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長時間露光

 和歌恵は拗ねてしまって口を利かない。

 紫を見ると、ひなたに横になって、小さな寝息を立てていた。

 誰も幹生の話し相手になってくれない。

 本でも読もうにも、ひとりならいいが、誰かがいるのに黙って読んでいるのは憚られる。まあ、誰かがいるのにパソコンにかじりついてる奴が目の前にいるのだが。

 仕方なく、幹生は立って、庭に出る。

 庭に出れば、誰かがそのへんにいることがある。特に、猫みたいにウロウロしている、ゼラというキノコの娘にはでくわしやすい。ニカワハリタケの娘だ。

「まだ猫じゃらし生えてるかなあ」

 夏の植物だが、秋になるものもある。あれがあると、ゼラと遊びやすい。

 窓から出て、サンダルを突っかける。

 さっき部屋に風を通した時と同じ、涼しくて爽やかな空気。ぎらぎらしない程よい陽の光が、ちょうどよい心地よさを与えてくれる。

 山の色も、まだ紅葉には早いが、心なしか緑の鮮やかさを抑えめにしている。

「あら。こんにちは。幹生さん」

 振り返ると、家のすぐ近くの木に持たれて、ひとりのキノコの娘が立っている。

「なんだ、月夜(つきよ)か」

「なんだとは失敬ね。今日こそこの月夜が、食あたりのひとつくらい味あわせてあげようと思って、わざわざやってきてあげたのに」

 彼女、静峰(しずみね)月夜(つきよ)は、有名な毒キノコ・ツキヨタケの娘だ。

 昼の今は、黒を貴重としたゴス風のドレスを着た、単なるそういう趣味の女の子、という風体だ。黒の袖とビスチェ、ロングブーツ。その縁を飾るフリルとブラウスは白。スカートだけは、髪の色と同じ褐色。

 前髪は、揺れると片目が隠れるほど長く、後ろ髪は腰くらいまであるのを、きちっと同じ長さに揃えてある。

「毒にあててやるっていっても、キノコ食わせないとダメなんだろ。毒があるってわかってる月夜から渡されたキノコなんて、食べるわけないだろ」

 幹生は肩をすくめる。

 ツキヨタケは、日本に生えるキノコの中でもとりわけ、他の食用キノコと間違えて食べられることが多い。なにしろ、ヒラタケやムキタケ、シイタケなどのおいしいキノコとそっくりな形になったりする。毎年事故が絶えない。

 しかし、キノコの娘の和歌恵と月夜は、別段似てもいない。

 もしかしたら、同じ服を着たら似たような感じになるかもしれないが。

「そう思って、和歌恵の後をつけてきたのよ。あの子が料理でもし始めたら、そこにちょっと混ぜてやっても気付かないでしょ。あの子、やること雑だし」

「ああ、そういえばそうだな。今度から気をつけよう。先に教えてくれてありがと」

「どういたしまして」

 陰謀のネタばらしをしてしまう月夜。

 なぜバラすのか、他にもっといい手を思いついているのか……と幹生は警戒するが、それ以上のことを月夜は喋らない。

 一応、気をつけておいたほうがいいかもしれない。

「ああそうだ、新しいカメラ買ったんだ。一枚、月夜の写真を撮らせてくれないか?」

 幹生が切り出す。

 ツキヨタケは、夜になると光ることが有名だ。だから、カメラマンに人気がある。

「あら。やっぱり撮るならフォトジェニックなこの月夜かしら? 発光するだけに」

 フォトジェニックという言葉には、もともと「発光する」という意味がある。「写真映えする」という意味は、当然、カメラが生まれてから追加された意味だ。

「そうだな。やっぱりこういうのは月夜でないと」

「まったく、しょうがないわね」

 ぱっと表情を明るくし、深い緑色の瞳を輝かせて(これは比喩として)、月夜は応じる。

 月夜の瞳と、昼の今は白く見えているブラウスやフリル、髪の裏などが、夜になると緑色の光を発する。写真に撮れば、不思議で妖艶な姿に写るので、キノコの娘の中でも屈指のフォトジェニックだ。

 幹生は、安売りされていた一世代前のミラーレス一眼デジカメを出してきて、三脚に据える。そして絞りやシャッタースピードを設定する。

 月夜は、いわれるままに倒木に腰掛けてポーズをとる。

「じゃ、撮るからじっとしててくれよ」

「わかってるわ。たまに山の中にくるおじさんのやること知ってるし」

 ツキヨタケの光は実は非常にか細く、写真に撮るなら、ツキヨタケだけで数分。星空も入れて絵になる写真を撮るとなると、数時間もかけて一枚を撮る。

「はい、チーズ。じゃ、戻ってくるまでじっとしててね」

 幹生がシャッターを切って、その場を離れる。

 実は、昼間にそんなか細い光なんて、時間をかけても写真に撮ることはできない。これはただ単に、月夜をじっとさせてイタズラさせないための、幹生の策略だ。

 そうとも知らず月夜は、向けられているだけのカメラの前で、身じろぎひとつしない。

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