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「ゆかり先輩の言ってた通り、すごくきれいな人でしたね」


 帰り道、葉桜になりつつある並木通りを先輩と二人で歩きながら、あたしは初対面の部員に対する感想を言った。ちなみに彼の人は、学校に迎えが来るとかなんとかで、一緒に電車で帰ることはないらしい。正直、ほっとした。……いや、嫌いなわけじゃないヨ。嫌いなわけじゃないけど、自分のことを嫌っている人と一緒に過ごすのは、結構な労力を求められるのだ。


「そうだね、明良はすごくきれいだよね。――本人は、嬉しくないみたいだけど」


 ゆかり先輩がぽつりとつぶやく。続けて、なんでだろうね、と。そんなことを聞かれても、あたし自身美人に生まれなかったからわからない。ただ、あたしの身近にいる天使のように美しい人は、その美貌を武器にやりたい放題やっているから、考え方は人それぞれなのではないか。


「それと、ごめんなさい」


 突如として謝られて、あたしは足を止める。特に謝罪されるようなことは、起こっていないと思うんだけど。


「何がですか?」

「明良が不快な態度をとったよね」


 驚いた。だって。


「気付いてたんですか」


 そんなそぶりは全くなく、てっきり、この人は能天気で場の状況を読むことができない種類の人間なのだと思っていた。端的に言えば、阿呆なのかと。


「うん、本当は明良の態度を注意するべきだった。けど、彼の性格と、なにより私の立場では、あまり強く言えないから。ああして気付かない振りするのが、精一杯だったの。ごめんなさい。嫌な思いをさせちゃった」

「気にしていないので、大丈夫ですよ」


 先輩はあたしのメンタルを心配しているようだけど、それは杞憂だ。あんな子供っぽい嫌味ごときで心を痛めているようでは、今まで生きてこれなかったし。


 そんなことよりも、気になったのは彼女の言葉。明良先輩の性格もゆかり先輩の立場も、新参者のあたしにはよくわからない。ただ、その言葉を掘り下げるなら、振る舞い方を気にしなければいけないほどには、二人の間に距離があるということになる。あんなにお互いに大切にしあっているように見えたのに。


「お二人は付き合っているんじゃないんですか」

「まさか。違うよ」


 即答。突拍子もないことを、という様子でゆかり先輩が笑う。でも、どう見たって明良先輩はあたしを牽制していた。恋人関係ではないのに、普通そんなことをするだろうか。あの人の目に宿った薄暗い光は、ぞっとするほど粘着質だった。


 だから、あたしはなおも食い下がって、問うた。


「じゃあ、先輩は、明良先輩のことをどう思っているんですか」



       §



 あのいけすかない一年生と対面してから、一週間が経った。修学旅行の興奮もほどほどに醒めてきて、教室には普段通りの空気が流れつつある。そんな中で、俺は、表面的には萩月七緒と仲良くするよう、努めるようになった。理由は簡単。ゆかりが新入部員のことをいたく気に入っているようだったから。部室に行けば挨拶はされるし、俺だってし返す。その程度だが、初日のように嫌味の応酬をすることはなくなった。完璧に良好な先輩後輩関係だろう……表面的には。


 では内心はどうかと問われれば、不愉快の一言に尽きた。あの小娘が入って来てから、ゆかりと俺の二人だけの空間には常にあいつが介在するのだ。消えてほしいと思って当然だ。その上、掃除場所が近いとかで、ゆかりたちはほとんど毎日、同時に部室へやってきた。俺のゆかり。俺だけのゆかり。そのはずなのに、二人は部活中も延々と話していて、俺は一人蚊帳の外になっている。


 わかっている。ゆかりがあの一年生と仲良くしたがるのも、ある意味では仕方がないことなのだ。高校二年生の秋から半年、ゆかりの周りには恋人である俺しかいなかった。それを彼女が不満に思っているなどとは考えていないが、多少なりとも刺激がほしいのもまた事実。同性同士で話に花を咲かせていれば、男である俺がしゃしゃり出ることも躊躇われる。ゆかりが望んでいることを、俺はできる限り叶えたいのだから。


「ゆかり先輩、私の数学の先生って、去年先輩が受けてた先生なんですよ」

「先輩はなんの委員会に入ったんですか」

「あたし、芸術科目は美術を選択したんですよ。ゆかり先輩が一年生の時は何を選択しましたか」


 五月蠅い女。邪魔な女。迷惑な女。


 しかし、いつかのようにゆかりを周囲から引きはがそうとは思わない。だって、彼女は約束したのだ。


『明良。私、いつか旅行で行ってみたいな。』

『その時は明良が案内してくれる?』


 それが、何を意味するか。どんなことを指しているのか、わからないとは言わせない。


 卒業したら、ゆかりはこの辺りでは名高い高校を出たことになる。中学まではありえなかった俺たち二人が歩く将来も、証書を授与したその瞬間から、現実めいたものになる。あと、たった一年。それさえ我慢すれば、ゆかりと一生一緒にいることができるのだ。いつか旅行で行きたいのなら、籍をうつした後にでも――こそばゆい響きだが、新婚旅行の際にでも、好きなだけ連れて行ってやろう。ゆかりが望むことは何でも叶えてあげたい。今あまり自由にさせてあげられないからこそ、なおそう思う。


 俺だけが、ゆかりと共にいる権利があるのだ。こんな女の些細な妨害なんて、俺が気にするほどの価値はない。



       §



「先輩は、明良先輩のことをどう思っているんですか」


 七緒ちゃんにそう問われてから、早数日。葉桜は完全に葉っぱだけになってしまい、華やかだった桃色の小花はもうどこにも名残を見せない。それなのに、私はあの時の答えが、いまだに出せないままでいた。


 ちなみに、私と明良は当然のことながら、恋人関係には置かれていない。それについては断言できる。彼から「付き合ってほしい」などという告白めいた言葉は勿論、好きだの一言さえも言われたことがないのだから。……何よりも大切だとか、私だけがいればいいとかいう、そういった曖昧な言葉なら、聞かなかったこともないけれども。


 でも、「どう思っているか」と問われると、私は答えに窮してしまう。無論、私は明良が大切だ。彼がいなければ私は何もできないし、私の世界の大部分は彼でできているのだから。幸いなことに、明良も同じ気持ちだと言ってくれている。それは、本当に幸せなことだ。


 ――では、私は明良のことをどう思っているのだろう。男女間の中で成立するような、「好き」という感情を、彼に抱いているのだろうか。


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