山のめぐみ
「くひひひ……。肉食いたいな……おまえもどう……」
シロシベ・アルゲンティは、気持ち悪い笑みを浮かべて、立ち木に話しかける。
背中の大きく開いたブラウンのドレスは、しっかり着こなせばフォーマルなパーティーにも出席できそうなものだが、しかし、着こなしていない。
背筋は猫背か、さもなくば後ろに反っている。足元はサンダルで、しかもずるずる引きずって歩く。目はすわって口は半開きで、「くひひひ」と変な笑みを不規則に浮かべる。
ふと、少し先の川の方から「神様仏様バー○様!」とかなんとか、叫び声が聞こえる。アルゲンティはその声の方を向いて、首をがくんと横に倒す。
木々の隙間から除くと、グレーの人影が橋から川に飛び込むのが見えた。
「空を飛びたい……? くひひひ……そんな悲惨な話、いつも考えてるんだね……」
往年の名曲のようなことをいいながら肩を回すと、大きく開いた背中に施された翼のイレズミが、羽ばたくように動く。しかしあくまで小さな羽根で、この大きさでは、かりに本物だとしてもとても飛べるようなものではない。
話し相手の肩を叩くように木を叩いて、アルゲンティは考える。
肉を食べたいが、どこから調達しようか。
牛でも豚でも鶏でも、彼女は肉を差別しない。ただ、ヒレよりカルビ、ささ身よりモモ、マルチョウとか豚トロ、鶏皮も大歓迎、という、高脂質・高カロリー第一主義だ。
そんな彼女の前に、一頭の若いイノシシが現れた。この山では決して珍しくない。
「おっ、肉……。くひひひひ」
食肉を見る目で見ると、イノシシも危険を感じたか、少し足を広げて臨戦態勢。
しかし、アルゲンティには、イノシシを倒すような戦闘力はない。
彼女のキノコは、ヒカゲシビレタケ。毒キノコには違いない。
だがその毒は、幻覚を起こさせるタイプだ。毒だけで動物を殺すのは難しい。
もちろん、長期間食べ続けて依存症になったり、錯乱して事故を起こすことはありえる。今では違法薬物に指定されているので、人は食べるどころか、採取・所持もNG。
「ほれ、シシ肉。食え。くひひひ……」
アルゲンティは、キノコをひとつ出して、イノシシへ放り投げる。
イノシシは警戒しながらも鼻を近づけ、くわえて飲み込んだ。
しばらく待つと、イノシシの目つきが、アルゲンティのそれとそっくりになる。
「シシ肉。あっちの方になんか変な奴がいるよ……。きっと敵だよ……くひひ」
さっき、阪神を称える叫び声が聞こえた方を指差し、イノシシを煽る。
するとイノシシはてきめんに怒り出し、指差した方へ突っ走っていく。
今食わせたキノコは、幻覚成分をうまく調整して、アルゲンティの言うことを簡単に信じる作用がでるようにしたものだ。
「くひひひ……。エスだったら、イノシシなんか簡単に倒す……」
アルゲンティは、イノシシのあとを追って様子を見に行く。
川から上がっていたエスは、月夜とともに、突っ走ってくるイノシシに仰天している。
「月夜、下がっとれ!」
エスはジャケットのボタンを外し、月夜から飛び退く。赤い裏地がひるがえって、さながら闘牛のようにイノシシの向かう先を誘導する。
浅い川をものともせず、水を跳ね上げながら、速度も落とさず突っ込んでくるイノシシ。まっすぐしか走れないのは迷信だ。ちょっと横に避けたくらいでは、ちゃんと方向転換して突っ込んでくる。
エスは、ジャケットの内ポケットに手をさしいれる。
「はぁっ!」
気合一閃、真上にジャンプする。
イノシシは、立体的な動きには弱い。エスのジャンプに対応できず、飛んだ下を走り抜けてしまう。
「シッ!」
上空でエスの右腕が閃く。真下のイノシシに向けて、小さな投げ矢が飛ぶ。
三本同時だ。
それは、イノシシの厚い毛皮を突き抜け、三本とも首の後ろを刺し貫く。
エスが伸身宙返りを決めて着地する頃には、矢毒に体を蝕まれるイノシシが足をもつれさせ、砂ぼこりをたてながら地面にもんどり打って倒れる。
「なんなんや。獣が向こうから襲って来るて。仕留めてまわなしゃあなかったわ」
「くひひひひ。肉ゲット……」
「おまえかい! なにやらすねん!」
狩りの道具にされたエスは、のうのうと顔を出した元凶の頭をひっぱたく。
「このイノシシ、どうするんですか……?」
「もちろん食べる……。獲物を無駄なく利用するのが狩りのルール……くひひ」
月夜の疑問には、まったく迷わず即答するアルゲンティ。
「いやこれ……食いきれんやろ……。何人前や……」
といいつつ、ナイフを出して皮を裂き、血や臓物を抜きにかかるエス。
「じゃあ……みんなでシシ鍋&バーベキュー祭りだ……くひひひひ」
メンバー集めも会場設営も料理もする気はないくせに、提案だけはするアルゲンティ。




