キノコ採り名人の秘密
某県の山の中、小さく古い村があった。
幹生がここに移ってきたのは、この村に家を構えていた大叔父が亡くなり、遺産を相続するとともに、「誰かが住んでいないと家が腐る」と親戚に移住を求められたせいだった。
村といっても、他の住民はみんな去っていった後、ただ一軒の家があるだけの土地だ。
大叔父は、そんな廃村寸前のところで、ひとりで隠居していたという。
「僕もやっぱりじいちゃんに似てるのかな」
畳の上に寝転がって、幹生はつぶやく。不思議とこの寂しい村は、心が落ち着く。
子供の頃、大叔父にはよくかわいがってもらった記憶がある。
大叔父は、キノコ採りの名人だった。戦後の食糧難の時代に、どこからともなくヒラタケなどの食用キノコ、それも美味なものを大量に持ってきては、闇市で儲けた。
まとまったお金ができると、今度は山の土地を二束三文で買って、そこからマツタケを見つけ出し、価格高騰とともに一財産築き上げた。それがこの家の裏手の土地だ。
それがギャンブラーじみた生き方に見えて、幹生の祖父を含め、「働かざるもの食うべからず」な古い昭和の感覚を持つ親戚からは、あまり評判はよくなかった。
だが幼い幹生にとっては、「キノコとお話ができるじいちゃん」だった。
なんでキノコをそんなに簡単に見つけられるのか、と質問されると、大叔父は必ず「キノコが自分で教えてくれるんや」と答えていた。
大人たちは、「儲けを独り占めするために教えないんだ」と気分を悪くしていたが、幹生は素直に信じて、マツタケとどんな話をするのかとか、他のいろんなキノコとも話せるのかとか、目を輝かせてあれこれ質問していた。
大叔父も、自分の話を信じてくれる幹生に気を良くして、猛毒キノコの話、中毒して幻覚を見る話、珍しいキノコの話など、どんどん話をした。
幹生がそんな大叔父に会えるのは、盆と暮れに母とともに帰省して、親戚一同が集まるときだけ。
信じていたのは子供の頃だけで、だんだんと信じなくなっていった……かと思いきや、大叔父の話は不思議にリアルなところがあって、知恵をつけるほど、ウソだと切り捨てられなくなっていった。
高校生の頃、ニセクロハツというキノコの毒成分を大叔父に教わった。大叔父は化学に詳しくなかったから、底が二重線になった正三角形の上に棒が出て、COOHと書かれた構造式を書いてくれただけで、意味は知らないらしかったが。
そして最近、「今まで謎だったニセクロハツの毒成分が判明した」というインターネットの記事を見ると、2-シクロプロペンカルボン酸、大叔父の書いた構造式の物質が発表されていた。
少し化学を勉強した今なら、この見るからに不安定そうな物質が、なかなか分析が難しそうなことも見当がついた。おそらく、分析装置に入る前にすぐ壊れて、分解したり他の物質になったりするのだろう。
なぜ、大叔父がそんなことを知っていたのか。まったくわからない。
となれば、キノコ本人から聞いた、という、大叔父の夢のような話を信じるしかない。
「……ま、みんなマツタケ欲しがるだけで、僕以外誰も話聞かなかったけど」
他の親戚はみんな、大叔父を少し変な人扱いしていて、話を取り合わなかった。
大学生になっても大叔父に懐いたままの幹生も、だんだん変人扱いされるようになった。
その結果が、大叔父の「遺産はすべて幹生に相続させる」という遺言と、大叔父がマツタケを山ほど採取していたはずの山で、誰も一本も発見できなかったという事実と、多分無価値だけどひょっとするとマツタケがあるかもしれない山の面倒を幹生に押し付けようという親戚一同の意向だ。
そして幹生が、ここにいる。
別に、幹生に不満はなかった。生活道具一式揃っているし、山中といっても原付バイクを十五分も走らせれば町に出られる。南の方の土地だから、豪雪などもない。
「あちきンとこ来てくれりゃ、松茸なんて珍しがンなくたって、いくらだって差し上げンのにね。やっきになって、たまたま生えるのを探しまわっちゃって」
レトロな雰囲気の言葉が、幹生に応じる。
幹生が顔を上げると、淡黄の地に褐色の不規則な柄が入った和服に身を包んだ女性の姿。
襟元や裾から松葉色の襦袢が覗き、また帯も同じ色。部屋の中なのに編笠を被っているが、顔を隠す被り方ではない。
着物と同じ色合いの髪をショートボブにして、それが少し丸顔なのによく似合う。
「ああ、かほりさん」
彼女は、赤松かほり。人の姿をとった、キノコの精霊のような存在だ。
「ぼっちゃんに初めてお目にかかった日にゃ、おじいさんの若いころにそっくりだと思ったもンだよ。よく似てらっしゃる」
「かほりさんたちが見える、ってとこが、一番似てるんだろうなあ」
この家にやってきて、キノコの娘たちと出会って、それで、大叔父の謎はすべて氷解した。
大叔父は、キノコ本人から話を聞いて、キノコを貰っていたのだ。
「ふふ。一本お召し上がりになる?」
言うとかほりさんは、手のひらに一本の、見事なマツタケを生やす。
「もちろん、いただきます」