東西冷戦
「てやんでぇべらぼうめ、大阪なんてなぁ、日本第二の大都会やぁ、なんてツラぁしやがって、その実、人口じゃ神奈川より少なくなっちまってんだろ」
威勢のいいべらんめぇ口調の大声。
「よぉいうわ。東京でそこら歩いてる人捕まえて、自分どこの人なんやって聞いたら、ホンマのとこ千葉やら埼玉やら住んでるくせして、みんな東京人やて答えるやろ。香、自分はどこの山から出てきたんや」
大声ではないが、よどみなく鋭い関西弁。
かたや茶色と白の、かたや黒と赤のツートンカラーのふたり。
白茶はシイタケ。黒赤はニセクロハツ。
「ぐっ……………………ぐんま」
シイタケの少女、椎香は、大いに言いよどんでから、小声で答えた。
見事な江戸弁を喋る彼女だが、どこのキノコかといわれると、原木栽培シイタケの大産地・群馬あるいは栃木あたりと答えざるを得ない。
しょげて俯くと、髪を飾るヘッドドレスが見えて、それがいつもお馴染みの、シイタケの×印の切り込みのようだ。
髪と腰の帯が茶色い以外は、ほぼ全身が白い。襟周りのファーも、上着もスカートもブーツも、かすかに茶色をさしているだけで、みな白い。
だが、それに頭の×印がつくと、断然シイタケの娘だとしか見えない。
人間がキノコにつける特徴が、娘の一番の特徴にもなる。それだけ、深く人間に愛されているキノコでもある。
「はっ。関東の連中はそんなん多いなぁ。東京ディズニーランド、新東京国際空港、東京ドイツ村……あれ、千葉ばっかやな。千葉ってそうなん? 群馬的に見て千葉ってどうなん? 千葉のくせに東京東京言い過ぎゆう感じなん?」
「千葉を馬鹿にすんじゃねえやこんちくしょう!」
ひときわ大きな声で激しく反応した香に、ニセクロハツの少女は驚いて口を閉じる。
ハットまでかぶってびしっと決めたダークスーツ。ジャケットの裾や袖が、三角形に尖って伸びているのがやや変わっていて、その裏地とネクタイは血のように濃い赤。
その赤い裏地に浅めの朱色で、底が二重線の正三角形から棒が立ち、その先にCOOHという化学構造式の模様が規則的に並べられている。
この百年で爆発的に進歩した人間の科学技術をもってしても、つい最近まで判明しなかった、ニセクロハツの稀有な毒成分だ。
この2-シクロプロペンカルボン酸の秘密こそ、幹生がキノコの娘たちの実在を信じた大きな理由のひとつでもあった。
ルッスラ・S・ニグリカ、それが彼女の名前。
ルッスラは苗字のようなもので、他にも多くのキノコはその名を持つ。かといって、ニグリカ、というのも、ニセクロハツだけでなくクロハツもその名だ。
よって、彼女は自分をエスと呼ばせている。SとはSubの略なのだが、サブちゃんなどと呼ばれるのはさすがに嫌だ。
「東京じゃぁ、生粋の江戸っ子が群馬や千葉の奴らぁ小馬鹿にするってぇことも、もちろんよくありますよ。だけどなぁ、あっしはそれよりなにより、神奈川ん奴が埼玉の奴を、群馬の奴が千葉の奴を、茨城の奴が栃木の奴をって、お互ぇに見下し合うってぇような、そおいう不毛な喧嘩ってやつぁ大ぇ嫌ぇなんでぇ!」
香の厳しい意見に飲まれて、エスは頭を下げる。
「そ、そないなことなってるとは知らんかった。すまん」
「近けぇとこでいっしょに働いて遊んで暮らすんだから、つまんねぇことで喧嘩するもんじゃねぇです。焚き付けねぇでくだせぇな」
「そうかー。関西の方はなんてゆうか、大阪は大阪、京都は京都で神戸は神戸、別にどっちが上とかいうつもりはあれへんからなぁ……」
「ホントにそうですかい? あっしは言われる側の群馬だからわかっちまうんですけどね、京都の人が滋賀の人を、大阪の人が奈良の人をだとか、ホントんとこはどうなんで? 琵琶湖だけだとかシカ王国だとか、いっちまってたりしやせんかい?」
「え、あっ……あの時のアレ、怒らしてしもてたんかな……」
心当たりがあったのか、エスは考えこむ。
そんなエスの肩を叩いて、香はしみじみ言う。
「いやぁ、過ぎたことをここで、あっし相手に反省されたって困りやすよ。ま、これから気ぃつけて、仲良くやってきゃいいんじゃねえですかい?」
「ありのまま今見たことを話すぜ。二人が喧嘩してたと思ったら、いい話になっていた」
庭でゼラを見送った幹生の前に、入れ違いに現れて喧嘩を始めたふたりであった。
「そういやぁ、幹の字はどこの方なんで?」
「ん、僕? 出身は愛媛だけど」
「愛媛? 愛媛ってぇと四国ですよね。ええっと、四国ってなぁどれが何県だったか。右が愛媛でしたっけ? 確かミカン県ですよね」
悪気のない香の発言に、幹生は、まあ仕方ないよねと微妙な顔。
「自分も失礼や。うどん県は自分でいうとるからええけど、ミカン県はあかん」
エスは手の甲でツッコむ。




