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テクノロジー

「なんかほんとすみません」

「いえいえ。私はかまいません」

 紫さんと、ちゃぶ台を挟んでお茶をすすり合っている幹生。

 先ほどのちょっとしたゲームは、(ゆかり)さんの勝利に終わった。

 そして、かほりさんはやっぱりスネて、もう帰ってしまった。

「正直、ほとんど全部カンだったんですけど」

「そんなことありませんわ。きっと、身体がしっかり感じ取っていたんでしょう」

 ゲームの勝利条件の説明はなかったが、かほりさんは「この松茸の香りの中じゃ、味の区別なンて付きゃしないよ」と、紫さんは「いえ、全然違う味ですから」と、それぞれ賭けていたらしい。

 そして幹生は、差し出された七切れのキノコのうち、四つまで正解した。ほぼカンで。

 数字的にいっても、これは単なる偶然と考えるほうがよさそうだが、しかし紫さんは珍しく得意顔だ。

「味がわかってもらえて嬉しいです」

「あ、ちょっと空気入れ替えようか」

 いたたまれなくて立ち上がり、窓を開けに行く幹生。

 マツタケの香りが不快なわけはないが、しかし食べ終わった後までずっと充満しているのは。ということにして、申し訳ない気分をごまかす。

 庭とは逆の小窓を開き、庭の方も開けてしまう。

 新鮮な風が吹き込んで、淀んだマツタケの香りが洗い流されていく。これは、マツタケの香りの快不快とは別次元で、爽やかで心地よい。

「……あ、その、少し寒いですね」

 紫さんは、肩を抱いて身を縮める。

「あっと、そうですか? 何か羽織るものでも出しますけど」

「すみません。ありがとうございます」

 今はまだ九月下旬で、幹生にとっては気持ちいいくらいの気温だ。

 しかし、ムラサキヤマドリタケは、夏のごく暑い時期の山に生える。そのせいで、紫さんもまた、三〇度を超えるくらいが適温と思うような娘だ。

 真夏には、ギラギラ照りつける太陽の下、みんながげんなりするような蒸し暑さの中で、汗ひとつかかずに実に気持ちよさそうにしている。

 そんな紫さんに、カーディガンをかける。女性にしてはかなりの長身で、メンズのものでも丈は合う。肩幅は余ってしまうが。

ズドラーストヴィチェ(こんにちは)。暑いのに、お熱いことしてるわねー」

「いえっ、そんな」

 と、急に冷やかされて、紫さんは僕の手からカーディガンをひったくるようにしてしまう。いや、悪気はないはずだけど。

 今度は、ロシア風の帽子とコートを身につけたキノコの娘が、部屋にうつ伏せに横になっている。まったく入れ替わり立ち代り、次々誰かが来るが、この家はこういうところだ。

 別に名前はロシア風ではなく、(たいらの)和歌恵(わかえ)なんて古風なくらいの和風の名乗り。

 ヒラタケの娘だが、名前の通り、いつも横になっている。キノコも娘も、どうしても、というときは立つこともあるらしいが、大抵は寝そべっているズボラ娘だ。

 マイペースに寝転がっていたら、そのまま雪が積もって埋まることも多いとか。

 雪の季節まで元気に活動するせいか、ロシアンなしっかりしたコートや防寒帽だけでなく、足元をアイゼンのついたブーツで固めている。

「幹生ー。パソコン貸してー。あとこの部屋暑いんだけどー。窓開けてー」

「パソコンは自分で出してくれ。窓は紫さんが寒がってるから我慢しろ」

 むー、と膨れ面で、和歌恵は部屋の隅で閉じているパソコンまで這っていって、その場に寝転ぶ場所を変えてパソコンを開く。

 ヒラタケは、今昔物語集や平家物語にも登場するほど、古くから日本人が食してきたキノコだ。そのせいか、和歌恵は古典文学から自分が登場するシーンを探すのが趣味だ。

 パソコンを使うのは、古典文学を紙の本で揃えなくても、手軽になんでも読めるからだ。

「人間ってのは、ほんとすごい道具作るよねー。ハラショー」

「本当にそうですね。台所も、水も火も手先ひとつですぐ使えますし」

 キノコの娘たちは、使う分には家電でもデジタル機器でも案外うまく使いこなすのだが、そういうものを自分で作り上げたりはしないらしい。

「そうしないと、生きていくのが大変だからな」

「土の上に寝っ転がってたらいいヤー(わたし)とは違うもんね」

 キノコの娘たちは、土や枯れ木などから養分を吸収して生きていけるし、服が傷んでもその養分で自然に直る。それこそ、自分のキノコが地球上から絶滅したりでもしない限り、死んでしまうこともないらしい。

 そんな存在が、生活を便利にしたい、なんてことを思うことはないんだろう。

「なんか、キノコのみんなが羨ましい気がする」

「ニェートニェート。またまたー。んなわけないってー」

「私たちは、人間の方々が羨ましいですよ」

 ステレオで否定された。隣の芝生は青い、ってやつだと思うんだけど。

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