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恋慕

「はああ、中身はこんなことになってるんだ」


細長い裂け目に顔をくっつけて、明日香は中を覗き込んでいる。


「……これは予想外だわ、これは」


ぶつぶつと言いながら、もう一度中を覗く。

明日香は今、イアンに頼んでもう一度『双樹』のある広場に連れてきてもらっていた。


「樹の中身? そんなの機械に決まってる」


「え、機械? 機械って、ナニ?」


コタローの返事を、にわかに信じることができず、この目で確認するまでは‼︎ の勢いで、イアンに頼み込んだ。以前から、『双樹』にミックスを広げるよう頼んで欲しいと言っていたイアンが、その申し出を断る理由もなく、イアンとコタローと明日香は、一緒についてきたがるマルたちをかわして、『神の一歩』へとやってきたのだ。


「スーパーコンピューターってこと、かな?」


「まあ、そうだな」


イアンが頷く。

もう一度、中を覗く。明日香が元の世界で所有していたパソコンのようなキーボードらしきものは見当たらない。しかし、何百本絡まっているか分からないような複雑なコードの束が無数に伸びているし、複数あるランプもクリスマスのイルミネーションのように点滅している。『電脳』という言葉が思い浮かんだ。


「電源はどこにあるんだろ」


「電源ってか、源みたいなものは、『双樹』の根や葉から取り入れてるんだ。根っこも地中深く、張り巡らされているからね。地熱や風力、太陽熱とかになるのかな。それをエネルギーに代えているんだと思うけど、その仕組みはボクでもわかんない」


「……ねえ、前から思ってたんだけど、コタローってばさ、やたら詳しくない?」


コタローの首を撫でると、コタローは目を細めて言った。


「んんん、だってボク、『双樹』の「使い魔」だもん」


気持ちよさそうに、顔を上げる。これは、前も触ってという仕草なので、明日香は首の前を、さわさわと撫でた。


「それって、どういうこと? イアンに言われて、小日向家にやって来たんだよね?」


「ボクは『双樹』の部品の一部みたいなもん。時々、イアンみたいなやつに使いっ走りさせられるんだ。『通訳者』とかの要人の元に送られたり、伝言に走らされたり」


「そ、そうなんだ……」


納得できたようなできなかったような、その頭をふるふると振る。

明日香は、次には『双樹』から少し離れて、それを見た。


「はああ、やっぱり先っぽが見えない。これ、どうなってんのかなあ」


「先っぽは無いんだよ」


コタローの返事に、首を傾げた。


「ど、どういうこと?」


「先っぽは、また根っこに戻るんだ。ここを登っていくと、その先は明日香の世界の地上に繋がっていて、そこでまた根を下ろしている、というわけ。『双樹』の『双』ってのは、二本の樹という意味はもちろんだけど、『双樹』が繋げている二つの世界、という意味もあるんだ」


「⁇⁇⁇」


「この世界と、明日香がいた世界。二つが向かい合わせに存在しているのさ。けれど、二つは全く異なる世界なんだ。『アシンメトリー ワールド』だよ」


「⁇⁇……⁉︎」


コタローは、明日香の呆けた顔を見て、ふはっと吹き出した。


「登ってみれば、わかるけどね」


「登れないんだなあ、それが」


明日香は、もう一度、『双樹』を見た。何度見ても、手で掴んで登るような出っ張りは無いし、足をかける窪みも無い。初めて見た時の印象は「つるつるの樹」だったが、再度見た今もその印象は、覆されなかった。


「はあああ、こんなん無理い」


がくっとこうべを垂れたと同時に、コタローがウォンと吠えた。警戒を含む、唸り声。


「どうしたの、コタロー」


イアンを見ると、鼻をヒクヒクとさせている。

明日香は、コタローとイアンの視線が重なるところ、『神の一歩』の入り口へと、視線を移した。誰かが近づいてくる気配があり、明日香は身じろいだ。

イアンは、そこをじっと見据え、けれどコタローは低く唸るのをやめない。


「明日香、ボクから離れないで」


コタローがそう言った瞬間、入り口の周りに茂っている、明日香の身長ほどある草木が、ガサガサと大きく揺れた。


「明日香、いるのかっ‼︎」


「明日香っ、明日香‼︎」


明日香の耳は、懐かしい声を拾った。


「ろ、ロウ? ユノ?」


その名前に、ふと涙がにじんでくる。

自分が気がつく前に、明日香は走り出していた。


「明日香っ‼︎」


「ロウっ‼︎ ユノっ‼︎」


駆け出すと、途端に足がもつれて、転びそうになる。足に力を入れて、ぐっと堪える。


「ロオぉぉ、ユノぉぉ」


叫ぶと、涙が堰を切ったように流れ出た。自然と身体が動き、心がそれを欲している。明日香は、目一杯に両手を振り上げて、思いっきり走った。


『神の一歩』はだだっ広く、足をこれでもかという程に運んでも、なかなか二人の元へとは近づかない。けれど、二人の姿をその眼にはっきりと捉えると、明日香の胸は脈を打った。


「明日香あああ」


ユノの呼び声が届く。その声で、明日香は前髪にさしてある髪留めを思い出した。


「ねえ、そのユノの髪留め、すっごく綺麗だね。とても似合ってる」


そう言うと、すぐに一つ外して、髪につけくれようとする。いいよいいよと、遠慮しても、明日香に貰って欲しいんだと、笑顔を零した。素直にありがとうと礼を言う。すると、ユノは明日香の前髪を丁寧に上げると、髪留めを差し込んだ。額でパチっと小さな音がして、その時ユノと目が合った。お互いに照れてしまって、すぐに視線を外したが、そんなことがあってから、この髪留めはユノの分身のような気がして、明日香はユノを思い出す時、そっと前髪を手で押さえていたのだった。


「ユノおお」


そして、駆けてくるユノの後ろには、ロウの姿が。


「ロウ、ロオおお」


朝、起きる時。夜、眠る時。


「明日香」


ロウに名前を呼ばれて毎日、明日香は目を覚まし、そして眠る。その声は、いつも囁くように優しく。少し、低い。

「明日香、もう眠ったのか?」


一度だけ、眠った振りをしたことがあった。何の気なしに、ただの悪戯心からの寝たふりだった。


「明日香、寝たのか?」


笑いを堪えて目をつぶっていると、不意に声色が変わった。


「……明日香、明日香」


ドクンと心臓が鳴った。ロウが、何度も自分の名前を呼ぶ。苦しそうに。


「おまえは、ユノが……好きなんだろう?」


驚いてしまった。焦ってしまった。

その時知った、自分の気持ち。


息苦しそうに吐き出したロウの言葉に、明日香はこれ程までにと、翻弄された。翻弄され、そしていつまで経っても忘れられない楔のような言葉となってしまった。


ああ、ロウは、私が、ユノを、好きだと、思っている。


それ以来、持たされた、複雑な気持ち。

ロウの名前を呼ぶ時には、いつもそんな複雑な感情が混じってしまうのだ。


「ロウっ‼︎」


その時、足がもつれて石につまずいた。どっ、と前につんのめって、そのまま倒れ込む。


「痛っ‼︎」


着いた両手に痛みがあったかと思うと、肩から左の脇腹が地面にぶつかった。


(ああ、河川敷の川べりでも、私こうやって転んで、この世界に落ちたんだった)


とっさにかばった頭は、地面には打ちつけなかったし、視界が回転しただけで、この世界も何ら変わらない。

そして。


「あっ‼︎ あす、‼︎」


「明日香あっ‼︎」


ロウの声。

鮮明に。

拾って。


「ロウ、」


涙と一緒に零れた名前。

明日香はなんとか顔を上げると、心から愛しいと欲する人の姿を、目で探した。


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