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香りと味のカンケイ

「さすがにひどすぎました」

「わかってくれりゃいンですよ」

 靴の匂いを嗅ごうとした酷い行為について、畳に手をついて謝る幹生。

 かほりさんは、松葉杖を置き直して靴をそろえる。

 松葉杖は、別に脚が悪くて使っているものではない。しかし、ちゃんと杖として使ってはいる。握り方は普通と違って、縦材の途中にテープを巻いてグリップにして、普通の登山用ストックのように使っている。

「ところで、松葉杖にショットガン仕込んでるってウワサは」

 まさかあるわけがない、と思いつつ聞いてみるが。

「あははは。そンなこと、ウソだって見りゃわかりましょうよ。それに、喋っちまってイザという時に封じられちゃ困りますしね」

 一笑に付されたが、しかし本当ともウソとも答えなかった。本当ともウソとも言った、というべきか。

 まあ見た限り、この木製の松葉杖に弾丸を仕込む場所はないとは思うけど。

「ごめんください。ずいぶん寒くなってきましたわね」

 庭に面した掃き出し窓を、軽くコツコツとノックする音と、澄んだ上品な声がする。

 見ると、暗紫色の人影があった。

「ああ、いらっしゃい(ゆかり)さん」

 幹生が窓を開ける。自由人の多いキノコの娘たちは、大抵勝手に開けて入ってくるのだが、この山鳥(やまどり)(ゆかり)は数少ない例外だ。

 彼女の髪とノースリーブのワンピースは、下品さを全く感じさせない、しかし華やかさもしっかり秘めた、絶妙の暗紫色だ。

 肩にかけたバッグと、そして肌の色は見事に白く、上品さと美しさを両立させる。

 そんな彼女は、ムラサキヤマドリタケの娘だ。

 夏の暑い時期に生えるキノコで、紫という色合いからは意外だが、どんな料理をしても美味しくしかならないような優れものだ。

「あァ、丁度いいとこにお越しだねェ。紫も何本か出しとくれよ。松茸だけじゃ一本調子でいけないよ」

「はい。かまいませんわ」

 窓からとはいえ、きっちり靴を揃えて上がってきた紫さんは、呼ばれて台所に歩いて行く。ちゃんと畳の縁や敷居を踏まずに歩くのがまた上品。

「……でもあの二人って、仲が悪い……じゃないけど、ちょっと意識しあってるな」

 部屋に残された幹生は、つぶやいて台所の様子をうかがう。

 紫さんとかほりさんは、「やっぱり香りが違いますね」「やっぱり味だったら流石のモンだよ」と、互いに口では褒めあっている。さり気なくイヤミを挟んだりとか、そんなこともまったくない。

 しかし、それでもどうしても、声の調子が少しだけ固いというか、そんな気がする。

 味自慢の食用キノコの娘たちは、『ザ・高級キノコ』であるマツタケのかほりさんに少し対抗意識を持つようだ。

 それに、いまここに紫さんがくる用事もないはず。もしかして、マツタケの香りに気がついてやってきたのでは。

 まあ、誰もが好き勝手に突然やってくるキノコの娘たちだから、誰がいつ来ても不思議じゃないけれど。けれど……。

「お待たせいたしました。幹生さん、焼き上がりました」

 そういって、紫さんはキノコの盛られた皿を持ってきてくれた。

「それでねェ、ちょいとひとつ、ゲェムってやつをやろうじゃないの」

「ゲーム……」

 ちょっと悪い予感のする、かほりさんの言葉。

「この松茸の香りでいっぱいの中で、目ェ閉じたまま食べても、ぼっちゃんはちゃんと、松茸と紫山鳥茸(むらさきやまどりたけ)、味の違いがわかるかい?」

「えっ」

 それは、間違えるとどちらにもスネられてしまいそうだ。

 ふたつのキノコの味自体はちゃんと違うはずだ。でも味っていうのは、口だけで感じているものじゃない。風邪で鼻が詰まっていたら味がわかりにくいように、目と鼻も使って味を感じているものだ。

「さ。お願いします」

 紫さんがすっと背後に回って、手で両眼をやさしくふさいでくる。

 ぐいぐい押し付けるようなことはしないが、覗けるような隙間はない。

「はい、ぼっちゃん。あーん、ってネ。いいねェ、両手に花ならぬ、前門の美女・後門の淑女ってとこだね」

 かほりさんの声とともに、鼻先に箸を向けられている気配。

 仕方なく口を開けると、キノコが一片、放り込まれる。噛む。味わう。

「さあ。どちらです?」

 紫さんが耳元で、囁くように聞いてくる。

 やばい。美味いけど、マツタケの香りに引っ張られてる。これどっち?

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