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セルフ=フィーリング

「なんだよ、アイツ」


「知らねえって」


「コタローって、犬だっただろ」


「ああ、一体どうなってんだろうな」


「「獣人」だなんて、聞いてないよ」


ユノが、うろうろと歩きながら、腹を立てている。その様子を苦く笑いながら、ロウは見ていた。

明日香は、イアンの子どものマルたちと、洞窟の入り口でじゃれ合って遊んでいる。明日香の笑い声が、洞窟の奥に居場所を陣取ったユノやロウのところにまで届く。


「それにさ、イアンとこの息子っ‼︎」


「アクバとシュリだろ」


「可愛すぎますねー」


イェンナが口を挟んでくるが、その優しい口調に場が和む。


「……可愛いってなんだよ、男だろ」


怒っていたユノが、そのイェンナの言葉に毒気を抜かれたのか、ブツブツと独り言のように呟く。


そこへ、どうしたの、と言いながら、明日香が近づいてきた。マルと遊んでいたからか、息が上がっている。


「はあはあ、マルが動く動く。疲れたあ」


明日香は座り込んでから、足を投げ出した。『神の一歩』で転んだ時に破れたヒザの部分は、ユノの器用な手ですっかり直されている。


「ユノは本当に、器用ですねえ」


イェンナが感嘆の息を吐きながら言った。


「イェンナさんは、フィンランド出身なんですよね」


明日香は、ユノにヒザの布地を引っ張られながら、イェンナへと問うた。


「そうですよ、明日香は日本ですよね。あ、私のことはイェンナでいいですよ」


「あ、ありがとう。そう‼︎ 私、日本‼︎」


「獣人」と「人」「獣」の通訳ができるというのに、元の世界「地球」(?)の人とは、なぜか片言になってしまうのは、自分がいない間に女の子と仲良くなっていたことによる、嫉妬のようなものからだと、明日香は分かっていた。


第一印象で、苦手意識を持たされてしまったのだ。


(こ、これはもっとコミュニケーションを計って、親睦を深めなければ)


明日香はそう思っているが、相手はどうなのか分からない。イェンナは話し掛ければ答えてくれるが、もう一人のゆかりは、まるで聞いてないかのように無視の姿勢を貫いている。けれど、それはイェンナやユノに対しても同じなので、そこは良しとしよう、と思う。


(だが、しかしっ‼︎)


ロウに対する態度があまりにも違い過ぎて、明日香はやきもきしているのだ。


「ゆかり、その傷はどうした?」


ロウがゆかりの前髪をぐいっと上げる。右目の上の辺りに擦り傷があり、ゆかりは目を伏せた。


「マルが、」


マルと明日香がじゃれていた時、「あらあ、この子可愛い〜」といきなりマルを抱き上げたのだ。突然の出来事に、マルが驚き暴れて前足が顔に当たり、傷ができた。


「ごめんなさい、でもわざとじゃないから」


マルの代わりに謝った明日香を無視して、洞窟の奥へと入っていってしまったのだ。


(そっちにはロウがいる、のに)


明日香は、もやもやとする気持ちを抑えるように、マルを抱いた。


「明日香、ごめんね。マルが、悪いのに……」


「ううん、マルは悪くないよ」


ニコッと笑ったつもりが、失敗したようだ。マルが悲しそうな顔をしている。ペロリと頬を舐めて、慰めようとしていた。


「マル、ありがとう」


そんな経緯があり、ロウがゆかりの額の傷に気がついたことに、明日香は少しだけ悲しく思った。

実は、明日香も右手の甲に傷を作っていた。けれど、ロウは気づかない。それも重なって、明日香の心は重みを増していった。


(それに……なんだか、避けられてる気がするかも)


気のせいだと思いたい、なるべくそう思おう、そうやって自分を立て直していると、イェンナが話し掛けてきた。


「明日香、『双樹』の半分が枯れていることは知っている?」


なぜか、小声だ。ロウとゆかりが喋っているのを視界の端に捉えながら、明日香はイェンナの話に耳を傾けた。


「えええ、聞いてないよ。枯れてるって、どういうこと?」


「あの『双樹』を登っていくと、私たちの世界が存在するってことは知ってるんだよね」


「うん、コタローに聞いたの」


「私たちの世界の『双樹』はね、もう枯れかけているの。中のコンピューターも、実はもう時代遅れでね。私たちが創り上げたコンピューターが、『双樹』を凌駕しそうなの。私が「通訳者」としてこの世界に来た頃は、もうそんな状態だった」


「人類の進歩に、『双樹』がついていけなくなったってこと?」


「そう」


イェンナが厳かに首を縦に振った。それを見て、明日香は嘆息しながら続けて言った。


「確かに、今の技術は凄いからねえ。AIとか、人工知能が支配しようとしてるから」


明日香は、その手の話はあまり詳しくはないが、父親が新聞を読みながら話していたことを思い出す。


「自分で考えるロボットとか、ね」


「えええ、うっそー」


イェンナが、驚きの表情を浮かべた。


「そんなの、私がいた時はなかったよ」


「勝手に掃除してくれるロボット掃除機とかあるよ」


イェンナが目を丸くしている。その顔を見て、北欧の女性はどうしてこうも美人なのだ、と明日香は溜め息を吐きたい気持ちになった。宝石のような薄いブルーの瞳。一本一本に光沢のある滑らかな金糸のような髪。その鼻筋を見ると、明日香は自分の鼻が低いことを再認識するしかなかった。


(これがまた、ロウやユノにお似合いなんだよなあ……ミス北欧だあ)


イェンナは背も高く、ロウやユノより少しだけ低いが、並んだ時にその差もしっくりきてしまって、彼らの肩までしか背丈がない明日香を落ち込ませる。


「ううん、そんな時代になっていたとは……じゃあ、もう『双樹』はすっかり枯れてしまっているのかもしれない。『双樹』はただでさえ、古いものだから」


イェンナの言葉で、明日香は現実へと引き戻された。


「枯れると、よくないの?」


「『双樹』って、自分の意思で世界の環境を整えているんだけど、それが必要ないっていう世界になると、今言ったみたいに枯れちゃうのね。完全に枯れた後は、自然治癒によって、再生しようとする。そのセルフ=フィーリングをする間は、はちゃめちゃな環境になってしまうの」


「は、はちゃめちゃ……」


ミス北欧には、不似合いな言葉に失笑する。


「じゃあ、やっぱり、『双樹』は今で言うAIと同じだね。人工知能のことを言うから。だとしても、今の技術には負けてしまうってことなんだ」


「私がこっちにいる間に、そんな世界になっちゃったんだね」


イェンナがしみじみと呟いて、明日香は一つの疑問を持った。


「ねえ、イェンナは何歳なの?」


「明日香は?」


「私は高校三年なので……今、17歳」


「うっわ、若かー‼︎」


イェンナが、嫌そうな顔をしたので、明日香は苦く笑った。


「私はねえ……ぼそぼそ」


耳元に口を近づけて、内緒で教えてくる。その年齢に、明日香は単純に驚くしかなかった。


「え、ちょっと待て待て、本当に?」


信じられずに訊き返すと、イェンナはにっこりと笑い、ピースサインをした。

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