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作者: 珈琲 もか

「ねえ、やめとこうよ!」

後ろから声が聞こえる。この気弱な感じからして、トオルだろう。


─ったくよ、だからついてくんなって言ったのに。


近所の子供達の同い年の子供達の中で一番体が大きく気が強いことで、必然的にリーダー役を務めているマサルは、心の中で悪態をついた。

特に親しい「子分」のエイジとカケルの三人で一緒にゲームセンターに行く帰り、ちょっとした肝試しをするつもりで遊びに誘ったのだが、たまたま通りかかったトオルが聞いていた。一生懸命マサルのグループに入ろうとしていたトオルは、この機会を逃すまいと、必死で一緒に連れて行ってくれるよう、懇願してきたのだ。


始めは「こんな気の弱い奴、邪魔になるだけだろ」と思って断っていたマサルも、「でもこれならちょっとしたパシリに使えるかも」などと思い、結局はオーケーしてしまったのだった。


肝試しのことはトオルには一言も伝えていなかった。伝えなかったのは別のトオルだけ、というわけではない。最後にサプライズとしてやろうと思っていたので、エイジにもカケルにも教えていなかった。


ところが、ゲームセンターを出て、肝試しの計画を伝えた時、エイジとカケルは、

「よっしゃ!」

とガッツポーズをして喜んだのに、トオルは瞬時に青ざめ、

「え、あ、う・・・・・・。」

と言ったきり、ヒザをガクガクさせるばかりで歩けないほどになってしまったのだ。


そんなトオルに、マサルは心底うんざりしていたが、ここに置いて行くと後で泣かれたりして困るかもしれないと思ったので、「帰りたいよぉ・・・・・・」とベソをかくトオルをエイジとカケルに宥めすかさせて、やっと着いて来させた。



マサルが今回プランした肝試しコースは、マサルが自分でも「これは怖い」と自信を持って紹介できるものだった。


まず、近所にある「幽霊が出る」というお札付きの神社を通り、薄暗い裏路地に入る。この路地は100メートルほどだが、裸電球のような小さな電気が入り口にあるだけで、後は真っ暗だ。


その路地をずっと行くと、突き当って右に一本だけ道がある。

その道は、肝試しには定番だが、少々行き過ぎとも言えるほど気味の悪い廃病院へと続いている。詳しく言うと、廃病院の裏口に、続いているのだ。

この病院は約3年前に廃止になった病院で、何が原因だったかは分かっていない。気が付いたらぱったりとお客さんも来なくなり、気が付いたら医者もいなくなり、気が付いたら廃止になった、という、なんだか妙な話だった。


マサルも、神社裏の路地までは下見に行ったが、病院に入る事は出来なかった。あまりに異様な雰囲気だったからである。

しかし今日は、「リーダー」としてのプライドもあり、強いところを見せる気は微塵もなかった。怖気付かないためにも、子分たちを連れての肝試しなのだ。



「うるせえぞトオル!そんなに嫌ならお前、一緒に行きたいなんてなんてなんで言ったんだよ、バカ!」


マサルは腹が立った。


─付いて来たいってこいつが自分で言ったんだ、メーメー泣くんじゃねえ!


こう泣かれては肝試しが続かない。


「じゃあよ、トオル! お前どうしたら肝試しすんだよ? 神社んとこで待ってんのか?」

そんな恐ろしい事とんでもない、というように、トオルは目をぎゅっとつぶって─涙をにじませながら─大きく(かぶり)を振った。


「じゃあどうすんだよ!?」


イライラは募る。マサルは、グズグズするのもされるのも大嫌いだった。


「・・・・・・しょ・・・・・・く・・・・・・。」


トオルが蚊の鳴くような声で何かを囁くように言った。

マサルは頭をトオルに近づけて大声で言った。

「なんだって!? 聞こえねえよ、はっきり言えよ!」


トオルは肩をビクッとさせ、開きかけていた瞼を再度ぎゅっと閉じて、さっきよりはほんの少し大きい声で、


「みんな、い、いっしょなら、い、いく・・・・・・。」

とつぶやいた。


「んなっ・・・・・・。」

マサルは絶句した。


─それじゃあ、肝試し面白くないじゃねえかよ。


と、同意を求めてエイジとカケルの方を見ると、心底ありがたそうな目でトオルを見ている。


「・・・・・・まさかおめえらも、みんな一緒に行きたいなんて言うんじゃねえだろーな?」


マサルは、本当に「んなまさかな」という軽い気持ちで問いた。ただ、「そんなわけねえよな、だけどその目つきはなんだよ」と思ったから、聞いたのだ。


ところがエイジとカケルは傍目にも分かるほどビクッとした。

上目遣いにマサルを見ている。


「お、おめーら・・・・・・。」

マサルはがっくりきた。が、それ以上に、イラっときた。こいつら、怖いのか。


エイジの方が口を開いた。


「でででも、だって、マサルの作ったコース、あんまりにもよくできててさ、あの、怖すぎんじゃね? 廃病院とか、きっと危ないとこいっぱいあるぜ?」


カケルも慌てたように話し始める。


「そうだよな、迷い子になったりしたらでてこられなくなったりするかもしれないし。」


マサルのイライラは募る。

しかし、子分たちの言い分にも一理あることは分かっていた。

マサルでさえ、自分の作ったコースを一人で行くことを考えると、ちょっと身震いがするのだから。


チッと舌打ちしてから、マサルは言った。


「ったく、分かったよ!だけど、できるだけ距離は開けるんだぞ、最低でも2メートルは間隔をあけて歩け。それでいいだろ?」


やっとエイジとカケルの表情は和らいだ。トオルは下を向いているので分からないが、肩の力が抜けたことは明らかだった。




そうして、四人は神社の方へ向かった。

マサルの命じた通り、みな2メートルほどの間隔をあけて、マサル、エイジ、カケル、トオルの順で歩いている。

トオルは、逃げ出したいのと、みんなに遅れないように行きたいのとで、屁っ放り腰になってはいるが、ちゃんと着いて来てはいた。


神社の方は、マサルとエイジ、そしてカケルは、問題なく突破した。トオルは、今にも倒れそうな、頼りない感じで歩いてくる。


路地に入ると、エイジの歯がカチカチいう音が聞こえてきた。


そして、病院の裏口の前に立つ。

さすがにマサルとカケルも震えてきた。トオルは、もう足が萎えたような感じになり、やっとふらふら歩いている。後ろを振り向きたいが怖くてできない、というように、首がカクカクと動く。

エイジは、自分を安心させるように、自分の手で頭を撫でており、ガクガクする膝をなんとかしようと、もう一方の手で足を押さえていた。


誰も、何も言わない。

ただ、どんな神経の持ち主でもビビるような異様な雰囲気を宿した、この恐ろしい廃病院を見つめるばかりだった。


マサルは、この病院の威圧的な雰囲気に圧され、何も言うことはできなかったので、黙って一歩を踏み出した。子分たちは肩どころか身体中をビクッとさせて、マサルを驚愕の目で見つめている。


マサルはフッと振り返って、後ろの三人を見た。見つめられただけで目を固く閉じる子分たち。


「・・・・・・おい。」


蚊の鳴くような、ささやき声なのだが、この奇妙な静寂の中でははっきり聞こえる声で、マサルは三人に呼びかけた。


三人は恐々薄眼を開き、マサルを見る。

もう声を出せなくなったマサルは、黙って首を病院の方に振り、歩き始める。

エイジとカケルは、マサルが言いつけた「2メートル間隔」のルールも忘れて、必死で相手を抱きしめている。トオルもその中に入りたそうだったが、エイジとカケルは見向きもしなかったため、そのすぐそばに寄り添うようにしていた。


マサルが3メートルほど行ったとき、やっと三人は早足で歩き始める。置いていかれるのは嫌なのだ。



裏口は小さな木戸だった。

身長152センチのマサルが少し頭を屈ませなければならなかったほどだから、かなり低いドアだった。


キイ・・・・・・・・・・・・。


と、嫌な音をたてて、木戸が開いた。

後ろで、「ヒイッ・・・・・・」という声がする。誰のものかまでは分からなかったが、その恐怖はマサルにも十分に理解できる。


中は真っ暗だった。

狐につままれても分からない、というのはこのような暗闇のことだろう。


─・・・・・・幽霊に会っても分かんなそうだな・・・・・・。


マサルはこっそりと思うが、「いや、そういえばうっすら光った感じになるんだったかな」などと考え、身震いがした。


後ろを見ると、トオルが震えながら入ってくるところだった。エイジとカケルの二人は、相変わらずくっつきあってガタガタしている。


マサルは、ふうっ、はああああ、と深呼吸をすると、歩き始めた。


ズッ、シャッ、ズウッ、と、歩くたびに靴が床に擦れて嫌な音がする。意識して足音を立てないようにするのだが、今度は布擦れの、シャッ、スッ、シャッと、これまた嫌な音がするのだ。

どちらかというと布擦れの音の方が気味が悪かったので、足音の方を取ることにした。


ズッ、シャッ、シャズッ、シュウッ、シャッ・・・・・・。


背中の方がすううううっと寒くなる。

嫌な音だ。

それが数人分聞こえているのだから、余計に嫌悪感がつのる。


真っ暗で何も見えなかったので、マサルは携帯を取り出して電灯をつけた。


「うわっ!?」

「ヒイイイイ!?」

後ろの二人が悲鳴をあげる。


マサルは心臓が飛び出るかと思った。

「なっ、なんだよ!?」

電灯を二人に向ける。悲鳴をあげたのは、例のくっついている二人だった。

トオルは今にも倒れそうな様子で壁に右手をつき、左手を口に当てていた。


「ふ、あ、人魂みたいなものかと、思ったんですよ、ふう、は・・・・・・。」

やっと話せるようになったカケルが震える声で弁解した。


「ったく、大袈裟なんだよ。ほら、これで明るくなっただろ。」

マサルは電灯を奥に向けた。


灰色の壁が延々と続いている。

夜の学校の廊下を思い起こさせるが、それよりももっともっと不気味だった。


壁にはいくつもの、鉄の扉が付いているが、どれも薄汚れていて、蜘蛛の巣が張っているものばかりだ。


「行くぞ、ほら。」


マサルは先頭に立ち、足元を電灯で照らしながら進む。

後ろから、足音が聞こえる。

大丈夫だ、みんな来ている。



壁のドアを4つ通過した時、階段を見つけた。壁をくりぬいて階段を入れたような感じを受ける。


「・・・・・・あの、行くんですか・・・・・・?」


エイジが恐る恐る聞いた。


「行く。二階だけだ。三階は行かないでいいだろ。」


コクコクと頷くエイジとカケル。


マサルは息を深く吸い込んでから、階段を上り始めた。


ず、カツッ、ズスッ・・・・・・。



まるで学校のようだが、階段を折り返すところには大きな鏡が壁についていた。


「うわっ。」

「マジかよ・・・・・・。」


夜の鏡というのは、想像している以上に怖い。それに、場所が場所だった。マサルは意識して、ライトを鏡に向けないようにする。

しかし、目を前からそらしていたせいか、階段に躓き、手をつこうと電灯を持っている手を伸ばすと、そこがちょうど鏡だった。


全てはあっという間だった。第三者から見れば、だが。


マサルの電灯が鏡を照らしたその瞬間、エイジが悲鳴を上げ、逃げ出した。

その悲鳴に恐怖心を煽られたカケルも、声にならない悲鳴を上げ、回れ右をして走り出した。

マサルは二人の子分に逃げられ、さすがに怖くなって後を追った。






その時三人は、トオルが付いてきているかどうかなど、確かめもしなかった。






                       ***


その日は三人(・・)とも一目散に家に逃げ帰ったため、何も知らず、ただ恐怖に心を支配されたまま布団に潜り込んだ。


朝、このいつもの三人が一緒に登校した時には、どうしようもない気まずい雰囲気が流れるだけで、誰も何も話さなかった。

彼らが初めて言葉を交わしたのは、その日初めの休み時間だった。

先生から、トオルが行方不明になっている、と説明を受けたのだ。

何か心当たりのあるものは、名乗り出るように、と・・・・・・。


「おい、あいつ、家に帰ってねーのか?」

マサルは二人に聞いた。


二人はふるふると首を振った。

「あんときは夢中で・・・・・・な?」

「うん、来てるかどうかなんて確かめなかった。」

顔を見合わせる二人。


「でもよお、なんであのとき急に逃げ出したんだよ? どっちだっけ、エイジか? 悲鳴あげたの。」

マサルはあの時のことがずっと引っかかっていた。突然走り出したのだ。訳が分からない。それに、二人が逃げただけで怖くなってしまった自分が情けなくて、ムカムカしていることもあった。


「そ、それ、は・・・・・・。」


エイジは決まり悪そうに目をキョトキョトさせた。


「なんだよ、はっきり言えよ!」


マサルに怒鳴られ、エイジは俯いて話し始めた。


「あの、で、電灯が鏡を照らしたでしょう? あの時、その・・・・・・。」


見えたというのだ。

一人や二人ではない、何人も、何十人ものおぞましい、恐怖と憎しみに駆られた顔が、こっちを見ていたのだ、という。


「なんかの見間違いじゃねえのかよ。俺はそんなの見なかったぞ。カケルは見たのか?」

「い、いや・・・・・・。俺はエイジが悲鳴あげたからとにかく怖くて・・・・・・。」


マサルはため息をついた。


「ったく、きっと見間違えたんだよ。そうだ、今日学校が終わった後、見に行って見るか?」


エイジとカケルは顔を見合わせたが、


「まあ、明るいうちだったら、なんとか・・・・・・。」

というカケルの一言で、エイジは頷いた。


エイジの頭の中には、まだあの恐ろしい顔が浮かんでいた。あんなところには、本当は何があっても行きたくない。

しかし、マサルに逆らえば、学校では永久に孤独になってしまう・・・・・・。それは嫌だった。


「よし、じゃあ放課後、靴箱んとこで待っとけよ。」



                       ***


放課後。

夏なので、日は長い。まだ充分に明るく、エイジも「これなら大丈夫かも」と思えるぐらいだった。


三人は、ほとんど何も話さないまま、神社を抜け、路地を通り、また、病院の裏口の前に立っていた。


マサルが口を開いた。

「よし・・・・・・。行くか。」


三人は唾を飲み込み、誰も遅れをとらないよう、お互いにくっつくようにして小さな門から入っていく。


暗い。

外はあんなに明るいのに、中は昨日と変わらずに真っ暗だった。


「お、おい・・・・・・。こんなに、寒かったか?」


そうなのだ。

外の蒸されるような暑さとは裏腹に、病院内は息が白くなってもおかしくないほどに寒い。

冷気が三人を包み込み、濡れた冷たい指が皮膚を伝っていくような薄気味悪さを感じる。


「知らねえけど・・・・・・とりあえず、進もうぜ・・・・・・。」


マサルはまた、こっそり学校に持ってきていた携帯の電灯をつけ、ゆっくりと進んでいく。


ズッ、シャッ、ス、スシャッ・・・・・・。


おかしい。

何かが、おかしい。

何がおかしいのかはわからない。

しかし、マサルの・・・・・・いや、本当は三人とも感じていたのだが・・・・・・第六感のようなものが、「何かがおかしい」と告げている。

冷気はどんどん強くなり、胸騒ぎが激しくなる。


ドクッ・・・・・・ドック・・・・・・スッ、サッ、ド、ック・・・・・・。


「な、なあ・・・・・・。変な音、聞こえねえか・・・・・・?」


マサルが声をかけた。

怖くて、振り返ることもできない。

自分の歯がガチガチとなっている。

寒さのせいだけじゃない、いや、寒いのだが・・・・・・。気温によって寒いのではない、怖くて、寒いのだ・・・・・・。


後ろからも、歯がガチガチという音が聞こえて来る。答えることもできないらしい。


マサルは、自分の心を侵略し始めた恐怖心を追い払うように頭を激しく振ると、恐々歩き始めた。


階段に着く。

真っ暗で、階段の上の方は見えないが、目的の鏡があることはわかる。ほのかに、光を反射してるのだ。もっとも、意識しなければ分からないほど、小さな、小さな光だったが。


ドック・・・・・・ドクッ、ドッ、ドッ、ドッドッ、しゅっ、スシュッ、ドッ、ドッ、シュウッ、ドッ、ドッ・・・・・・。


「なあ、おい、音、するだろう?」

自分の声が震えているのがわかる。情けないが、そんなことはもうどうでもよくなっていた。


「おい!どっちかでいいから返事しろよおめえら!」


振り返る。


「・・・・・・!?」


だれも、いない。

どこに、いった?



「!? わあああ!!!」



目の前に、鏡がある。


別に照らしているわけではないのに、ぼんやりと光っている。


エイジの言った通りだった。

顔が、青白く、恐怖と憎しみでいっぱいの顔が、こっちを見ている。


なぜ?

なぜだ?

階段は、上がっていないのに。


それよりも。


鏡の中に写っているものは。

マサル、では、ない。


「ト・・・・・・トオル・・・・・・?」


トオルが、鏡の中に立っていた。

顔だけではない。

五体がきちんと揃っており、マサルとぴったり目線があう形で、立っていた。

しかし、他の顔たちと違うのはそれだけ。トオルの顔も、これ以上ないほどの憎悪に燃えていた。


涙を流し、拳を固め、マサルたちと一緒に歩いていた時には想像も出来なかった、鋭く光らせた目で、マサルを睨んでいた。


「く・・・・・そ・・・・・・!」


突如、トオルの声が聞こえる。

ゆがんだ唇を動かして、ただ憎しみしかない声で何か言っている。


ドク、ドック、ドッ、ドッ、ドクッ・・・・・・。


─心臓だ・・・・・・心臓の音が聞こえるんだ・・・・・・。

マサルはぼんやりと思った。


「どうして・・・・・・どうして僕を・・・・・・置いていった!?」


最後の言葉は、テレビの音量をどんなに上げたものよりも大きく、マサルはしゃがみこんで耳を塞いだ。

でも、トオルの声は耳から聞こえているのではない。


ドック、ドクッ、ドッ、ドッ、ドクッ、ドックッ、ドクッドクッドクッドクッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッ・・・・・・・・・・・・・!


音は大きくなる。


「どうして!? 僕は、僕は・・・・・・! ここに・・・・・・!」


トオルは鏡の中で悲鳴を上げた。


見ると、足が、消えていっている。


「うわあああああああああああああ!」

トオルの悲鳴は、大きくなる。

音も、大きくなり続ける。


ドックドックドッドッドッドッドクッドクッ・・・・・・・。


トオルは鏡の中で暴れまわっている。


ぐちゅっ・・・・・・。


嫌な音が聞こえた。


マサルは、目だけを鏡に向ける。


「ひ、ヒイイイイイイイイ!?」


手が、トオルの真っ白な、骨のような手が、マサルの方に伸びてくる。


「僕はっ・・・・・・・お前らのせいで・・・・・・・・・・・・・・つかまってしまったんだ!!」


「つっ・・・・・・!?」


腕を掴まれる。

必死でもがくが、こんな細い手がどうしてこのような怪力を秘めているのか、というほどの力で引っ張ってくる。


このままでは、鏡に連れ込まれてしまう。


「うっ・・・・・・うわああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」


マサルは、今まで出したどんなものよりも強い力と声を出し、トオルに握られている左腕を振り切って、走り出した。


廊下を走る。

走る、走る、走る。


小さな木戸を蹴り開け、永遠に続くような気がする路地を通り、神社を出て、家に走り帰った。途中で荷物を落としたが、そんなことは気にしていられなかった。

ただ、逃げなければ、逃げなければ、と思い、走るしかなかった。


                       ***


その後、マサルは学校へ行けなくなった。

他の二人がどうしているかは分からなかったが、いつものようにプリントを持ってくるわけではなかったので、やはり学校に行けていないことは明らかだった。


あのことがあってから、マサルはゲッソリと痩せ、手が震え、食欲もなくなり、眠っている時間がどんどん多くなった。しかし、寝るたびにあの病院の鏡、そしてトオルが泣きながら、変わり果てた姿で追いかけてくる夢を見る。なのに、目を覚ますことができない。夢は毎回、マサルがトオルに捕まり、鏡に連れて行かれて終わる。

その度にマサルのひどい目眩と頭痛はひどくなり、やせ細り、今ではゼリー状の食べ物や、飲み物しか口にすることしかできなかった。


そして、例のことのちょうど一週間後、マサルは「原因不明」の死を遂げてしまった。他の二人も、同じ日に、同じように亡くなったという。

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― 新着の感想 ―
[良い点] めっちゃ文章うまいですね!効果音がしっかりと効いていて、恐怖心をそそられました。 [一言] こんにちは。澤瀬希美といいます。作品、拝読させていただきました。とても楽しめました。ありがとうご…
2015/08/27 18:54 退会済み
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