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許されない


ワニのランやイアンとの話の内容を、明日香はその帰り道で、何度も反芻していた。


兄妹たちは、明日香の前や後を不安げな顔つきで、うろうろとしながらついてきている。そして最後尾にイアンが物も言わずに歩いていた。


明日香は、ショックを受けていた。ランの話が本当なら、通訳の前任者のイェンナは故意に連れていかれた、ということになる。行方不明とは聞いていたが、そのような結末が隠されているとは思いも寄らなかった。


(ミックスを思い通りにして、『人−人族』の領土を増やすだなんて、)


その先を考えるのが怖い。


(そんなことしたら、ロウやユノが、)


「明日香、」


イアンが後ろから声を掛ける。


「これで分かっただろう。ミックスを広げるよう、『双樹』に頼んでくれ」


頭の後ろでその言葉を聞いた。


「どうやっていいのか、わかんないの」


「なんとかしてくれ」


イアンの言葉に、自嘲とも嘲笑とも取れるものが含まれた。


「わかんないよ、」


言葉が、虚しくこだまするだけだった。


✳︎✳︎✳︎


「明日香、似合ってるよ」


ユノが目を細めた。


ミックスで三国会議のあった帰り道、『人−人族』の領地にある衣料品店で、服を買って帰った時。


「ボクも何か買ってあげたかった。ボクだってダイムってやつを持ってたら、明日香に髪留めの一つでも買えたのに……」


ユノの三角耳が、ピクッと揺れた。


「そんなこと……ユノにはこれ貰ったじゃん。嬉しいよ、これすっごく気に入ってるんだ」


前髪を留めている髪留めを指差す。

二人の背後から明日香の言葉を聞いて、そんなこと言ったらユノが調子に乗るぞ、とロウは苦く思った。

けれど、ユノは。


「え、ほんと?」


一度だけ訊き返してから、そのまま黙ってしまった。

ロウには分かっていた。ユノの耳が、すうっと垂れていく。それは、照れている時、嬉しくて仕方がない時、そして。


(相手に好意を抱いてる時、か)


ロウはわざと歩く速度を緩めて、二人から距離をとった。すると、胸に痛みがあった。顔もさっきから、歪んだままだろう。どす黒く汚いものが、どんどんと湧き上がってきて、自分を侵食していく。


つと、前を見る。二人の背中が先へ先へと進んでいき、やがて小さくなり、ついにはすうっと消えてしまった。

ロウは、焦った。歩みを遅らせたのは自分なのに、と後悔が出る。


二人が肩を並べていってしまう、と思った瞬間、目が開いて息が止まる。

そのまま、天井を見つめながら、息を細く吸った。


「またこの夢か」


明日香が、黒豹のジュドによって『獣−獣族』の国へと連れ去られてから、同じような夢を何度も見ている。イアンが側にいれば安全だとは言い切れないが、ロウはイアンを信じるしかないと思っていた。


けれど、ユノは。

『獣』に対して敵意むき出しにして罵詈雑言を並べたかと思うと、ぷっつりと何も言わずに塞ぎ込んでしまったりと、安定しない。


ロウは溜め息を一つ吐くと、起き上がってから服を着替えた。明日香に貸していた服に身を包む。小柄な身体が、この洋服に収まっていたことを思い出し、ロウは苦笑した。そうやって明日香の身体の大きさを意識すると、いつも必ず思うことがある。


(……抱き締めるときっと、オレの腕の中にすっぽりと収まるんだろうな)


一枚の毛布の中、二人で明日香を抱き合って眠ったことを思い出す。

続きを考えそうになり、思考を中断する。


ユノが許さない。そんな想いは、ユノが許さない。

自分に言い聞かせながら、大きく息を吐くと、ロウは朝食を用意するため、袖を捲り上げた。


✳︎✳︎✳︎


ロウがユノと遅めの朝食を取っていると、家のドアがノックされた。


「誰だろう……もしかして、明日香かもっ‼︎」


ユノが勢いよく立ち上がり、イスが後ろへとガガガッと音を立てて下がった。


「ちょっと待て、ユノ」


ロウの低い声に、ユノは足を止めた。ユノが、耳を立てる。


「……ち、違う。誰だろ、女の人?」


ロウも尻尾を器用に使って、イスを下げる。引き出しからナイフを出して腰に下げると、再度ドアがトントンと鳴った。


「出るぞ」


ロウが、そっとノブに手を伸ばし回す。ギッと一度音がして、ドアがすうっと開けられた。


「こんにちは」


女が二人、立っていた。

一人は、短い黒髪でつり目に高い鼻。引き結ばれた唇。硬い表情。

そして、もう一人は、金色でウェーブのかかった長い髪に、長い睫毛。その肌は、白く、血管が透けて見えそうなくらいに色素が薄かった。


「どなたですか」


ロウが、警戒を含む声で、尋ねた。


「ご用件は?」


「アナタガ、ロウ?」


黒髪の方が口を開いた。

聞き取りにくかったが、言っていることは分かった。直感で、『人−人族』の『人』だということが、認識できた。ロウの中の警戒度が上がった。


「そうですが、なに、か、」


ロウがそう答えた瞬間、ユノが何かを叫んだ。それと同時に、短髪の黒髪が踊りかかってきた。振り上げたその手には、鋭く光るナイフ。

女は、奇声を上げながら、がばっと襲いかかってきた。ロウは、振り上げられた腕を左手で掴み、女の身体を右腕で押さえ込んだ。そして、部屋へと引き倒すと、その身体の上に馬乗りになり、ナイフを持った腕を捻り上げた。


「イタイ、イタイッテバ‼︎」


女はバタバタと暴れて、それをロウが押さえ込む。


「ロウっ、この人だ‼︎」


ユノが声を上げる。


「ナスダリ博士が亡くなる直前に話していた女の人は、この人だよ‼︎」


すると、女は脱力し、握っていたナイフを落とした。大人しくなったのを確認すると、ロウは立ち上がり、そのナイフを拾う。そして、まだ解くことのない警戒心とともに、もう一人の女を見た。


もう一人の女は、倒れて腕を痛そうに押さえている女を、ぼうっと見ながら立っていた。

そして、言った。


「良かったあ」


心底、ほっとしたような声だった。

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