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龍馬時代の写真術

 月夜は律儀にも、カメラの前でじっとしている。

 人類が写真機というものを発明して間もない時期は、真っ昼間に何分もカメラの前で身動きせず、じっと体を硬直させていなければならなかった。

 日本でいえば幕末の頃。土方歳三も坂本龍馬も、カメラの前であのポーズのままピタっと止まって、鼻がかゆくなっても首に蚊がたかっても動けず、あの写真を撮られた。

 ポージングがしんどいからと楽なポーズへ流れてしまって、ずいぶんだらけた写真を撮られてしまっている人もいる。福沢諭吉など、かなりダルい写真が残っている。

 もちろん二十一世紀のカメラでは、昼間にポートレートを撮影するなら、分単位どころか秒単位ですらなく、数百から数千分の一秒で撮影は終わる。

 が、月夜はそんなことは知らない。

 真夜中にツキヨタケを撮りにくる、登山用品の他に何キロもあるようなごついカメラを持った人たちが、短くて数分、長くて何時間もかけて撮影する。それが写真だと思っている。

 見た目のイメージでいえば、決してアホの子キャラには見えない彼女だが、しかし知らないことは知らない。

 パソコンを使いこなす和歌恵は、あくまで興味を持って触れて覚えただけであって、キノコの娘は、人間のように家電をなんでも知っているのが常識というわけではない。

 とっくの昔に撮影の終わっているカメラの前で、月夜は笑顔を顔に張り付かせて、相変わらず待機している。

 決して彼女がバカだからではない。むしろ、福沢諭吉以上の律儀さゆえだ。

「にゃ?」

 そこに、ひとりの少女が通りかかる。

 物腰は猫そのもの。見た目も、髪の形が猫耳のようで、両眼の瞳孔も縦長にすぼまる。

 キノコの娘なのにネコ娘とはこれいかに、というところだが、彼女は先ほど幹生が会えるかと思っていた、ニカワハリタケの猫ノ舌(ねこのした)ゼラ。

 ニカワハリタケは、傘の裏に細かく柔らかいような固いような突起が多数あるため、猫の舌のような感触がある。それで、通称ネコノシタともいわれているのだ。

 ゼラは動かない月夜に興味を示し、足元に近づく。

「みー?」

 声をかけても、月夜は反応しない。笑顔を固定したまま、目線すらくれない。

 ゼラは月夜の見ている方に回りこむ。

「みぁー」

 顔を顔に近づけて、存在をアピールするゼラ。

 目のふちにさり気なく入れた、化け猫風の赤い隈取りの形がはっきり見える、そんな間近にまで顔を寄せられる。それでも動かない月夜。

 ゼラは指を丸めて、いわゆる猫パンチの形で、月夜の額をたしたし叩く。

 仮に本当に撮影中だとすれば、これだけ近づいているゼラも写真に映り込んでいることになるが、それでも月夜は動かない。

 さすが福沢諭吉超えの忍耐力。きっと、次の一万円札は月夜の柄だ。

「ふん」

 鼻を鳴らして、ゼラは少し距離をとる。

 腰に手を当て、背筋を伸ばし、固まったままの月夜を見下ろす。ごく短いチューブトップの上に、半透明のベストのようなものをかけただけの上半身には、見事に無駄な肉がない。

 チューブトップにあしらわれた、猫の手の白いワンポイントマークは、胸を張ってもまったく引き伸ばされず、元の形を保っている。

 逆に下半身は、樹の幹のようなしっかりしたロングパンツで、涼し気な上半身と、靴すら履いていない足とはややアンバランスにも見える。

「み」

 ゼラは短く鳴いて、こうなったら奥の手を出してやるというイタズラ顔をして、月夜の背後に回りこむ。

 そして、手の指から長く垂れ下がった爪。これは、固いような柔らかいような、不思議なゼラチン質でできている。こんにゃくやナタデココに近いくらいだろうか。

 そんな爪を、月夜の襟の後ろ側の僅かな隙間に、そろそろと差し込んでいく。

「ひっ」

 ついに月夜が短く声をあげるが、反射的に縮こまろうとする筋肉を必死で固める。

 冷たくぷるぷるしたものが、背骨にそって下りてくる感触に、体は思わず背筋を縮めて背を反らせようとする。でも抑える。鳥肌が立ちそうに全身がぞわつく。でも耐える。

 そこで止まって、月夜は一息ついた。

 だがゼラは、その油断の瞬間を突く。襟に指先が触れるところまで入ったゼラチン爪を、指の間をできるだけ大きく開きつつ、ずるっと引き抜く。

「んひょうわぁぁっ!」

 決壊した。

 変な声とともに、月夜が飛び上がるように立ち上がってしまう。

「ちょっとゼラ、あなたさっきからっ……!」

「にゃははははは」

 だがゼラはすでに、しっぽを翻して四つ足で走り去るところだ。


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