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再会


眼が覚めると、真っ暗だった。


(あれれ、私、どうしたんだっけ?)


寝かされていたので分からなかったが、起き上がろうとして身体を動かそうとすると、あちこちに痛みがあった。


「いててて、痛ったああ」


背中も腰も足も腕も、とにかく全身が痛い。その痛みは、筋肉痛にも似ているし、打撲のようなものにも似ていた。

身体がどんな状態になっているのか、この暗闇では分からない。


すると、ほわっと明かりが見えた。

ピスピスと音がする。聞き覚えのある音だった。


「も、もしかしてコタロー?」


すると、ウォンと小さく鳴き声がした。


「コタローっ‼︎」


明かりが近くのと同時に、足音が響く。ハッハッハッという息遣いも、次第に大きく聞こえてくる。そして、その姿もはっきりと捉えることができた。柴犬のコタローの凛々しい姿。そして、懐かしい姿。


「コタローおぉ」


「ワン、ワン」


コタローの鳴き声が弾む。

明日香が両腕を広げると、その中へと飛び込んできた。ほわっと光る幻影のようなコタローは、抱きしめるとしっかりとした手ごたえと体温がある。夢やら何やらの類でないことを知ると、明日香はコタローをしっかりと抱いて、大声で泣きだした。


「コタローだああ、コタロー……」


コタローは、ベロベロと明日香の顔を舐め回すと、嬉しそうに尻尾を左右に振っている。


「明日香、よかった‼︎ やっと、見つけた‼︎」


涙でぐしょぐしょな顔でコタローをそっと離すと、そのまま濡れた瞳でコタローの顔を見た。


「ひっ、ひっく……」


「明日香っ」


コタローが舌を出しながら、鼻先をピスピス鳴らしている。


「…………」


「大好きっ」


「……あれ、あれれ? もしかして、まさかのまさか……ええー?」


「明日香、ボクもう、明日香から離れないからね‼︎」


明日香は、ぽかんとしながらも、そうだ、私、通訳者だったと思い直すと、それ以上深くは考えずに、コタローをぎゅっと抱き締めた。


✳︎✳︎✳︎


「って、いやいやいや、あり得ないでしょ、これ‼︎」


コタローとの再会から、コタローを抱き締めたままその場で眠り込んでしまい、腹の虫に起こされてようやく眼と頭が覚醒すると、周りを見渡してパニックになった。


相変わらず、身体のあちこちに痛みがある。ふかふかのベッドでなく、地面に直接寝かされていたのもあり、身体中がぎしぎしとして、思うように動かない。

けれど、そんなことにも気がつかないほど、明日香は驚き焦っていた。


「ちょっと待ってええ、ナニコレ⁇ ええええ‼︎」


周りをもう一度、見渡す。

見渡す限り、獣の群れが眠っている。びっちりと身体を寄せ合い、ぎゅうぎゅう詰めの状態だ。


「こここ、これ、この人たちの住処だ……ってか、人じゃないか、って、そんなのどうでもいいわっ‼︎」


慌てて立とうとするが、腰が抜けているのだろうか、下半身に力が入らない。ぐらっと身体が倒れそうになり、手をついて難を逃れた。ついた手の側を見ると、コタローが丸まってぐっすりと眠っている。


「あああコタロー、ああ良かった。とりあえず、ほっ」


柴犬とはいえ心強く感じたのは、コタローの凛々しい立ち姿が脳内に蘇ったことと、周りにはコタローと同じような犬系の動物が多いからだった。

あわわとしながらも、自分を落ち着かせて、周りを見る。


そこら中を埋め尽くしているのは、犬、狼、豹、虎、ライオン、その他もろもろ。毛皮の模様が見えるのは、入り口から差し込む光によって、ほわりと明るいからだ。どうやら、どこかの大きな洞窟の中のようだった。

皆、コタローのように身体を丸め、その身体を寄せ合って眠っている。大人のものもいれば、小さい子どものものもいる。数える余裕はないが、百匹以上はいるようだった。色々な模様を施した毛皮の高級な絨毯が敷き詰められているようだった。


「明日香、寝たふりをして」


小さな声がして、コタローを見る。


「ね、寝たふり?」


「食べられちゃうよ、早く早くっ」


その声に緊急性を感じて、上半身をそろりと横たえる。


「た、た、食べないって言ってたけども」


声を抑えながら、側に寄り添うコタローへと話し掛ける。


「うそうそ、冗談だよ。まさか通訳者を食べるなんてことはしないとは思うけど、念のため、ね。『獣−獣族』の中には、話の通じないヤツもいるからさ。だから、皆んなが起きてここから出ていってから起きた方がいい。まだ、寝たふりをしてて」


「わ、わかった」


寝たふりをしていると、コタローが身体を寄せてきて、その温かみで眠気がやってきた。ここで寝るのもどうかと思ったが、明日香はコタローを信じて眠気に任せた。


どれくらい眠っていたのだろうか。明日香はまどろみの中、ガヤガヤとした声で目を覚ました。何やら、あちこちから色々な会話が聞こえてくる。


「いやあ、やっぱり気持ちのいいもんですなあ」


「ああ、久しぶりによく眠れたわい」

「ちょうど良い、温度でしたね」

「はあ、肩のコリも解れたような気がする、ふわああ」


温泉とかでよく聞く会話だなあと思いながら、目を瞑る。


そして、ウォンと声を上げると、たくさんの足音が離れていった。獣たちが起きて洞窟から出ていくようだ。その足音に、明日香はほっとすると、目を開けて顔を上げた。


「明日香、まだっ」


コタローの声に、慌てて再度目を瞑ると、何かがひたひたと近づいてくる気配がした。ゴロゴロと低く、喉のなる音。


「イアンが得意げに話していた通訳者とは、お前のことだな」


うなり声から、どう猛な肉食獣だと直感し、明日香は目をぎゅっと瞑った。


ハッハッハッ、と呼吸音が小刻みに続く。その度に、頬や額に空気が当たり、その存在が自分に近づき過ぎていることに気がつく。


「タヌキ寝入りとはなあ、笑わせる。あははは」

「ふん、面白い娘だ」

「しかし、おまえの連れてきたミックスは、居心地の良いものだったぞ」


声の加減から、数匹いることにも気づく。一匹は、落ち着きなくウロウロとしているのが、足音でわかる。


「なあ、オレの女になって、ずっとここにいろよ」


その言葉に、ブワッと寒気を覚え、明日香は目を開けてしまった。


「い、い、い、イヤです」


上半身を起こしながら、明日香は声の主を見た。

その声の持ち主は、大きな虎。見事な毛皮の模様。


金持ちのゴージャスな部屋にでも、敷いてありそうなものだ。そして、その色。他の虎たちは定番の黄色だが、一匹だけは白だ。体躯もひと回りもふた回りも、他のそれより大きい。


そのホワイトタイガーが、明日香に向かって鼻を近づけてくる。そして、いきなり大笑いした。


「ふはは、変わった顔だ‼︎」


その後に、他の虎たちの野太い声が響いた。


「ファニーフェイスだなあ」

「鼻が低い」

「黒の目ん玉なんて、なあ。それも、こんなに小せえ。がははは」


それぞれのトラが、順番に顔を明日香へと寄越してくる。

すると、最後にホワイトタイガーが言った。


「こんな顔じゃあ、だめだ。イアンにでもくれてやるか」


あははは、と高笑いして、踵を返す。


「ちょっと、あんたっ‼︎ 失礼にもほどがあるっての‼︎ 」


明日香は、胸にムカムカと怒りが湧いてくるのを感じていた。それが、口をついて出てしまった格好だ。


背中に向かって言ったのだが、すぐにもぐるりと顔が向いて、その大きな顔がのしのしと近づいてくる。歩くたびに背骨が滑らかに動き、近くまでくるとその大きさがイヤというほど目に入る。


「オレをアンタ呼ばわりするとは、生意気な小娘だ」


先ほどまでは一定の距離があったが、今度は違った。近づいてきたと思うと、前足で押されて、明日香は後ろに倒れた。その上に容赦なく乗られ、押さえ込まれる。


「ちょ、ちょっと何するの、痛い痛い」


ホワイトタイガーの爪が食い込んで、押さえられている肩に鋭い痛みがある。すると、様子を見ていたコタローが声を上げた。


「明日香に何するんだっ‼︎ 離れろ、離れろって‼︎」


ワンワンと吠えながら、前へ後ろへと跳び上がっている。ホワイトタイガーはコタローには目もくれず、明日香をじっと睨みつけている。


「オレには、ジャファという名前がある。小娘、言ってみろ」


鼻先を明日香の首元に近づけてきて、スンスンと鼻を鳴らす。


「この細っこい首を噛みちぎることもできるぞ」


低く言う声に、明日香は恐怖を感じた。


「ジャ、ジャファさん、やめて」


明日香はなるべく、『獣−獣族』の言葉に沿うように発音し、丁寧に言った。


「やめてください」


けれど、ジャファは動かない。明日香は、声を張り上げた。


「やめてって言ってんのよ‼︎」


そして直ぐに、明日香の言葉に言葉が被せられた。


「おい、ジャファ、やめろ。すぐに明日香から退け」


聞き覚えのある声に、明日香はほっとした。


「……ふん、彼氏の登場だ」


ジャファは明日香から腕を離すと、ゆっくりと距離を置いた。


「イアン……」


「明日香‼︎」


明日香の懐に、コタローが入り込んでくる。コタローを抱き締めながら、明日香は顔を上げた。

ライオンとトラが対峙している。

二人が並ぶと、その大きさが改めてわかる。


(で、でかっ)


「明日香にちょっかい出すなよ。明日香は通訳者だ。通訳者に手を出したら、どうなるかわかっているだろう?」


イアンが低く、唸った。


「……ああ、知っている。ただちょっと、気に食わなかっただけだ、顔がな」


「えっ、そこ⁉︎」


さっきから顔のことを言われ続けて、明日香は不満顔を崩せない。


「そんなの好みの問題でしょっ‼︎」


怒りをあらわにしながら、明日香は立ち上がった。


「そりゃあ確かに、告られたこともないし、ちやほやされたこともないけどっ」


ズボンについた葉っぱをパンパンと手で払い落とし、腰に手を当てて言い放った。


「顔なんて……外見なんて、これっぽっちも重要じゃないの‼︎ 大切なのは中身よ、心なのよっ‼︎ 人間性なの‼︎」


「…………」

「…………」


イアンとジャファは、顔を見合わせてから、呆れた顔を浮かべ、今まではその成り行きをニヤニヤと見守っていた他のトラたちも、呆気にとられている。


「に、ニンゲン性……っていうか、あ、あ、あんたたちにとっては、け、ケモノ性?」


「ふはっ、あははは」


ジャファが大声を上げて笑い出した。


「オマエの女は面白いな」


イアンが反応する。


「オレの女じゃない。獣人の女だ」


その言葉で、ジャファが笑うのをやめた。


「……獣人の? そんなひよっこいヤツらに通訳者を任せているのか」


「まあな、でもこれからはオレらが守る。それでここへ連れてきたんだからな」


「さすがにオマエでも心許ないな。メインブレイン……ソウジュは厄介だぞ。ヤツはミックスを自由自在に操作できる。殺されるぞ」


「だが、明日香を手に入れれば、そのミックス弾きで死ぬことはない」


「まあな」


二人は意味深な笑みを浮かべると、振り返って明日香を見た。

明日香は、その会話の意味が分からず困り果てると、溜め息をはああと吐いてから言った。


「とにかく、顔の話はもうヤメテ」


洞窟に、くくくと笑い声が響いた。


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