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作者: 久賀 広一


どうやら、この人生は女と寝るようにはできていないらしい。


それを橋波はしば しんが理解したのは、30代が目前に迫ってきた頃のことだった。


人より思春期は遅れ、目の前の女性に惹かれるようになったのは、大学を終えたあと、という変人ぶりだ。


ーーお前はオスじゃないって?

ふん。オレだって、恋は幼稚園のころにすませていたんだ。

あっちこっちの女の子に惚れては邪険にされ、もちろん告白が成功したことなんてない。

しかし、取りつかれたように異性を好きになっていたのは中学生になるまでで、なぜかそれからは失望したわけでもないのに、フィクションの世界にしか興味が持てなくなっていた。

いや、興味はあったのかもしれないが、現実よりあまりに過激でカラフルな架空の世界に、夢中になりすぎてしまったのだ。


もはや現実に帰ろうかという歳には、同年代で恋を済ませる者たちは一通りの興奮を終え、一周遅れでやって来た自分のような存在はまるで年代音楽(オールディーズ)より価値がないというような切り捨てにカテゴライズされてしまった。


(まあいいさ。女は現金なものだ。その言葉通り、現金さえあればどうにかなる相手はいるだろう)


あまりにクズのような扱いを受けてきたので、橋波はすっかり敵を作るような考え方を身につけてしまっていた。



「おにいさん、けっこう上手いね」

そんな彼が、自分に話しかけられたことに気づかず、ゲームセンターで懐古ゲームに浸っていた時。

「?」

「あっ。コイツだよ~。いっつも3段階目の弾幕変化でやられちゃうんだよねえ」

自分のやっていたシューティングゲームの進行そのままだったので、脈拍を1,5倍に増しながらプレーを続行した。

・・・あっ。

もちろん、女の気配を感じながらシビアなボス戦を戦えるはずはない。

簡単に撃墜され、ノーミスでそこまで来ていた記録は終りを迎えたのだった。

「やっぱり難しいよねぇ・・・」

「いや、そんなに強くはない」

むしろ死ぬほど楽勝なボスに、あっさりやられてしまう動悸を生む、女の声かけが橋波には恐ろしかった。


この少女を知ってはいたのだ。

よく同じ時間 ーー 仕事帰りの気分転換で入るゲームセンターで、見かけていたから。

・・・声はちょっと低めなのに、男友達と話していると店の奥からでも、なぜか耳触りよく聞こえたものだ。

だから、すぐそばでそんな声が聞こえてきた時、橋波の心臓は別の世界へ行ってしまいそうなほど動揺していた。

「終わったよ。・・・続き、やってみるか?」


気分を持ち直してボスを沈め、その先は未知の世界だろうと、橋波は気を効かせたつもりでいる。

「えっ? いいよ~。お兄さんのお金じゃん」

じゃあ何のために話しかけてきたんだ?


コミュニケーションはあくまで手段であって、目的にはならないという理数脳の橋波は、固まってしまった。

「どこまで行けるか見てるよ。あたし、デモ画面で使われてるボスがなん面か知りたくてさ~」

「ああ・・・」

この子には無理だな。

それは最終将軍で、ラスボス手前の般若はんにゃあらしという、弾幕を超えた弾壁をうち出す敵である。

「かなりかかると思うよ」

そう言ってまた筐体の前に座り、橋波はレバーに手をかけたのだった。





「やるねぇーお兄さん」

さすが毎日ヒマなだけあるよねぇ、と少女は頭の後ろで手を組んでいた。

あれからゲームをクリアして、アパートに帰ろうとしたら、この子はちょっとちょっと、とついて来たのだ。

「べつに暇じゃないよ。ちゃんと働いてるんだから」

そうは言っても、こんなフリーター真っ盛りのような子に、夜はゲームセンターで発散しなきゃあうまく眠れない時もある、なんて悩みが分かるはずもない。

「そっか。・・・ね、これからお兄さんち行ってもいい?」

「いや、オレ彼女いるし」

「・・・」

明らかにウソと分かる返事に、少女はジト目を返してきた。

「あたし、母親が帰ってくるまでさ、家に帰りたくないんだ。 オヤジがいるんだけどさ、そいつは他人だし・・・」

ああ・・・よくある連れ子問題か、と橋波は思ったが、さすがに確かめようとはしなかった。

「じゃあさっきのゲームセンターにいればよかったじゃないか。いつもそうしてるんだろ」

「えーと・・・」

こちらの言葉に、また歯切れの悪い返事を返してくる少女。

ちなみに、名前は山田 りんというらしく、古めかしくて噴き出しそうになると、すごい目でにらまれてしまった。

「あそこにはさ、黒河くろかわたちもくるんだよねぇ・・・」

どうも、あっちこっちで男ともめているようである。

「ヤリマンは大変だな」

「・・・っ!」

バン! と本気で背中をチョップされ、息が止まってしまった。

「ゴホッ。ごめん。君は可愛い。男といろいろあるのは大変だろう」

適当にそう伝えると、あっ、コンビニで飲み物買っていこうよ、と彼女は駆け出してしまった。

(まったく・・・これだから子供は)

分かってはいたけれど、落ち着きがなさすぎる。

もっと歳をとってみれば、あんな少女でもキラキラ輝いて見えるようになるのだろうか。

(自分に年頃の子供がいるのに、買春してるようなおっさんたちは、ああいう子たちの何と寝ているのだろう。・・・若さとか? それとも、良い思い出を築けなかった、過去の自分を救っているのだろうか)

肩をすくめたまま、目に悪いほどまぶしいコンビニへと、橋波は向かっていった。





「うっわ~。分かってだけど・・・。ボッロ~」

こっちもそう言うだろうとは思っていたよ。

青年が住むアパートについて、二人は想像通りに苦い表情をならべていた。

しかし、ここの大家さん (オーナー兼) は変わっていて、外観はボロでも中身は短期でリフォームをくり返す、住人思いのおばあちゃんなのだ。

「見せてやるぜ。住人からは祖母以上の祖母と言われる、グランマの仕事を」


そう言いながら足音を忍ばせ、鉄の階段を上がると、スマートロックを指一本で稼働させた。

・・・ごちょり。

もはや鍵というより、ファイアウォール開放級の複雑な音をたてて、男城の扉は開かれたのだった。

「お前・・・ホントに入らない方がいいぞ?」

10年前ならすごくタイプだった少女なのだが、今では空気の馴染まない異邦人のような感じが分かる。・・・しかし、男の夜はあまりに孤独で惨めなものなのだ。

気持ちよけりゃあそれでいいじゃん。考えてたら、人生動かないじゃん。みたいな思いが、巡り来ることもある。

「こーんちは!」

元気に手を上げて入った少女は、目を見開いて驚いていた。

おそらく、冗談だと思っていたのだろう。

ライトをつければ、眩しさを放つような真っ白な壁紙と、重厚感のある松材の廊下、意外に広い和装2LDKがうかがえる。

「どうなってんの、これ・・・」

まるで新築のような中身と、外見の落差に言葉をなくす彼女。

「・・・まあ、大家さんの趣味だよ」

都心の特級地にビルを二ケタ持っている、などと噂される、不動産屋でも素性が闇の女らしい。

このアパートはその中でも、変わった思い入れがあるらしく、人づてでしか入居者を募集していない、格安レア物件なのである。


「・・・前に一度、道の脇でうずくまっていた大家さんを、タクシーに乗せたことがあってな・・・まあいい。それより俺は、明日も仕事なんだよ。いまから洗濯して風呂入るから、そっちでテレビでも見ててくれ。なんならもう帰ってもいいぞ」

「おっ? お風呂だって。こんな少女にもう欲情したのかね。やってすぐポイするのかね」

「阿呆か」

白い目をして上着を脱ぎ、風呂場に向かうとシャツを洗濯機に入れた。

何で自分の家なのに、服を脱ぐ場所を選ばないといけないんだ・・・。

以前なら、女が自宅にいるなんて、どれほどドキドキするだろうと思っていたのだが、何のことはない。

橋波が心底しんそこ緊張するのは、ごく特殊なストライクゾーンの女だけであり、たとえそこそこの美少女でも、そこから外れれば近所のおばちゃんのようなものなのだ。





「・・・これ、クラシックなのか・・・? いったい何をやってるんだ?」


いつものようにシャワーだけを浴びて、彼は浴室を出ていた。

そういやあ金目の物を置きっぱなしにしてたなと、少しあせっていたのだが、彼女にそんな心配はいらなかったらしい。

ソファーの背もたれから、頭だけをのぞかせて、少女は音楽に聴き入っているようだった。

普段から家でそうしないといけないのか・・・ごく小さな音に耳をすませるように、目を閉じてかすかに顎をあげている。

「・・・防音もいい方だから、もっと大きくしてもいいぞ」

リビングに入った橋波は、そう言って安デッキから聞こえてくる、ラジオのボリュームを上げてやった。

「んん・・・」

静かな雨音のような音楽だったのだが、彼女はもういいよ、と伸びをするように前に手を出した。

「たまたまかかった曲がさ、昔の友達がピアノで弾いてた曲だから、ちょっと懐かしかったんだ」

にへへ、と笑って、山田 凜はペットボトルのジュースに口をつけた。

「そうか」

特に女性との会話がうまいわけではない橋波は、それ以上の返事をすることができない。

「んで、何時ごろに帰ればいいんだ? ・・・君の母親が帰って来るって時間は」


「・・・もう!ダメだなぁ、お兄さんは」

そんなんじゃあ、ずっとヘタレのまんまだよ、と山田は苦笑している。

「失敬な。べつに俺は経験がないわけじゃないぞ。ただ、お金を払って女に抱かれたことはあっても、抱いたことがないだけだ」

「イミフ」

やけにさっきより大人びた表情で、少女は答えている。

(・・・。)

どうやら、先ほどのクラシックがまずかったのだろうか・・・。

そこに残った空気の余韻は、しんとした二人の目線を、気まずいものに変えていったのだった。

「さて・・・。飯でも作るか」

そんな言葉を独り言のように出した橋波に、凜は答えていた。

「ねえ、お兄さん。何となくでも、気づいてるんでしょ?

彼氏でもないのに彼氏(ヅラ)してくるような男友達はイヤだし、いま日本じゃあ、エイズや梅毒がすごい増えてるから女とよく寝てそうな奴はやめとけ、って保険医に言われたんだ。 私、お兄さんならちょうどいいかなと思ったんだ」

・・・いや、そんなことを言われて、したくなる男がいると思うか?

逆に冷めちまうだろうに。


「お願い」


何の切迫感を持っているのか、少女は痛ましい目をして、服の袖を握りしめていた。

いや、まあしたいならすればいいけどさ。

やけに暗くするように言ってくる凜に、美人局つつもたせの罠を警戒しながら、橋波は電気を消したのだった。




「・・・いたっ。いたたっ!」




処女を捨てるのに、ちょうど良かったって。


ーー バカ野郎! と朝には怒鳴りたくなった橋波だったが、そこはなんとか我慢してみせた。

処女の相手なんて、相当愛してなけりゃあ痛くするのが普通だ。

それを他人の橋波が、なんとかゆっくりゆっくり準備させて、ほんとに気を使いながら最小限の苦痛ですむように、すっと終らせたのである。

それほどの激痛は訴えなかったが、無論自分が動くようなことはできなかった。

ネットじゃあ、ブレイクでいかせた男の話が載っていたが、そんな高等技術と相性があるわけもない。

どうにか痛みを我慢したことを褒めて、ムラムラと怒りや欲望がわき上がってきたのは、翌朝のことだったのである。

「ったく・・・。多くの男からは価値がある女かも知れないが、こっちにしてみりゃあただの労働だぜおい・・・」


昨夜にどれほど気を使わされたのか、もう二度と思い出したいとは思えなかった。

「うん・・・。えへへ」

そんな思いも知らずに、たったいま目を覚ました少女はなにやらくだけた表情をしている。


「俺はもうすぐ出なきゃあいけないからな。

鍵は勝手にかかるから、好きなときに帰ればいいよ」

そう言って準備を終わらせた橋波は、緊張のためか顔をひきつらせながらその場を後にしていく。

ーー そこに、凜からの死の宣告のような言葉が届いたのだった。



「私、もうすぐ卒業だから、いまは自由登校なんだ。 今日の夜も来ていいかな?」


「お前、JKかよ!」

真っ青な顔色で、橋波は犯罪を犯したかもしれない自分を、ふり返ったのだった。










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