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通訳者

「ロウ、ロウ‼︎」


森の中を走っているうちに、ロウを見失ってしまったユノは、道をも失っていた。草木を掻き分けながら、もう半時間ほど、こうして森の中を彷徨っている。


「痛っ」


手で押さえ込んだ小枝で、手の甲に擦り傷ができた。じわっと血が滲んできて、ユノはその端正な顔を歪めた。


(ロウがいつも歩きやすいようにしてくれていたんだな)


幼馴染のロウは、口は悪いがいつも真っ直ぐで、人を思いやる心を持っている。小さい頃一緒に遊ぶ時にはいつも、その尻尾で草木をよけてくれた。

そのキリリとした精悍な顔立ちと、学校一と言われる頭の良さ。それに加えて、気持ちの良い真っ直ぐな性格から、教師や級友の信頼も厚い。


(それに比べて、ボクは……)


ユノはロウに対して劣等感とまではいかないにしても、それに近いようなものを、たびたび感じていた。


「テストの出来はおまえの方が良い」


それを口にする時、ロウはいつも、対等であろうとしてくれるのだ。そしてその話題になると必ず、「オレの問題は体育だ」と言う。


ロウは、スラリと背も高く手足も長いくせに、運動は苦手で成績も悪い。けれど、それも運動神経抜群のユノに比べたら、というだけで、それも平均以上なのだ。


「あんなのに加えて運動も抜群だったら、もう太刀打ちできないもんね」


ユノは顔を歪めて苦笑した。

ユノにとってロウは、幼馴染でありライバルでもある。勉強もロウに負けじと、努力を積み重ねてきた。


「料理だって、ボクの方が上手だ」


斜めに下げたカバンに手をやる。中には、数日前に作ったバナナケーキが紙に包まれたまま、入れられていた。


(明日香はロウのこと、どう思っているのかな……)


口にしてしまうと、自分に自信が持てなくなる。言葉に出さないよう唇をぐっと固く結ぶと、ユノはそのまま歩き続けた。


✳︎✳︎✳︎


「ねえねえ、イアン。このまま、歩いてっちゃっても大丈夫なの?」


明日香とライオンのイアンは並んで、森の中を歩いていた。今歩いているのは、どうやら獣道のようで、イアンがよく見知っている道のようだった。


「『獣−獣族』のものは皆、鼻が効くからな。道に迷うことはない」


「そうなんだね」


「それに比べて「人」の鼻といったらなあ」


イアンが、ふっと、その自慢の鼻で笑う。


「そりゃあ、イアンたちに比べたら……勝てるとこなんて、ないかも」


「お前たち人間は手が使えるだろう。まあ、俺たちの仲間でも手が使えるヤツは多少はいるがな」


イアンに言われて、手を使いたくなる。明日香は、隣を歩くイアンの背中を撫でた。


「背中が痒い時はどうしてるの?」


気持ちよさそうに喉を鳴らしていたイアンが、ぶはっと吹き出す。


「くくく、お前は面白いなあ。人間は孫の手とやらを持っているのだろう? なんとも羨ましい話だ」


「孫の手は、おじいちゃんおばあちゃんが使うヤツだよ、ってか、なんで孫の手なんか知ってるの?」


「昔、人間から、聞いたことがある」


「そうなんだ、会話できるんだね」


「さっき、話しただろ。三つの国は、基本は交流しないというか、できないのだと。けれど、バッファーゾーンは例外だ。三種族が集まれる場所はそこ以外にない」


「うん。で、今からそこへ行くんでしょ?」


「そうだとも言えるし、そうでないとも言えるんだが……説明がややこやしいな。まあ、おまえがいくら『通訳者』といえども、いきなり『獣−獣族』の国へ入ったりして、気分でも悪くされても困るからな」


明日香は、ズボンの裾を小枝に引っ掛けながらも、小道を歩いていく。


「その通訳者ってのは、なに?」


はああ、とイアンは大きな溜め息を吐いた。


「おまえは本当に、何も知らずにこの世界に来ちまったんだな」


「ねえ、もしかしてここって、天国じゃないの?」


「死んでないって言ってるだろ?」


「でも……コタローは……」


目の前で車にひかれ、そして自分の腕の中で息を引き取った。それは事実。


「あの犬は、死んだのか。オレが命令して、おまえの側にずっとつけておいたのだが、まさかあんな形で蘇らせることができるなんてな。思いもつかなかった。さすが、メインブレインだ」


「じゃあ、そのメインブレインってのが、コタローの幻影みたいなのを創り出して、それで私をこの世界に連れて来させたってことなんだね」


イアンは大きく、顔を左右へと小刻みに振って、たてがみを落ち着かせた。


「ああ、たぶんな。だが、その犬については、オレはあまり詳しくない。まあ、前任の通訳者が行方不明になったから、三国会議ですぐにおまえを連れてこようという話しになったのには変わりはないがな。それが、おまえの失態でこんなことになっちまって」


「だからあ、河川敷から転げ落ちたのは、私のせいじゃないって。あんなところに石があったのが悪いの‼︎」


「まさか、おまえまで行方不明になってしまうとは思いもしなかった。とにかく、おまえを拾ってくれた二人の「獣人」には感謝しないとな」


ロウとユノ。


二人を思い出し、明日香は懐かしさも手伝って、涙が出そうになった。二人と一緒にいたのは、まだ数日前であったのに、長い間会っていない気がしてきて、寂しくなったからだ。


「ロウとユノ、元気かなあ」


呟くと、イアンが喉を鳴らして、低く唸った。


✳︎✳︎✳︎


「ようやく、連れてきたか」


「しかし、とんだ迷惑をかけられたものだ」


「いつまでも観光客気分では、困るぞ」


「もういいだろう、さあ三国会議を始めるぞ」


よくよく聞けば、このような内容であるのに、最初明日香はこの状況を飲み込めずに、かなり混乱していた。その混乱の中で聞いたからであろう、自分が動物園にでも放り込まれたのかとの錯覚に陥った。


「ギャギャギャ、キキ」

「ホオウ、ホオウ、オウオウ」

「メイワクダ、メイワクダ」

「うるさい、やめろ」

「ウォン、ウォーン」


耳を塞ぎたくなるような騒音に、明日香は呆気にとられてしまっていた。動物や人間、獣人たちの声の応酬。解読を諦め、やんややんや言っているのを無視して周りを見渡すと、そうは広くはないが、円形のコロッセオのような会場に、数十人の『人』、そしてロウやユノのように獣の耳や尻尾、牙など獣の特徴のある『獣人』が、それぞれ座っている。そして、動物たちの姿。


「うわあ、キリンだあ……あ、サルもいるっ。ネズミ、ネコ、ああああ、カピバラああっ」


すると、騒がしかった室内が、水を打ったかのようにしんと静かになった。横にいたイアンが、ごうっと唸った。


「おい、オレたちをそんな名前で呼ぶな」


そう言われ、イアンの方へとやっていた視線を戻すと、動物たちの睨みつけるような視線が刺さった。


「え、あ、」


戸惑って、イアンに視線を戻すと、彼らの前に置いてあるプレートを見ろと言う。明日香はイアンの言うことに従って、プレートをじっと見た。すると、グシャグシャと書かれている象形文字のような字を、なぜか読むことができた。


「あ、あれ、読める? さ、サラエ、チャーリー、フレイル、か、カスガ……えええ、春日あ?」


「ようこそ、明日香 小日向。私が議長を務めます、カスガ オーリーです」


真ん中の壇上。大きな演台の後ろに座っている女性。黒髪を前髪もろとも後ろに束ね、赤い縁のメガネをかけている。黒のスーツの胸部分には、大きなヒマワリのようなバッチが付いている。ぱっと見でも、この人が中心人物だということがわかるような装いだ。


「あ、明日香です」


「私の言っていることがわかるようですね。では、明日香、そこへ座ってください」


促した手には、長い爪。それは獣が持つような、かぎ爪の鋭いものだった。

そして促された場所には、議長が座る演台よりももっと小ぶりな演台が置いてあった。そろそろと近づいていくと、その演台の上には書類の山とプレートが乗っている。


「どうぞ、腰かけて」


再度促されてイスに座ってから、明日香は裏返っているプレートを反転させた。


『通訳 明日香 小日向』


「え? えええええー‼︎」


明日香の声が、会議場に広がった。

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