、ヒザの上にすっぽり収まっていたのに、どうやら少し成長して身体が大きくなったようだ。
「ボクは、明日香とは結婚しない」
次兄のシュリが、得意そうに言う。
「シュリ兄ぃ、どうして明日香と結婚しないの? 明日香のことが、嫌いなの?」
シュリはいつも、明日香の後を小鴨のようについて回っているので、その発言はマルには不思議だったようだ。
「明日香のことは大好きだよ‼︎ でもボクは、ゆかりの方がいいんだ」
「どわああ‼︎」
明日香は、ガックリとうなだれた。マルが、シュリの鼻面をバシッと叩く。
「マルっ、痛い‼︎ やったな、オマエ‼︎」
「シュリ兄ぃが、悪いもん‼︎ 絶対、明日香の方がいいに決まってる‼︎」
マルとシュリが、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、前脚でパンチを繰り出している。
「ほらほら、ケンカしないで。ゆかりさんは可愛いし、シュリが好きになるのもわかるよ」
明日香は、ロウに寄り添うゆかりを思い出した。髪は短いが、黒髪があちこちに跳ねているのが、勝気な性格を表しているように見える。背丈は明日香くらいだが、すらっとスタイルが良く、運動が得意のようだった。
洞窟の入り口にある入り組んだ岩の上を、ひょいひょいと軽々に登っていく姿を見て、明日香ですら見惚れてしまった、という経緯もある。
「ゆかりさんやイェンナみたく、なんでもできるのにさらに美人って……神さまあああ」
「明日香、苦労してるのね」
そのマルの言葉に、明日香は頭を抱えながら、再度神さまああああと叫んだ。
✳︎✳︎✳︎
「ねえ、いい加減諦めたら?」
ゆかりが、腕を組みながら呆れたような声を出した。その言葉を受けて、コタローが口を出す。
「キミには同情するよ。最愛の人を失くしたんだから。ボクならとっくに気が狂ってると思う」
「あんたねえ、そんな中途半端な姿になったって、明日香に相手になんてしてもらえないよ。どうせ、私たちなんて……」
コタローの強さを含む言葉で、遮られる。
「ナスダリ博士がどうだったのかは知らないけど、明日香は違う‼︎ ボクがどんな姿だって、ボクを認めてくれるし、受け入れてくれる」
「なら、私みたいに「人」になった方がよっぽどマシ。何、そのヒゲ。それで獣人だなんて言えるの?」
「……ボクはただ、」
「ロウやユノに似せようとしたって、無理。だって、私たちは「人」「獣人」「獣」の何者でもないんだから」
「でも、明日香は……」
「あんたがどんな姿かなんて、明日香には関係ないんでしょ? どうせなら明日香と同じ人間になればいいのに。バカじゃないの」
「じゃあ、なんでキミは人間になったんだよ。ナスダリ博士は、獣人だろ?」
反撃されて、言葉を止めた。少しの沈黙。けれど、ゆかりは先を進めた。
「……最初は博士をこんなにも好きになるなんて思ってなかったのよ。だって、私たちの仕事は、『双樹』の「使い魔」として要人のお守りをすることなんだから。私たちにとってはお荷物にはなれど、好きになんかなるわけないって……。でも、結局好きになっちゃって……あ、あんたにはわかんないかもしれないけど、こう見えて私、博士に一番愛されていたんだよ。ちゃんと、両想いだったんだ。だから、今さら他の姿に変わって、嫌われるようなことしたくなかった」
ゆかりが俯いて、その拍子に溜まっていた涙が、一直線に落ちていった。
「愛してたんだもん」
ゆかりは背中を揺らしながら、けれど静かに泣いていた。
コタローはしばらくその様子を見ていたが、息を少し吸うと、「ボクだって、明日香を愛してる」と言った。
ここは、明日香とイェンナ二人のミックスによって、心地よい気温であるはずなのに、どこかから冷えた空気が流れ込んできた気がして、コタローは身を震わした。二人は固まったようにそこに立っていた。
ふいに、ゆかりが言葉を発した。
「『双樹』が半分、枯れかけているんだから、どうせ元の世界には帰らないんでしょ。もうすぐ始まるからね、セルフ=フィーリング」
「ああ、そんなのが始まってみろ、世界は地獄になっちまう。そんなところに明日香を連れていけないよ。こっちにいる方が、絶対安全だ」
ゆかりが、ぽそっと呟いた。
「もう私には、どっちでも関係ないけどね」
冷えた空気が余計に、冷たく感じられた。




