GELA-CHIN ―PHOTO道―
「このスイッチを横にやると電源入るんだ。戻したら切れる。このカメラは、撮りたい方に向けてシャッター切るだけだから。撮ったのを見たいときは、ここをずらして緑の三角にな。撮るときはカメラのマーク。電池が切れたら、充電してやるから持ってきな」
ゼラの首のカメラを実際に操作しつつ、幹生は説明する。
素直に話を聞いて、ゼラはうなずいている。
カメラはかなり古い、しかも安物だ。だから機能が少なくて、まったくの素人でも迷うことなく使える。向ける、シャッターを切る、それで終わり。
「みゃ」
カメラを手に、ゼラはスイッチを入れて、幹生に向けた。
液晶ファインダーに幹生を写し、シャッターを切った。
そして再生モードにし、撮れた幹生の顔を液晶に表示させ、それを幹生に見せる。
「うん。ちゃんと使えてるな。大したもんだ」
幹生が褒めると、ゼラはドヤ顔で応じた。
「じゃ、好きなの撮ってきたらいいよ。いっぱい撮ったら見せてくれ」
「みゃーう」
大きく頷いたゼラは、山の上へ向けて駆け出す。
走りだしてすぐ、首にぶらぶらしているのが邪魔に思え、カメラをチューブトップの胸元に差し込んだ。これで、変なところにぶつけたりしない。
そしてゼラは程なく、お気に入りの松の木に辿り着いた。
この山で一番、というほどではないが、そこそこの高さ。
ゼラは猫に似ているが、何しろ爪がゼラチン質で、爪を立てることができない。おかげで木登りは猫ほど巧くない。
だから、樹皮が鱗のようで手足がかかりやすく、そしてところどころに枝分かれがあって、好きなところで座って落ち着けるこの松は、ゼラには手頃に登れる。
そしてその松のふもとには、しばしば、ひとりの和服の少女がぽけっと座っている。
「にゃん」
「あー。ゼラちんだ」
シナモン色のその少女は、一点の曇りもない笑顔をゼラに向ける。
彼女はアミタケの娘、素通あみ。アミタケより、イグチという名前のほうが有名かもしれない。
頭を貫通しているように見える、大きな松葉のような簪と、それにぶら下げられた大きな松ぼっくりが目を引くが、それ以外は地味な娘だ。
「カメラー。ぴーす」
ゼラにカメラを向けられると、ピースサイン。
シャッターが切れると、木陰の暗さに反応して、フラッシュが光った。
「にゃ!?」
「うおっ、まぶしっ」
ふたりして驚く。
だが、あみはそれ以上気にしない。あみにとっては、人間の機械が光ったくらい、ケガもしないし痛くもないからどうでもいい。
世の中のほとんどのことは、深く考えなくてもなんとかなる。ある意味、人生の真理を悟りきっているようなあみの生き様。
ゼラは、カメラが壊れたのかと思ったが、見たところ特におかしくない。光った時の写真を再生してみると、薄暗い木陰にいたあみの姿が、明るくはっきり写っている。
なら、こういう仕組みなんだろうと納得する。ゼラはこれでも理論的だ。
カメラを胸元に戻し、木に手を掛ける。そして、弾みをつけて、半ば飛び上がるように、最初の木の股まで登る。
もちろんあみは、そんなゼラをのほほんと見上げている。真似して登ってみようなんて、考えたことすらない。
ゼラは何度か、ジャンプと懸垂を繰り返すように、股から股へと上がっていく。
人間の感覚なら実に身軽。だが、猫並みに考えれば、やはり爪が使えなくて不安定な登り方。それでも、落下しそうな頼りなさはない。
ゼラは登れるとこまで登ると、カメラのスイッチを入れる。
高いところで開けた景色は、少しだけ黄色くなりはじめたこの山の頂上、ずっと遠くまで連なる山々、霞にけぶった海と島々、ただただ青い空、顔を向けるたびに違う景色がファインダーに映る。
ゼラがこの木を気に入っているのも、気持ち良い風に吹かれながら、どこを見ても違う風景のパノラマを楽しめるから。
あとで幹生に見せびらかすために、あっちこっち撮りまくった。
ひと通り撮って納得して、ゼラは木を下りはじめる。枝から枝へ、しなりをクッションにして、とんとんと飛び降りるように下りていく。
その時、枝に止まっていた鳥が驚いて、バサバサと飛び立つ。
はっとして、ゼラは鳥にカメラを向け、シャッターを切る。
「すごーいゼラちん、落ちながら撮ってるー」
落ちてくるゼラを見ながら、見たまんまの感想を漏らすあみ。




