コピーロボット
私は、小さい頃から人の真似をするのが好きだった。
例えば、お母さんが毎日ご飯を作っているのを見て、駄々をこねておままごとセットを買ってもらったり。
お父さんがいつもテレビの前であぐらをかいているのを見て、私も同じようにあぐらをかいてお母さんに怒られたり。
3つ年上のお姉ちゃんが大好きだった魔法使いの女の子のアニメを、私も好きになったり・・・
それは、中学に入っても、高校に入っても変わることは無かった。
私は、たくさんの友人のたくさんの情報をコピーしていった。
都合よくコピーしていくことで、あたりさわりのない付き合いを続ける生活。
私は、そんな自分が…ずっと嫌いだった。
そんな私も大学に入り、素敵な彼氏ができた。
彼は一つ年上のサークルの先輩で、色黒な肌に、にかっと笑うと出てくる…こぼれるような白い歯に、恋に落ちた。
初めて二人で過ごした夜明けはまるで夢の中のようで、その黒い肌にじかに触れて抱きしめられ、至福のときを感じていた。
私は、彼のすべてを好きになろうと努力をした。
彼が好きなものは、なんでも好きになった。
乗るだけで吐き気がする車も、がんばって免許を取った。
彼が「あれいいね」って言っていた化粧をするようにした。
彼が毎日聞いている音楽を、私も買って毎日聞いた。
彼が吸っているのと同じ煙草を、私も吸うようになった。
そして、彼がそうしてほしいと望むなら、どんな淫らなこともいとわなかった。
私は、彼の…彼だけのコピーロボットになった。
1年経ったある日、いつものようにファミリーレストランで夕食を食べたあと、
私と彼はいつもと違う場所に来ていた。
夏の日の、静かな夜。静かな場所に。
「別れよう」
それまで落ち着かない様子だった彼が、最初に口を開いて出した言葉がそれだった。
私にはなにもわからなかった。どうしてなのか、なにがあったのか、なにを言われたのか…
なに一つわからなかった。
「…どういうこと?」
ようやく私の口から出た言葉に、彼は少しだけうろたえたあと、こう答えた。
「うまくいえないけど…なんだか、お互いにとって良くないと思うんだ」
たどたどしい口調で彼が言うには、私と付き合っていても、なんの刺激もないらしい。
私を傷つけないようにやさしい口調で話していたが、言っていることはそれだけだった。
それはそのとおりだ。
なぜなら私は、彼のコピーロボットなのだから。
私は、彼の望むように創られたロボットなのだから。
刺激を与えようにも、私にはそれがどうすればいいのかわからない。
私はただ、黙ってうなずくことしかできなかった。
涙が、自然とこぼれてきた。
数日後、彼が別の女性と学校内を歩いている姿を見かけた。
一緒に歩いているのは、一つ下の新入生。
自由奔放でわがままだけど、学内でも有名な美少女だった。
私にはないものをすべて持っている子だった。
彼女は、オリジナルだった。
コピーしか出来ない私には、決して勝てない相手だった。
私は、コピーする相手を失った。
それからしばらくは、彼のことを思い出そうとすると、とても悲しい気持ちになった。
胸がはちきれそうで、気が狂いそうで、どうしようもなかった。
私の中には、コピーした彼がいっぱいだった。
なにをするにしても、どんなことをしようとしても、そこには彼のコピーがあった。
なにかしようとすると、コピーと共にあふれてくる彼の記憶。
思い出したくない、過去の記憶。
だから私は、彼からコピーしたものを封印することにした。
だけど、私の中は、彼からコピーしたものでいっぱいだった。
マールボロ ライト メンソール。
ワン・ダイレクション。
フランス映画。
小さな子猫。
道端の花。
いわし雲。
そして……………。
私は、なにもすることができなくなってしまった。
私は、ただの壊れた人形になった。
やがて私は20歳になり、成人の日を迎えた。
中学時代のなつかしい仲間たちが集まる同窓会が催された。
まだ壊れたままだった私も、なんとなく参加することにした。
ビシッとしたスーツに身を肩笑めた男の子や、晴れ着で着飾った女の子達が集う飲み屋の会場で、私はずっと壊れたまま、ひとりでお酒を飲んでいた。
周りではしゃぐ同級生達の姿を見ていると、忘れかけていた中学時代の思い出が、いくつか浮かんでは消えていった。
「どうしたの?元気ないじゃん?」
ふと気が付くと、私の隣には中学時代に仲の良かった親友が座っていた。
彼女と会うのはずいぶんと久しぶりだったが、とても綺麗になっていた。
中学時代、私が一番コピーした相手。
その髪型や、言動、そして趣味の切手集めも。
「実は、彼氏と別れてね…」
すこしためらったあとにそう口を開くと、あとはまるで堤防が壊れたかのように、いろいろなことをしゃべってしまった。
酔いも手伝ってか、ずっと心の奥にしまいこんでいた苦しみを、全部吐き出した。
気が付くと、彼女はうんうんとうなずきながら、じっと私の眼をみつめていた。
そして、彼女も、まるで呪いが解けたかのように、いろいろなことを話してくれた。
彼女も、最近彼と別れたばかりだと言った。
そして、私と同じように、思い出に苦しめられていると。
「でもね…」
彼女は手に持ったお酒のグラスを揺らしながら、その中の氷を見つめていた。
しかし、本当に見ているのは氷などではないことは、私にもよくわかっていた。
「私、付き合っていたこと、後悔したくないんだ。
だから、たとえ辛い思い出だったとしても、その中でこれから先の人生で生かせるものがあるのであれば、それを糧にしたいと思ってるの」
この子は強いな、と私は思った。
私にはそんなこと絶対に言えない。
なぜなら、コピーすることでしか生きることができないコピーロボットだから。
こんなにも強い心を持った子だから、私も中学のときにたくさんコピーしたのだ。
だけど……
その心の強さまでは、コピーすることはできなかった。
所詮、私は壊れた人形なのだから。
そのとき、彼女が不思議なことを言った。
「あなたが飲んでいるお酒、おいしそうだね。それ、なんて言うの?」
私は意表をつかれながらも、自分が手に持っているカクテルの名前を答えた。
「へぇ、あなたそんなの知ってるなんてすごいね」
このカクテルは、大学の友人が好んで飲んでいるのをコピーしたものだった。
名前からは連想できないほど、飲み味の優しいカクテルだ。
このカクテルには、元彼の想い出がないので、抵抗感なく注文することができたのだ。
色々な人から、たくさんコピーしてきたもののうちの一つだった。
「いいなぁ、私も飲もうかな、それ」
彼女がカクテルを注文すると、バーテンダーが様々な材料をシェイクして、私と同じ飲み物を作り上げていった。
お酒と材料が混ざり合い、産み出す不思議な力。
そのとき、私はあることに気付いた。
カラン、と、手に持ったグラスの中の氷が混ざり合う音が響いた。
「これは…私だ」
私もカクテルと同じだった。
いろいろな材料が混ざり合って、出来上がった存在。
あらゆるものをコピーして、ひとつの人格となった存在。
だけど、それは元にあった材料やお酒ではなく、「カクテル」という名を新しくもらった、まったく違うものであった。
そして、私も。
さまざまなものをコピーして、私のなかに取り込んでいった存在なのだ。
ひとつひとつはコピーかもしれない。
だけれど、交じり合うことで、まったく違う存在となっている。
私が選んで、おいしくシェイクした、オリジナルのカクテル。
それが、「私」なのだ。
「これ、おいしいね」
彼女が笑いながら、私からコピーしたカクテルをゆっくりと飲み干した。
もしかしたら彼女は、そのカクテルを飲むたびに、私のことを思い出すかもしれない。
それは、私が…彼女にコピーされたことを意味していた。
彼女にとっては、私がオリジナルとなるのだ。
そうなればいいなと思いながら、私はアルコール分を含んだ吐息をゆっくりと吐き出した。
私の中に、新しいなにかが生まれた瞬間だった。
私は、コピーロボット。
自分の意志を持った、コピーロボット。