ロシア語でもヘンタイは通じます
空気を入れ替えて窓を閉めると、室温は二十度になっていた。
人間の幹生にとっては、ごく過ごしやすい温度だが。
「ちょっと、日の当たるところにいきますね」
紫さんは、庭側の窓の近くへ、すすっと腰を滑らせていく。庭は南側にあるから、昼のうちは陽射しが入る。
どうせ覗く人もいないから、カーテンは開けっ放し。
紫さんは日光を浴びて、少しだけ頬を緩める。
「ああ。暖かい」
紫さんにとっては、二十度というのは冬のようなものらしい。
だったら、薄手のノースリーブ一枚じゃなくてもっと着こめばいいのに、とは思わなくもない幹生だが、キノコの娘にとっては、服も体の一部だ。
脱ぐことはできるが、着るとなると、人間が作ったものを調達するしかない。そして、人間の服は体の一部ではない以上、自然に傷や汚れが直ったりもしない。
洗濯や繕い物をするとなると、洗濯機や洗剤、針や糸もいる。それもまた人間から調達するしかない。
彼女たちには、あまりにも面倒なことだ。
「フリースか何か出しましょうか? いっそ毛布にします?」
「すみません。毛布をお借りしてよろしいでしょうか」
「はいはい」
幹生は押入れに立って、毛布を一枚出してくる。
冬場、居間でゴロ寝するときなどに使っている、ちょっと薄手の小型のものだ。何年か前に人気だったキャラクターがプリントされている。
広げて手渡すと、紫は肩から上半身を覆うように、体に巻きつける。
「ありがとうございます」
寒さが和らいで、気持ちが落ち着いたらしい紫の表情。
「まあ、うちの中では、着物の面倒くらい見ますよ」
さすがに、外で毛布使って泥汚れを付けられたら困るが、紫は言わなくてもそんなことはしないことくらい、幹生にはわかっている。
「ふふ。すこし幹生さんの匂いがしますね」
「え、臭う?」
「いえ、くさいというのではなくて」
紫の表情は、決して嫌そうなものではない。
それでも幹生は少し気になる。やっぱり、よく天日干しするだけじゃなくて、夏の間に一度、風呂場で踏み洗いでもするべきだったか。
「ちょっとちょっとー。ヤーにはなんにもしてくれないのに、紫には甘いねー」
と、部屋の真ん中に堂々たる寝そべりっぷりを見せながら、和歌恵が口を挟む。
「そんだけ厚かましく寝っ転がっておいて……」
「ニェート。厚かましくないー。だって暑いけど、冷房つけてって要求してないもーん」
「この気温じゃ冷房なんて効かないよ」
「ポチェモー?」
和歌恵は、驚いた顔をしている。なぜこの暑さで冷房がダメなのか?
「なぜって、人間が必要ないんだから、人間の機械にそんな機能つけないよ」
「人間の技術にそんな欠陥があるなんて」
本当は、幹生宅のエアコンは十六度に設定はできる。しかし、密閉性の高い高級マンションとかならともかく、ふすまのある和室では、実際にそこまで下げられないだろう。全開で働くだろうから、電気代も怖い。
「ていうか、そんなに暑いならその分厚いコート脱いだらいいのに」
がっかりする和歌恵に幹生が指摘すると、和歌恵は急に機嫌を直し、にやりと笑う。
「でも私ー、このコートの下にはなんにも着てないよー? ヘンターイ」
「え」
まさかそんな格好だとは思わず、幹生はうろたえる。
「こんなに部屋暑くして、それが狙いなんだー。まったくしょうがないなー」
和歌恵は珍しく体を起こし、ロングコートの腰を止めているベルトに手をかけて、するっと抜き去る。
そして、ファスナーのタブに指をかける。
「ちょ、こら、何やってんだ。どっちが変態だ」
「暑いからしかたないもーん。えい」
幹生が止めようと、和歌恵の方に向かってきたタイミングを見計らい、勢い良くファスナーを下ろし切る。
はだけられたコートの隙間からは、真っ白なシャツ。
「なぁんちゃってね。スーツカ」
「……」
すっかり担がれた幹生。
ただ、いつも厚いコートでわからなかったが、意外にも、かなり……いや、すごく、和歌恵の胸が大きくて、それを目の当たりにして、どんな顔をしていいかわからなかった。