学内で一番古い校舎の3階。さらにその最奥に位置するのが、俺たちの部室である美術室だ。有名私立ならではの煌びやかな日常世界から離脱したこの空間は、お世辞にも整った環境とは言いにくい。それでも、いや、だからこそ、ここは俺たちの楽園として存在していた。俺たちだけの楽園。俺と、ゆかりだけの。
立てつけの悪い扉を開けながら、薄暗い部室に向かって、俺は愛しい彼女の名前を呼んだ。
「ゆかり」
するとすぐに、黒髪の少女――ゆかりが驚いた顔で駆け寄ってくる。
「明良、今日は来ないと思っていたのに」
「どうしても今日会いたかったから。ただいま」
「おかえりなさい」
まるで新妻のようなゆかりの言葉に、俺は口元が綻ぶのを抑えられなかった。愛しい、愛しい、ゆかり。かつて俺が夢見た幸せが、今目の前にある。これ以上の願いなんて何もない。俺にはゆかりさえいればいいのだから。
けれど。
「あれ、男の人ですか?」
ひょっこりと机の合間から顔を覗かせた女生徒によって、唐突に楽園は崩される。
「じゃあ、この人がもう一人の――。
明良先輩ですね、おかえりなさい」
そう言って、無垢な笑顔を浮かべつつ、彼女はペコリと頭を下げた。
「初めまして、よろしくお願いします」
……誰だ、この女。
前作、前々作ではお世話になりました。皆様の評価・感想・お気に入り登録など、すべてが大変な励みとなり、ようやく「のけ者」を書くことができました。本当に本当にありがとうございます。
中編予定ですが、どうか楽しんでいただけたら幸いです!
※また、今話は内容が短いため、同時に次話も投稿しています。