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第四の世界

帰り道では、努めて明るく振舞っていた三人だったが、それぞれがひとりになると、カスガの言葉が浮かんできて、そのことを考えるしかなくなってしまう。


ユノは自宅へと戻り、ロウは薪を取りに森へと向かった。

明日香はひとり、ロウの家の前に積んである薪の上を陣取り、ぼうっと頬づえをついていた。


「私、帰れないんだ」


衝撃の言葉。


「まずもって、世界が違うのよ」


衝撃の事実。


「通訳者はメインブレインが探してきたよその世界から、連れてくるの」


衝撃が。


「いつもなら本人に了承を取って、契約を交わしてから連れてくるのだけど……明日香は急なことで気の毒だったわね」


(河川敷でずっこけたことがいけなかったんだ)


「それがどこの世界から連れてくるものなのかは誰も知らないの。ちゃんと契約して来たはずの前任者のイェンナも、どうやって帰るのかは教えてもらえてないって言ってたもの。それって、ここへ来たら二度と帰れないってことだって、理解していたわ」


「『人−人族』以外にも、人間が住む世界があるってことなんだね」


ユノの言葉には、反応できなかった。帰れないという事実が、衝撃すぎて。


「うそみたい、帰れないんだ」


明日香は、薪の上に足を掛け、器用に体操座りになった。膝を抱え込んで、その間に顔を埋める。あれ以来、涙は随分と流れたのに、枯れることなくまだ湧き上がってくる。目は腫れて、不細工な顔をしてるのだろうと思うと、明日香はさらに落ち込んだ。


「この世界で生きていく、のかな」


思いも寄らぬ人生の方向転換に、明日香はどうしていいのか分からずにいた。


✳︎✳︎✳︎


学校を随分と長い間休んでしまったロウとユノは、久しぶりに登校していた。いつも通り授業を受けて、昼休みに待ち合わせをして購買でパンを買うと、二人は校舎の屋上に上がり、昼食を取った。


「明日香、どう? 元気にしてる? ふわあああ」


ユノが、両腕を伸ばして、大欠伸をする。


「どうって、昨日も会っただろ。毎日毎日、来やがって」


ロウが、飲みかけの水をががっと飲み干した。水筒の蓋を閉めて、その辺に転がす。


「ジャマしにいってんだから、イインダヨ」


ユノが、大欠伸の続きで呟いた。


「ねえ、それよりナスダリ博士の原因って、わかったの?」


ロウが、ごろんと寝転ぶと、腕を頭の下へ入れて、枕にする。目をつぶってから、言った。


「それが、シモン先生も知らねえってよ」


ナスダリ博士に一番近しいと思われる人が口を開かないとすれば、これはもう諦めるしかない、と二人は思った。


「でもよ、カスガさんの家でこの話題になった時、明日香を部屋から追い出しただろ」


「ナスダリ博士の話の時だよね。ボクもちょっと不自然だなって思ったんだよ」


「ほんとかよ、おまえ」


ロウに言われて、ユノは頬を膨らませた。


「ほんとだよっ。で、それが?」


強い口調に、口元を緩めながら、ロウは言った。


「ふは、ほんとはわかってねえだろ。ま、いいや。とにかくその時思ったんだ。これはきっと、明日香に関係あるんじゃないかってな」


「ふぁん、」


ユノは分かっているような、分かっていないような、曖昧な返事をして、ロウをさらに笑わせた。息を整えると、ロウはまた真面目な顔へと戻した。


「オレが死にそうになった時、明日香が助けに来てくれただろ」


「ボクも、だよ‼︎ でも、あれは本当に焦った。あんな思いはもう二度とごめんだね」


「ナスダリ博士が亡くなったのって、その時と同じ日なんだよ」


「え、そうだったの?」


「ああ、シモン先生にそれだけは教えてもらった」


沈黙が降りてきた。


「…………」


「……じゃあ、まさか」


「ああ、あれは明日香がオレの方へとミックスを移動させたために起こった。だから、ミックスに来ていた博士は、移動したミックスから弾き出されて、死んだんだ」


「…………」


「博士だけじゃない、地方会議の参加者全員が、同時に死んだ。あの後、広報の訃報欄を見たんだが、死者の数がその日だけ半端じゃなかった」


「まさか、わざと、なの?」


ロウが起き上がって、ユノを見た。


「そうだ、故意に、だ」


明日香が瀕死のロウの元に駆けつけた経緯を思い出す。


「イアン、か」


ロウとユノが、顔を見合わせた。


「イアンも『獣−獣族』政府の代表だ」


✳︎✳︎✳︎


「そうだよ、イアンがコタローを越させてくれたんだって」


「コタローのことは、公園かどこかで拾ったんだと言っていたな。その時のことを覚えているか?」


「うん、覚えてる。雨が降っててねえ、可哀想で見ていられなかったんだ。近づくと、ふらふらと私の足元にきてね。撫でてあげると、嬉しそうな顔をして。これはもう、私が一緒にいるしかないっていう気になって」


「で、拾ってきたってことなんだね」


ユノがずいっと顔を近づけてくる。


「じゃあ、ボクもずぶ濡れになって、明日香明日香あって嬉しそうにしたら頭撫でて、連れ帰ってくれるんだね」


「ユノ、ナニイッテルンデスカ」


プフッと吹き出すと、明日香は日本語風で返事を返した。ユノはうまくあしらわれて、むくれている。


「それで、イアンがコタローを遣わした、みたいなことを言っていたから、そうだったんだなあって思って。でも、イアンのように話はできんかったよ。コタローとはね。でも、目を見ればコタローが言いたいことはわかったよ。大好きだったから……」


明日香が、口を結ぶ。


「羨まし、嫉妬する‼︎ ってか、コタローになりたい。明日香に愛されたい」


ユノが言った。

最近のユノは平気でそういう類のことを言うようになった。ロウと明日香はその度に、苦笑するしかなかった。


(そうやって、気持ちを素直に言えるおまえが羨ましい)


ロウは、心の中で思った。ユノの気持ちを知ってしまっているし、口下手なロウは、心の奥へと閉じ込めるように、明日香を想うしかなかった。


「それで、コタローのこと聞いて、どうかしたの?」


何をも疑うことなく、そう明日香に訊かれて、ロウは慌てて言った。


「いや、別に。ただ、コタローとの出会いがどうだったのかな、と思っただけで……」


そんなロウの動揺する様子を見て、ユノが言った。


「ロウってば、歴史の授業の時だけだね、キミが輝いて見えるのは」


「うるさいっ」


ロウが近くにあったクッションを投げて、ユノが顔面キャッチすると、明日香が声を上げて笑った。

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