表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/14

12

 驚いて声が出ない。


 なぜ、ここにゆかりが。だって、萩月七緒は。


「七緒ちゃんは軽い脳震盪だって。そう酷い怪我はなかったみたい。保健室の先生が、一応お家に連絡を入れてくれたの」


 俺の表情を読んだのだろう。ゆかりが後輩の状態について説明する。そうか、と少しだけ安心するが、もっと大きな疑問には触れられなかった。


 意を決して口を開く。


「なんで、ここに」

「七緒ちゃんから『ひどい言葉を言ってすみませんでした』って、伝言を頼まれたから」


 萩月七緒が、なぜ? わからない。状況が読めない。伝言?


「あとね」


 その声に、情けないが肩がビクッと跳ねあがる。心臓が大きな音を立てた。足が震えそうになる。


「私も、明良に伝えたいことがあって」


 やめてくれ。お前の口から直接否定されたら、俺はもう生きていけない。やめて。


「明良。私、ずっと明良のことは友達だと思ってたの」


 手が震える。やはり、俺が一人で調子のいいことを考えていただけだったのだ。愚かだ。ゆかりをそう評した俺が、一番馬鹿だった。


「でも、色々あって、思ったのよ」


 それ以上言わないでくれ。


 お願いだから。


 お願いだから。


 ゆかりが息を吸う。一拍の間。無限にも感じる、一拍。


 そして。


「私、明良を愛してるわ」


「……え」


 今、何と言ったのか。


「私、明良のことが好き。一人の人として好きよ」


 信じられない。友達だって、付き合っていないと思っていたって、そう聞いたのだ。今も言っていたじゃないか。信じない。そんなの。


「嘘だ!」


 俺を馬鹿にしているのだろう。もうそんな戯言を聞きたくない。大声で否定した俺に、ゆかりは瞠目する。


「俺のことを馬鹿にしているのか? 今まで一人勘違いをしていたのが可哀想になったのか」


「ちが……」


「俺も馬鹿だよな、ゆかりは誰に対しても優しいんだ。それを、まるで特別なことのように思っていた。誰も俺のことなんて好きにならない。何の美点もない、ただ傲慢な俺なんて」


「違う! 明良、聞いて!」


 初めてゆかりの大声を聞くが、そんなことに怯んでいる余裕はなかった。なおも言い募る。


「一人の人として好きっていうのは、友達として、ってことなんだろう? 一緒にいて苦じゃない、そんな程度の――」


 悲しそうなゆかりの目が、俺に注がれる。そして、意を決したような表情になって。


「明良」


 瞬間。


 肌色のものが、目の前に寄る。


 ふわりとした感触が、唇に当った。


 暖かい風が、口を撫ぜる。


「私は、明良を愛してる」


 ……キス、した。ゆかりが、俺に。感情を強く表さない、あのゆかりが。


 近すぎて見えない顔に、問う。


「なんで……」


「明良が好きだからだよ。友達なんかじゃなくて、男の人として」


 足に力が入らない。ぺたん、と地面にしゃがみ込む俺を、ゆかりがそっと抱きしめる。


「だって、俺は、萩月さんを。それに、」


 ゆかりの顔が見えない。近すぎて、と再び思えば、頬に何かが伝う感触がした。


「俺……」


 涙を見られないように、ゆかりの肩を抱き寄せる。手の震えは収まらない。小刻みに揺れる俺の肩が、そっと撫でられた。少し勇気が出る。


「俺は……」

「うん」


「顔しか取り柄がなくて」

「うん」


「だから、初めて性格を褒めてくれた、ゆかりを……」

「うん」


「ゆかりに、傍にいてほしくて」

「うん」


「二人っきりで、過ごしたくて。だから、萩月さんが邪魔で」

「うん」


「邪険に扱ったりして。それでも、ゆかりが俺を見てくれなかったら、俺は」

「……うん」


「何にもなくなる。そうしたら、ゆかりにしてたことが、全部――」


 引き寄せる力を強くする。ゆかりの肩は湿っぽくなっていて、泣いているのは気付かれているだろう。だが、もうそんなのはどうでもよくなっていた。ゆかりがいなくなりさえしなければ、どんな無様な格好だっていい。


「ゆかり、ごめん、ごめん。本当に……」

「いいの、明良」


 ゆかりが、俺の耳元で囁く。いつもと変わらない、優しい声で。


「いいの。私は、そういうところも全部含めて、明良が好きだよ」


 好き。


 そっと腕が解かれる。俺もそれに倣って力を抜き、二人で向き合う。


「目が真っ赤だね」


 ゆかりが小さく笑う。今までに見た笑顔の中で、一番穏やかで、一番優しくて、一番きれいで、一番ゆかりらしいものだった。


「ゆかり、俺は」


 今まで、ずっとゆかりのこんな表情を殺していたのかと、罪悪感で一杯になるけれど。それでも、ゆかりが赦してくれるのなら、俺は。


「ゆかりのことが、好きだよ」


 そうして、ゆかりの唇に、自分のそれを重ね合わせた。一瞬接しただけ。それでも、自分の中に何か温かいものが満ちるのを感じる。


「何よりも、誰よりもゆかりが好きだ。だから」


 気が早いかもしれない。引かれるかもしれない。この先も問題がたくさんあるだろう。好きと言う気持ちただそれだけでは、乗り越えられない壁にぶち当たるかもしれない。それでも。


「俺と、ずっと一緒にいてほしいんだ」


 きょとん、としたゆかりの顔。けれどそれはすぐに崩れて。


「はい」


 飛び切りの笑顔を俺に向けてくれる。


 それだけで、俺は未来に進める気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ