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地下牢に彷徨う幽霊ちゃん

 外を覗ける格子窓に、丁度月が重なる。今日は半月だ。

 月光を頼りにしても辺りは真っ暗で、俺の目の前にある巨大な鉄格子さえも目視できない。


「くそっ、それにしてもケツが冷える」


 王国地下牢に投獄されて一週間。俺は早くも根を上げていた。

 

 ここにくる前は農奴として生活していた。だが無謀な徴税と貢納に耐えきれず、我慢の限界に到達。領主に反発すればどうなるかくらいわかっていたが、俺には秘策があった。魔術が使えることである。

 しかし詰めが甘かった。

 王国に連行されたのち、どうにか逃げ出そうと機会を窺う。だが付け入る隙なく、まんまと魔術師であることがばれ、両手首に輪っかが取り付けられた。鉄製の輪は完全に魔術を封じ込めるようだ。


「これさえなければもう少し快適なんだろうがな」


 俺の過ごす独房には簡易トイレと粗末な敷藁があるだけだ。

 ズボンを履くこともままならず、下半身は露出状態。排泄の時も工夫しなければ大変な目に遭う。

 まあ、どうせ俺の命もあとわずかだろう。

 奴隷としても労働としても使えない俺は処刑されるのが目に見える。せいぜい余生を楽しみますかね。


 

 それから数日が経った。

 牢獄内では不穏な噂が流れている。何やら真夜中に幽霊を目撃したとか。それも複数人が証言している。その姿は悪鬼であるとか、全身骨で動く骸骨など意見はバラバラ。

 俺にとってはむしろ楽しみで仕方ない。退屈すぎる独房暮らしには持ってこいだ。

 そんな淡い期待を込め、今日はずっと起きてようと思う。

 

 深夜。両脇にある壁越しに、異なったいびきが俺の耳元にまで届く。なんだ、案外みんな信じてなさそうじゃないか。

 俺は今か今かと待ち望み、目をぎらつかせていた。

 …………、きた!

 ボワっと、青白い人魂が、真っ暗闇の独房を照らし出す。一つ、二つ、三つと数を増やしていき、その中心に姿を幻出させた。


「うらめしや~」

「……」

「うらめしや~?」

「はあ~っ」


 あまりの拍子抜けに溜息をつく。


「ちょっと、なんで残念そうなのよ! ってキャー! どうして何も穿いてないの!?」


 眼前に現れたのは年端のいかぬ少女であった。幼さの残る顔立ちと低い背丈。全身は白装束である。


「あんたわたしのことが見えてるわね。なぜ怖がらないの?」

「逆にどこを怖がれってのか教えてくれ」

「祟ってやる~」

「ぜひそうしてくれ」


 俺がそういうと、少女は浮遊しながら地団太を踏む。


「つまんないの。みんな恐怖に顔をひきつらせてるのに」

「お前のことを別の何かに見えてるんじゃないのか?」


 自分がもっとも畏怖とする対象を幻覚化しているのかもな。


「今回ははずれだったようだわ。あんた霊感強いみたいだし」

「ははっ、ゴーストライフも案外楽しそうじゃないか。そのうち俺も邪魔することになるだろうからその時はよろしくな」

「全然楽しくないわよ! ああっもう、あんたのせいであの陰険豚オヤジのこと思い出しちゃったじゃない」


 それから俺は、少女の死因を含めた愚痴を長々と聞く羽目になった。彼女も俺と似たような境遇であるらしい。奴隷として連行されている間、あの領主に何度も反抗を繰り返したせいで、亡き者にされた。成仏はできず、地縛霊としてこの地下牢を彷徨い続けているようである。アリシアという名だそうだ。


「幽霊ってことは何か異能力とか使えるのか」

「壁をすり抜けることはできるわ」


 アリシアは隣の独房とこちらを行き来して実演して見せた。


「物を動かせたり、人間に憑依したりはできないのか?」

「わからない。やったことないもの」

「試しに俺で実験してみろよ」


 まずアリシアは直接俺を持ち上げようとしたが、手が身体を通過してしまいダメ。次に離れた位置から念力を送るようにしたが、びくともしない。

 そして憑依をするため俺の身体と重なり合うように一体化した瞬間、俺の意識が途切れた。


「どうだった?」

「成功したみたい。ついでにあんたの汚いアレが目障りだったから、使い物にならないようにしておいたわ」

「えっ何してくれて」


 急いで俺の分身を確かめたが、正常でありほっとする。シャレにならん冗談はよせ。

 アリシアのおかげでこの独房生活に希望の光が舞い込んできた。もしかしたら脱獄できるかもしれない。


「なあ、お前はあの領主に怨みがあるんだよな」

「そうよ」

「だったらあいつを殺せば成仏できるんじゃないか?」

「そうかもしれないわね。少なくともせいせいはするわ」

「だったら俺に協力してくれ。お前の復讐を肩代わりしてやる」

 



 夜更け。足音が牢の前で止まり、見張りが姿を現す。彼の手には鍵が握られている。

 俺は鉄格子の隙間に両腕を滑らした。彼がそばにより、俺の鉄製の輪の鍵穴に鍵を通す。両手の自由を取り戻した俺は、魔術で両手に熱を帯びさせ、鉄格子をヘニョっとへし曲げる。

 見張りの彼とアイコンタクトして頷き合い、俺は地下牢を出た。


 下半身露出状態で夜道をひた走る。一時間弱の道のりを駆け、ようやく領主鄭へと辿り着いた。

 手近な窓を見つけ火の魔術で熱し、ヒビを作る。破片だけ取り除き、内側の鍵を開けた。

 やはり外からも感じたが、広い。そして部屋数も多い。使用人も何人もいそう。

 くそっ、そこまで頭にはなかった。一瞬、役目を放棄してとんずらも考えたが、さすがにアリシアがかわいそうだ。

 指に魔術で火を灯し、一階の廊下を忍び歩いていると、上の階へと続く階段を発見。

 まだ全部を見終えたわけではないが、早々に二階を探索。

 誰にも合わないことを祈りつつ、いくつかの扉を通りすぎると、ひと際派手な装飾の扉を見つける。

 

「いかにもって部屋だな」


 俺は両手扉を押して中の様子を窺う。奥の方にあるベッドの上には、腹を出した豚顔の男が大いびきを掻いていた。

 ベッドの真横まで移動し、豚男を見下ろす。顔面付近に手を近づけ、小さな火の球を作り出す。火の玉は炎球へと膨れあがり、


「あばよ」


 ボウッっという音とともに、声も出せぬまま、豚男の顔は丸焦げになった。

 魔術の爆発音を聞きつけ、使用人がここにくるのも時間の問題。

 俺はこの部屋にある窓を開け放ち、二階の高さから落下。受け身はしたものの、腕や足を痛めた。

 領主鄭からなんとか逃げ出す。俺は見事暗殺に成功したのだった。


 

 別の国に逃げ込むため、俺は寝る間も惜しんで歩き続けた。

 その日の晩。ひとけのない小道を進んでいると、後ろから何かが迫ってくる気配。まずい、追っ手か、と身構えつつ、後ろを振り返った。


「うらめしや~」

「うおっ!」


 俺はあまりの衝撃に、盛大に素っ転ぶ。


「やった! 驚いたわ!」

「おおおおお前、成仏したんじゃなかったのかよ」


 勝ち誇った表情を浮かべたアリシアが、俺の目の前に出現した。


「私もその気でいたんだけど、どうも変化がなくてね。最初はあんたが約束を破ったのかと思ったわ。追いかけてやろうと試しに外に向かって通り抜けたら、城外に出られたのよ」

「なるほどな。ちなみに暗殺は完了したぞ」

「そう。地縛から解放されたからそう信じるわ、ありがと」

「それじゃあ俺は逃亡の身ゆえ、さらば!」


 正面に向き直り先をいこうとする。すると小道を遮るかのように、アリシアが先回りしてきた。


「どっどうしてもっていうのなら、ついていってあげなくもないわよ」

「いえ間に合ってます」

 

 彼女の脇を素通りする。


「ちょっちょっと、こんないたいけな少女を放っておく気!? こらっ待ちなさい」


 こうして俺は、変な幽霊に付きまとわれることになったのだった。







 



 


 

 

 

 





  


 







  


 


 

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