前任の通訳者
「いったい、なんなんだよ、キミたちは」
ユノが怒った口調で訊く。
「…………」
黒髪の短髪は、ゆかり。そして、もう一人の金色の長髪は、イェンナといった。
なぜ、ロウが狙われたのか。事情が分からず混乱しながらも、二人の対照的な女を前にして訊いた。
「どういうことなんだ」
ロウが改めて訊いても、短髪のゆかりは口を貝のように瞑ったまま、何も喋らない。
そんな様子を見かねて、イェンナが話し始めた。
「どういうことなんでしょう、ね?」
首をかしげると、金色の髪がゆらりと揺れた。太陽の光の下ではキラキラと光りそうだ、とユノは思った。思ってから、ユノは慌てて言った。
「そ、そんなのこっちが訊きたいよ。いきなり襲ってきて……い、いったい何んだっつうの」
すると、次にはロウが訊いた。
「おまえは、『獣人』なのか?」
『獣人』のロウとユノと話ができるということは、二人と同じで『獣人』である可能性が高い。
「私は人間ですが、ここでいう『人−人族』の者ではありません」
その言葉で、ロウはピンときた。
「前任の、通訳者か」
「はい、そうです」
ごそごそとポケットから出したのは、明日香が以前渡されていた紋章の入った証明書と同じだった。
「どこからきた?」
「フィンランドです」
「フィ……? 明日香と違う、明日香はニホンって言ってたもん」
「おお、ニホン知ってますよ。アニメの国です」
「アニメ?」
「動く絵画ですよ」
「まあ、いい。それより、そっちの女はどうしてオレを襲った? 『人−人族』だろ、オレに「人」の知り合いはいないはずだが。それに、ナスダリ博士との関係も知りたい」
ナスダリ博士の名前が出た時、ゆかりはちらっとロウを見たが、すぐにも横を向いてしまう。
「…………」
「なんだよ、黙ってちゃわかんないだろ」
「おい、イェンナ、通訳してくれ」
「はい、いいですよ」
「────」
「────」
イェンナが何度話しても、ゆかりは何も言わなかった。
「イェンナ、ナスダリ博士とどんな関係があるか、訊いてくれ」
「はい、────」
無言だ。
ロウは、呆れたように言った。
「イェンナは、ゆかりがどういう人物なのか知ってるんだろ? 教えてくれ」
「いえ、それが……」
途端に、歯切れが悪くなる。
「知らない人なんです」
「…………」
「……ちょっと、さすがのボクでも怒れてくるんだけど」
「怒らないで」
両手をストップの意味で掲げる。その指の長さに、二人は驚きを隠せない。
「それが、本当なんです。私はこの人にいきなり、ここに連れてこられただけで」
「あんたが連れてこられたっていうなら、ミックスが必要だったからだろう。『人−人族』が『獣−人族』の領地へ入るなんてのは、自殺行為にも等しいからな」
「イェンナさんは、今までどこにいたの? あんたが居なくなっちゃったから、明日香が急遽連れてこられたんだろ……」
ユノの声が次第に小さくなっていく。
「……ボクは明日香に会えて、結果良かったんだけども……」
ロウは苦笑しながら、再度問うた。
「あんたは、どこに居たんだ?」
「『人−人族』の専属通訳をしていました」
「どうしてなんだ。あんたは三国会議の専門の通訳じゃなかったのか?」
「そうだったんですけど、いきなり連れていかれて」
「監禁されてたのか」
「そうではないのですが……もう戻れなくなってしまって」
「どうして?」
「その明日香さんって方が、召集されたと聞きましたから。そのまま、専属になるしかなくて」
ロウとユノは、眉をひそめながら顔を見合わせた。イェンナが頬を両手で押さえて、おずおずと言った。
「それで、一つ良いですか?」
「なんだ」
「もう家に帰っても良いですか? おなか空いちゃって」
イェンナはニコッと笑った。
✳︎✳︎✳︎
「すげえ、」
「マジ?」
山盛りになった黄色の皮の山を見て、ロウとユノは唸っていた。隣で見ているゆかりも、眉をひそめて見るからに嫌そうな顔をしている。
「むぐむぐ、これも食べちゃって良いですか?」
「……ああ、いいぞ」
「ふはあ、美味しい」
皿を引き寄せて、スプーンを突っ込む。ロウが得意な豆の入ったスープだ。それをすくっては口へと運ぶ。その合間に、バナナの皮をむき始めた。
「え、まだ食べるの?」
「すげえな。明日香並みだぞ、これ」
「バナナだなんて、そんなまっずいもの、よく食べられるわね」
後ろの柱にロープで縛りつけておいたゆかりが発した声に、二人は反応して振り向いた。
「なんだ、あんた喋れるんだね」
ユノの言葉には無視を決め込んだらしい。
「…………」
「『人』のくせに、獣人の言葉を話せるとはな。ナスダリ博士にでも教えてもらったんだろうけど……まあ、いい。それなら話は早い。今までのオレたちの会話も聞いていたんだろ。どうして、オレを狙ったんだ」
「……ナスダリの仇よ。おまえのせいで、博士は死んだんだ。覚えていろ、私がおまえを殺してやるからな」
「やっと、喋ったな」
ユノが腰に手を当てて、呆れたような声を出した。
「そんなのねえ、悪いけどこっちだって、死にそうだったんだ。それに、明日香がボクたちを助けにきたのだって、『獣−獣族』のヤツに言われて来たんだから、ロウやボク、明日香だって悪くないんだよ」
「そうだな。オレたちが故意にしたことじゃない。悪いが、お門違いってヤツだ」
「…………」
ゆかりは黙ってしまったが、その目には涙がたまっていた。ボロボロと涙を零すゆかりを見て、ロウはなんとも居たたまれなくなり、そしてそっと訊いた。
「あんた、もしかしてナスダリ博士の……」
ロウが言いにくそうに言葉を止めた後、ユノが続けた。
「む、娘?」
そのユノの言葉に、火がついたように反応し、ゆかりは噛みつくように言った。
「そんなわけないでしょっ‼︎ 私はれっきとした博士の恋人よっ‼︎」
部屋中に声が響いた。
✳︎✳︎✳︎
「いやだってすっごく歳が離れているもんだから」
ユノが、言い訳するように呟いた。
「いえ、私も驚きました。博士はもう、おじいちゃんっていうか……あわわ、おじさんっていうか」
隣に座ったイェンナが、慌てて否定する。
ロウの家の前に積んである薪の上に腰を下ろした二人だったが、淀んだ空気が重苦しい。ユノがそう思っていると、イェンナの手が動いた。
「そ、そんなに……バナナ好きなの?」
イェンナが手に持っているバナナをむこうとした時、ユノが思わずという感じで訊いた。
「はい、大好物です。小さい頃にママにもらって食べたのがキッカケで。そのママもすぐに死んじゃいましたけどね」
「ボクたちと一緒だね。ボクもロウも、親なしなんだ」
「そうですか。それは寂しい思いをしましたね」
「キミも?」
「はい」
ユノが見ると、イェンナはユノを見てニコッと笑った。そして、顔を戻し、いつのまにか皮がむいてあったバナナに、パクッと一口かぶりついた。
その横顔は透けるように白く、まつ毛は長くゆるい曲線を描いている。そのまつ毛は金色で、こうして外に出ていると太陽の光に照らされて、その金色の髪同様に、光り輝いている。
瞳は、薄いブルーだ。
(明日香の黒い瞳と、全然違う)
ユノがその横顔を見ていると、イェンナがちらっとユノを見た。ユノの心臓が、ドンっと打った。慌てて、前を向く。
「ユノさん、もしかして……」
その言葉で、心臓が早鐘のように、どどどっと鳴った。
「ひ、一口、た、食べますか?」
顔はニコッと笑っているが、さも嫌そうに言ったその言葉を聞いて、ユノは「……い、いらない」と小さく言葉を絞り出した。イェンナは嬉しそうに、残りのバナナにかぶりついた。




