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血を侵漬させ字を綴る  作者: 清水遥華
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人を殺す小説

「せっかくだし、その小説見せてくれないか?」


ジェフリーは少し軋む椅子に座りながら言った。


「ふむ。いいだろう。だがひとつだけ忠告しておく。その小説は人を殺す。自我をしっかり持って読むんだ」


人を殺す小説。そんな恐ろしいものがあるのだろうか。おそらく、「殺す」というのは、精神的或いは心理的なものだとジェフリーは思った。


精神的に病んでしまうような小説。それがジェフリーに刺激を与えてくれると、ダーマーは思ったのだろう。


「わかった。心して読むよ」


小説を受け取り、黒いビジネスバッグに入れる。内心、ジェフリーはすぐにでもその小説を読みたいと思っていたが、折角仲直りしたのだし、少し昔話に花を咲かすことにした。


「よくここで小説の構想を練っていたな。まだ君が青い頃」


「今もまだまだ坊主だ。あなたには遠く及ばない」


ジェフリーは不思議な性格をしている。それはダーマーがよくわかっていた。


自分の実力不足がわかっても努力で食い下がり、どんなことでもする。しかし、決して自尊心がないわけではない。自分の中で強い芯を持っている。かと思えば謙虚な姿勢を突然見せる。ダーマーは彼の性格にとても関心を持っていた。この湖で茫然自失していた彼に声をかける理由は、これだけでも十分だ。


早朝からダーマーの別荘で話し込み、時刻は昼を回っていた。


「そろそろ寝るかな。なんせ3日は寝床についてない」


「わかった。私も家に帰って小説を読むよ」


「うむ」


玄関から出るとき、永眠するなよと悪態をつくと、ダーマーは笑いながら歳にも似合わず中指を立てた。それを見てジェフリーも笑みを浮かべ、別荘を後にした。


 肩の重荷が降りたジェフリーは、近所にあるスーパーで、読書の共であるコーンスープと珈琲豆を買った。


「あの、もしかしてデュマガリエフさんですか?」


「おぉ、知っているのかい」


レジに並んでいる時、若い女性に声をかけられた。前髪だけ青のメッシュを入れ、銀のピアスをしている。しかしニット帽と愛嬌のある顔のおかげで、それはお洒落に見えた。


こういう子も小説を読むのか。見た目ではわからない部分もあるんだな。ジェフリーはそう思った。


「もちろんです。私、Shineが1番好きなんです」


闘病中の少年が疑心暗鬼になっていく小説だ。終盤からは幻聴と錯覚でわざと読者が混乱するように構成されている。ジェフリーの名があまり知られていない時に書いたものだ。彼女はミーハーではないらしい。


「私も好きだ。自分で言うのもあれだけどね。サインでもしようか」


「え!いいんです?それじゃ、ニット帽に」


彼女は白いニット帽を渡し、ジェフリーはペンを取り出してサインを書いた。


「あ、シャーロットへ、って」


彼女は頬を高くして恥ずかしそうに微笑んだ。


「ふふ、シャーロット。良い名前だ」




 家に帰ると、暖炉の火を消してないことに気づいた。部屋の中が暖かい。ジェフリーはソファに座り、さっそく小説を読んだ。



題名は、「ソニー」



主人公の名前だ。ソニーは幼い頃、両親に虐待されていた。学校では虐められ、劣悪な環境で生活していた。


「僕は何のためにいるのだろう」


彼に生き甲斐、いや、生きていることを自覚させたのは、自傷行為である。しかし、彼の場合、その自傷行為は常識の範疇を超えていた。


昼食、夕食とも食べさせてもらえず、部屋に閉じ込められていたソニーは、机に突っ伏していた。ぼーっと彼が眺める先には、電動式鉛筆削りがあった。


彼は、(おもむろ)に小指を鉛筆削りの穴に差し込み、スイッチを入れた。


瞬間、今迄感じたことのない猛烈な痛みが彼を襲った。皮が引き剥がされ、爪がガリガリと音を立て削れ出す、3秒後、肉が千切れ、穴からとろっとした血が溢れてくる。

削りカスを受ける箱には、千切れた肉が溜まっていった。


「なんで手を放さないんだろう」


彼は溜まった血生臭い小指の肉を口に含んでみた。



「命の味がする」



その行為は、彼の人生に転機を与えた。


「あっ、指を見られたらお父様とお母様に叱られる。隠さないと」


彼は包帯を巻いた。それ以来、彼は少しずつ小指を削って、それを食すようになった。



ある日の夜、彼の部屋の扉が壊れる勢いで開く。


最悪だ。酔っ払った父親が帰ってきた。


「おらぁ、お前何でここにいんだよ」


真っ赤な顔をして父親は彼の襟首を掴み、部屋から引きづり出した。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


呪文のように、祈るように彼は呟いた。

階段から突き落とされ、頭を強くうつ。彼は命の危険を感じて、父の書斎に逃げた。


「待てコラァ!!」


父親は般若の形相で追いかけてくる。

彼は書斎の机の引き出しにある銃を取り出し、父親に向けた。


「おい、やめろお前、ただで済むと思うなよ」


彼は何もいわず、安全レバーを外し、躊躇わず、引き金を引いた。


スピンした鉛玉は父親の胸にめり込み、胸骨に穴を空けた。痛みのあまり父親は倒れ込み、呼吸が荒くなる。


「お父様。肉をください。僕に肉をください。僕が生きるためには肉が必要なんです」


彼はそう言ってキッチンから包丁を持ってくる。


「う...やめろ。やめろ...」


彼は何も言わず、父親の耳に包丁を当てた。

冷んやりとした金属の熱が耳を通じて全身に走る。そして躊躇わず、彼はその手を引いた。


「うわぁぁああ!!!」







 母親は、近くの湖の畔で他の男といちゃついていた。ソニーは銃と包丁を持ち、母親に近づき、引き金を引いた。


乾いた音が辺りに響き、母親が倒れる。即死だ。それを見て男は恐怖のあまり腰を抜かし、一目散に逃げていった。


「お母様、家に戻りましょう。お父様も帰っています。お肉もあります」


彼は子供一人で母親を引きづりながら家へと運んでいった。


ソニーは食人鬼となった。

彼の知的好奇心と生きる本能とが結びついたのだ。


飢餓と痛みの中で彼は見つけた。自分が生きるための方法。自分で空腹を満たす方法を。




 物語は終盤、保護施設に入れられたソニーが改心し、社会に復帰して終わった。しかし彼の本能は、まだ残っていた。というものだ。


ジェフリーは無意識に小指を摩り、ページを捲り続けていた。


「何だ...これは」


普通の人が、この小説を見ると、ただの狂気染みたサスペンスだと思うだろう。


しかし、彼と似たような境遇にあったジェフリーは、違う捉え方をしていた。


どんなに自分が罪のない存在でも、環境が自分を阻害する。


彼は人を殺していない。生きようとしたのだ。


「ソニー...」


彼は自分に似ている。ジェフリーはそう思った。


そして何度も何度も、その小説を読んだ。

読むうちに、ジェフリーは自分の意識が遠のいていくのを感じた。


彼の意識は途絶えた。いや、途絶えたという表現は少し違う。例えるなら、眠る瞬間。眠る瞬間は、自分の意識は介在しない。いつの間にか寝ている。


そう、意識が微睡みに落ちるように、身体が泥濘に沈んでいった。

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