タイトル未定
沈みかけた太陽が、眼下に広がる草原を真っ赤に染めている。
明日になればここは戦場だ。
城壁の上から見えるこの景色は血で染められる。
敵のものか、それとも仲間のものか。どちらにせよ、戦わなければならないのだ。
祖国復活の狼煙をあげるために。
ここは西の都ビア。高い城壁に囲まれた町だ。
運河の上に作られたこの都は、物流の要衝で、過去1度として敵の侵入を許したことはない。
さらにいえば、この町の地下には巨大な洞窟がある。
150年前には地下水脈があったのだが、大戦争の地殻変動で流れ出してしまったらしい。
集めた兵を隠すにはこの場所しかなかったのだ。
祖国アレクサンドリアが失われて一月。
王女エマを旗印に各地を周り、兵をこの地に集めた。
この戦いに勝利すれば、散り散りになったアレクサンドリア兵も呼応し国としての兵力と、国家としての権限を取り戻せる。
そうなれば友好関係にあった近隣国内ベネディクトと共同戦線を張り、バースに対抗することができるのだ。
そんなことを考えながら、城壁の上を歩く。
夜も近いというのに、風はまだ生暖かい。
「リアム」
後ろから声がかかる。
振り向くといつの間にか赤髪の少女が立っていた。
「オリヴィアか」
外見を見ると人間ならば14、5歳くらいか。
赤い髪の中から犬のような耳が出ている。肘や膝には皮でできた保護具を着けている。靴は履いておらず、代わりに足の甲からは赤色の毛が生え、爪は鋭く尖っている。
彼女は獣人だ。これでも成人しているらしい。この事を彼女に言うと我を忘れて激怒する。
何度痛い目にあったことか。
「なにしてるの?探したんだよ」
赤い髪が風になびく。
「ちょっと散歩」
「不安?」
まあね、と短く答える。
確かに不安な気持ちもある。
祖国の命運がかかる戦いだ。それも、最高指揮官の任を命じられている。
すべて、とは言わないが多くの責任が伴う。
「だけど、平気だよ。なんか上手くいく気がするんだ」
彼女はあきれたように笑う。
「俺が不安がったって仕方がない。せめて形だけでもちゃんとしようと思う」
「なにそれ、心配して損した。私、もういくね!エマの様子も心配だし。あ、あとノアが探してた。作戦会議の前に話したいことがあるって」
早口で言って駆け出そうとする。
「エマも、ってことは俺のことも心配してくれてたのか。かわいいやつめ」
「今日が今日じゃなかったら八つ裂きにしてあげたわ」
目だけで睨まれる。それはうさぎを狩る獣の目。爪がギラリと光る。
「冗談だ。許せ」
笑顔のつもりだが、恐らくひきつっていただろう。口は災いの元だ。気を付けよう。