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恋人の存在

「おい、ユノ‼︎」


ロウの切迫した声で、ユノは振り返った。明日香はまだトイレに入ったばかりなので、当分は出てこない。近づいてくるロウの険しい顔を見ると、ユノはロウの腕を掴んで、廊下の角まで引っ張った。


「どうしたの、そんな慌てて」


「明日香は?」


案の定、明日香の耳には入れたくない話だろうという勘が当たって、ユノは表情を神妙にした。会議場を出た廊下は長くて天井も高いので、声が響く。ユノは声を抑えながら言った。


「今、トイレ行ってる。どうしたの、何かあったの?」


ロウが、はあはあと息を整えながら、唾を飲み込んだ。


「ナスダリ博士が、亡くなったそうだ」


「え、」


「さっき、ここから出てきたヤツらが話していたのを聞いた」


「どうして……って、まさかあの時、博士を襲ってきた輩が?」


「わかんねえ。問い詰めようとしたらその二人組、そのままエレベーターに乗っちまったから」


「どうしよう……」


ユノが下を向く。


「あれって、そういうことだったんだ」


「なんだ?」


「あ、ううん。何でもない」


「そうか、ならいいが……そういえば明日香、通訳の方はどうだった?」


ユノの様子が気になったが、明日香が来る前にと、ロウは先を進めた。すると、不安げだったユノの顔が、ぱあっと嬉しそうな顔に変わる。


「とても上手にできたし、堂々としていたよ。すごく立派だった。これが初めてだなんて思えないって、皆んなが誉めていたよ」


そうか、ロウは短く返事をして、それは良かったな、と言った。


「それより、ナスダリ博士はどうして亡くなったんだろう」


「ああ、調べた方がいいかもな」


「帰ったら、シモン大師に訊いてみようよ」


「そうだな、そうしよう」


「あ、ロウっ‼︎」


ハンカチで手を拭きながら、明日香が出てくる。


「どうだった? 何か情報あった?」


「いや、特には。それより明日香、ちゃんと通訳できたそうだな」


明日香は、嬉しそうな顔をすると、ポケットから封筒を出した。


「見て、これ」


封筒から取り出した紙を、ガサガサと広げ、ユノとロウに見せる。紙には、何かの紋章のようなものが書いてあった。


「通訳者の証らしいよ。ほら、ここに三つの印があるでしょ。これが『人−人族』これが『獣−獣族』。そんでこっちが『獣−人族』だって。この紋章、見たことある?」


ロウが、明日香から紙を受け取り、しばらく見ると、ユノに渡す。ユノもじっと見ると、「うん、知ってるよ。学校の校舎にも描いてあるんだ。王冠と植物をかたどったものだと聞いたことがある」と言った。


そして、その見慣れた紋章の下に一つ、大きな紋章が配置してある。それは、紋章にしては複雑で凝っていて、一種異様なデザインだった。上半身は人間で、下半身は四つ脚の獣の身体、そしてそれにまたがるのは、剣を持った獣人の姿。


「始祖ハンダルだ」


そして、他の二国の紋章。一つは、甲冑と剣が組み合わさったもので、それが人間が使用する武器や防具ということからも、『人−人族』のものと知れる。もう一つは、黒い鳥と蛇が交わったもの。これは獣の中で、弱者に見せかけた強者の特徴を持つもののように思われた。どの紋章のデザインも、自分の種族を強者に見せようとしている気がして、ロウは身の震える思いがした。


(今日の会議のように、三種族が集まって話し合うんだ。お互いが協調を求めているように見えるが、実際のところはどうなんだろうな)


そして、その三国が、交わってできた紋章。一目でここミックスの紋章だということが分かる。ミックス独自の通貨を作り流通させようとしたり、共通の法律を作ろうとしていることは、さっきユノから聞いて知った。


紋章も、その象徴だと思われる。


(そうだとすると、明日香はそのミックスを作り上げる重要人物、ということになる)


ロウとユノは、同時に喉を鳴らした。

そして、その三国の歴史。


もちろん、二人とも自分の出身である『獣−人族』の歴史しか、知り得ない。井の中の蛙などということわざの通り、それは自分が無知で小さな存在だということに気づいた瞬間でもあった。


「『人−人族』と『獣−獣族』の歴史も知りたくなったね」


「ああ、それにこの世界の仕組みについても、だ」


ロウが神妙に言葉を繋ぐと、ボクもだよ、とユノが紙を明日香に返しながら、言った。


「じゃあ、私と一緒に来る?」


明日香が、跳ねるような声で言う。


「三国について教えてくれるって、議長のカスガさんが自宅に招待してくれたんだ」


ロウとユノが顔を見合わせてから、同時に「行く」と言った。

明日香はその様子を見て笑うと、「オッケー‼︎」と親指を立てた。


✳︎✳︎✳︎


「ちょ、ちょっと待って‼︎ ダメダメダメダメ、こんなのダメだよ‼︎」


ユノが顔を真っ赤にして声をあげた。声をあげたと言っても、ボリュームは抑えてある。


「仕方がねえだろ、毛布が一枚しかないんだからよ」


向こうを向いているロウの声もくぐもっていて小さい。


「……こんなの眠れないよ」


「寝ないと、明日が辛いぞ。諦めて早く、寝ろ」


「この状況、許されると思ってんの?」


「バカ、もう明日香は寝てんだから、関係ねえだろ‼︎」


ユノとロウの間に挟まって横になっている明日香は、今日一日の疲れからか、すでにグッスリと眠ってしまっている。


森の一角で、枯葉を下に敷き詰めて毛布を二枚敷くと、上にかける毛布は一枚しか残らない。その一枚の中に、三人が入ることになり、ユノもロウも激しく動揺した。


明日香が、得意げな顔をして、声を上げた。


「大丈夫だよっ‼︎ ちょっと狭いけど、くっつけば暖かいし、一石二鳥的な‼︎」


「けどさあ、明日香。キミは女の子なんだし、」


「オレは、毛布なんかいらん。明日香が使えばいい」


「はあ、一人じゃ寒いし、もっとくっつこうよ。ほらあ、こんだけスペースがあれば、寝れる寝れる‼︎」


ガバッと、毛布を掛けられて、倒される。


「明日も早いし、おやすみぃ」


そして、この状況だ。


「……わかった、もういい。抱っこして寝る」


ユノが、意を決したような声を出す。


「おい、ヤメロ」


「そうじゃなきゃ、寝れない。んー、明日香あ」


向こうを向いていたロウがぐるっと身体をひねる。


「こら、触るんじゃねえ」


明日香の背中へと回したユノの腕を掴む。


「なら、お前も抱っこしろよ」


掴まれた腕を後ろへぐいっと引っ張ると、ロウが明日香を抱きしめる格好になる。


「くっそ、おまえ、覚えてろよ」


そして、ユノの腕も明日香へと回すと、二人はようやく目をつぶった。明日香が隣で眠っているというのもあったが、明日、三国の歴史に触れられると思うと、軽い興奮でそうは眠れない。そうは思ったが、すぐに眠気はやってきて、二人を眠りへと誘った。


✳︎✳︎✳︎


「え、っと、なにそれ、どうしたの?」


ユノがタオルで顔を拭きながら、髪を結ぶ明日香に声を掛けてきた。ユノが気づいたのは、明日香の目元にあるクマだ。


「いや、うん、これは、これだ」


明日香の歯切れの悪い様子に、ユノは畳み掛けた。


「ぐっすり寝てたじゃん」


「え、あーうん。寝たよ。寝た寝た。たくさん寝たあ」


あああーふと、大きな欠伸。


「よだれ、垂らしてた」


「ぎゃあ、マジで‼︎」


あははは、とユノが軽く笑う。その顔を見て、明日香はほっと息を吐いた。


(自分で誘っといてなんだけども、昨日はほんとビックリしたわ)


夜中に目を覚ました明日香は、二人に抱きしめられていることに気づき、それはそれは脳内パニック状態になった。


(ぎゃああああ、なにこれどうしよう、どうなってんの‼︎)


腰と背中に回された腕に重みを感じると、途端に自分の置かれている状況が鮮明となり、恥ずかしさがせり上がってきた。眠気は、どこかへぶっ飛んでいった。


元いた世界でも、同級生が彼氏だの何だのを作っていく中、恋愛事情に疎い明日香は、気がつくと一人取り残されているタイプだった。だから、今までに彼氏というものがいた試しがない。


(免疫ないんだから、この状況カンベンしてよー‼︎)


そして、眠れぬ夜を過ごした結果の、この目の下のクマなのだ。


(そういえば、ロウとユノは彼女とかって、……いないのかな)


今までは自分を保つことで精一杯で、彼らの私生活に思い至ることがなかった。この歳なら、彼女がいて当たり前だということも。


「ううん、ぜんっぜん縁のない人だっているもんね‼︎ この私みたいにっ」


髪を結い終わると、明日香は立ち上がって得意げに握り拳を突き上げた。


「明日香みたいに何だって?」


「わああ、」


ユノに斜め後ろから覗き込まれて、明日香はばふんっとなって、顔を両手で隠した。


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