進撃の巨人軍
「時にエスの字、野球といやぁやっぱしタイガースですかい?」
香が、東西対立の最たるものである野球ネタを切り出す。
「当たり前や。そういう自分は巨人ファンやろ」
「あたぼうよぉ。首都圏三千五百万のジャイアンツファンは、一日仕事や学校で疲れて家に帰ったら、ニュースやナイター中継でジャイアンツの大勝利を見て、スッキリ元気を取り戻してまた明日がんばれる。そんな塩梅ぇで、ニッポンの世の中成り立ってんですよ」
なんという巨人中心主義。三千五百万では、ほぼ首都圏の人口すべてだ。しかも、首都圏は日本の中心だと、関西も中部圏も平然とないがしろにする発言。
地方を愚弄する失礼発言に、エスの眉はてきめんに吊り上がる。
「ヤクルトも東京やろ。首都圏やゆうたら、DeNAも西武もロッテもみな入るやんけ。巨人だけで野球しとるつもりかいな。ナ○ツネか自分」
「おっ、喧嘩買ってくれますかい。こぉいう陰険じゃねえ喧嘩は大好きだよ。江戸の華ってもんです」
煽った香は、もちろんやる気で応じる。
そんな二人を、愛媛出身の幹生は、熱意のない目で見つめる。セ・パ両リーグとも、四国を本拠地とする球団がない。
「大体ぇ、本拠地のことをいっちゃあ、タイガースは兵庫県じゃねえですか。大阪の球団はバファローズ。ところがどっこい、その大阪ドームも、京セラドーム大阪なんて名前になっちまって。京セラって確か、京都セラミツクてぇ名前が元々でしょ。京都」
「あほいえや。セ・リーグは阪神、パ・リーグはオリックス、どっちも応援しとるわい。これは大阪と京都と兵庫が仲良うやっとる証拠やろ。自分ら、神宮球場で巨人・ヤクルト戦見に行く時は、どっちの応援すんねん。どっちも応援するなんてキレイ事のウソゆうたらあかんで」
そこだ。在京球団はふたつあるのだ。しかも、同じセ・リーグに。
「そんときゃあっしはジャイアンツですよ」
だが、まったく躊躇なくヤクルトを切り捨てた香。
「え……自分、地元やから応援しようとかそーゆうんは……」
「あっしゃあ、地元だからジャイアンツを応援してるわけじゃねえですよ。強いて言やぁ、日ノ本の国を代表する球団だから応援してるんです。だから、東京の人でも石川の人でも高知の人だって、全国平等にジャイアンツファンになれるってもんです。ローカル球団とは話が違ぇや」
「な……なんちゅうナベ○ネイズム……なんちゅう巨人エゴイズム……!」
巨人・ヤクルト戦の矛盾を突いたつもりが、それを遥かに凌駕する圧倒的なジャイアンツ帝国主義をぶつけ返され、めまいを覚えるエス。
「まっ、巨人が調子いい時ってのは、ニッポン全体も調子いいんです。高度成長の頃だって、バブルの頃だってジャイアンツが強かった。ところがオイルショックが来ただの、バブルが崩壊しただの、そんな時にゃジャイアンツがダメになっちまうんで。世の中ぁ良くしてぇんだったら、ジャイアンツが勝てば良くなります」
「へぇ、新説」
無茶苦茶なことを平然と、堂々と言ってのける香に、ついに幹生が納得してしまった。
「いやいやいや幹生、なんで野球の結果とバブル崩壊が関係あるねん。目ぇ覚ませ」
阪神ファンには耐え難い暴論の嵐の中、エスは幹生にすがりつく。
果たして人は……いやキノコの娘は、ここまで巨人ファシズムに染まってしまうことができるものなのか。そんなことが許されるのか。
だが実際、巨人軍は、大戦中の四四年から終戦直後の混乱期まで、優勝できなかった。
オイルショック直後の七四年には、それまで続いていた九年連続日本一が止まった。
バブル崩壊の九〇年代は、十年でリーグ優勝三回、日本一は一回。崩壊した九一年、アジア通貨危機があった九七年なんて、四位にまで低迷した。
「確かに、ほんとにそうなってるなあ……」
幹生はスマートフォン片手に、セ・リーグの優勝チームと日本の経済史を見比べ、本当に香が言うような、景気とジャイアンツの成績に相関があることを確かめる。
この事実を踏まえれば、あながちトンデモ論とはいえないんだよ! なんだってー!
「あほな……。愛媛県民の幹生まで、巨ジンフルエンザに掛かっとる……」
ついに、エスは崩折れてしまった。
「膝つきながら、さりげなくちょっと上手いダジャレいうよね」
こんなときでも洒落を挟む関西人魂を隠せないエスに、軽く感嘆する幹生。
「っしゃ。巨人が勝ったら景気が良くなる。そんな無茶苦茶が通るんやったら、阪神ファンが川に飛び込んだら阪神が優勝する、それかて通るやろ!」
だがエスはすぐ復活し、「見とれやぁぁぁ!」と叫びながら近くの川へ向けて走りだす。
「……飛び込むんだったら、道頓堀川でなきゃダメなんじゃねぇですかねぇ」
喧嘩の勝者は、そんな負け虎の背中に追い打ちの言葉を投げる。
「あれ、でも二十一世紀に入ってからリーマン・ショックくらいまでの時期、景気いいって言われてたのに、この頃の巨人は全然じゃない?」
「ええそりゃ、喧嘩でテキトー言う時にゃ、ちょっとだけホントがありゃ十分なんで」
香は、そんな詐欺師の手口みたいなことをいう。




