第三話 仲間 2
しばらくレイが皆に語っていると、背後で扉の開く音がした。マスターがニコニコしたままそちらを見て、一瞬に顔が強張る。
「伏せろっ」
その声で、四人は一斉に椅子から降りて各机の下に転がり込んだ。アルシャルは椎羅を抱えて、シアンはマスターと一緒に机下に。慌ててレイが、机を蹴ってバリケードを作る。と、次の瞬間、五人がいた場所に爆音が響いた。どうやら敵であるらしい。武器は恐らく爆薬と何かだろう。
コートから銃を取り出し、狙いを定めようと机から身を乗り出す。だが、それより速く数本のナイフが、シアンがいるであろう机から飛び出した。二本のナイフが、敵の爆薬を持っている左手と右足に、突き刺さる。突き刺さった左手と右足からは、真っ赤な血が吹き出し、壁を汚す。
「……っ!?」
短い悲鳴が部屋に響いた。続けて、椎羅を抱えて机下に潜んだアルシャルが、いつの間にか槍を手に持って敵に突っかかっていき、そのまま槍の切っ先を、敵であろう人物に突き出した。
「無駄な抵抗は止めておけ。このまま首を貫くぞ」
外見とは打って変ったような低い声音でアルシャルは囁く。相手は、パーカーのついた服を着ている、顔を除けばどこにでもいそうな人物であった。しかし、顔立ちはまだ幼い様である。見た目は17・18といった所だろう。しかし、その口から発せられる声は、見事な成人男性によるものであった。
「ボルト、か?」
「さてね。お前はどこの者だ?返答しだいでお前を殺すぞ」
アルシャルは優しく微笑みながらもそう呟く。これは、アルシャルの得意とするものであった。笑顔という凶器を身につけ、相手が自白するまでその凶器で問い詰め続ける。それがアルシャル・モーナット。コード名は、「ボルト」。槍を突くスピードが速く、また、動きも素早い為、この名を与えられたことが由来であるそうだ。
「けっ。……こんなチビに」
「うっせー!!手前は牛乳が飲めるってか?飲めんのか!?」
勝手に反応して反発するレイに、男は一瞥をくれてやるだけで、またすぐアルシャルに向き直る。
「真面目に答えろ。返答次第では殺すと言った筈だが」
槍の切っ先を、首に食い込ませる。それだけで男は押し黙り、そっぽを向く。アルシャルは、無言で刃先を手の甲に目指して、突き刺した。男が痛みに顔を歪めるが、アルシャルは、ただそれを冷ややかに見下ろすだけで、一歩も動じない。
「次は手首だ。早く言わないと首に到達するぞ」
不意にその言葉を耳にしたレイは、気持ちが沈むのを感じた。いつの間にか、虫も殺せなかったこいつまでもが、犯罪者となってしまっていたことを、今更ながらに感じる。あの、気持ちが優しく、人を傷つけることを誰よりも恐れていた子供は、もうそこにはいない事を、先程の言葉が語っていた。
「わ……分かった。……オリオン。オリオンの組織に属する末端だ」
「オリオンだと!?」
マスターが声を荒げて、男の顔を凝視する。「どうした、マスター」とシアンは敢えて「親父」とは呼ばずにそう聞く。マスターは、その事にも気付いていないのか、少し青ざめた顔で呟いた。
「最も俺たちの組織に近い、大規模な組織だ」
「へぇ。で?そこの構成員が何の用だ」
シアンは、思わず背筋がぞくりとする程の冷たさを瞳に湛え、男を見る。
「お前たちを、消すように……」
すると、今までアルシャルの横で寝ていた椎羅が、目を覚まして辺りを見渡した。あまり、状況が把握できていないらしい。気の抜けた大あくびをして、目を擦る。
「……騒がしい朝だなぁ。ん?こいつ何?」
今だ寝呆けなまこの椎羅に、レイは横目でみやり呟く。
「オリオンに属する末端の構成員」
「は?敵?」
「まぁ、俺たちを殺そうとしたんだからそうなるか」
「見くびられたもんだな、レイ」
椎羅は、まだ幼さが残っている笑顔を、男に向ける。が、その笑顔には、どこか暗いものを感じさせた。
「で、どーすんだ?」
「店の外に出よう。外の空気が吸いたい」
レイは、そう言うと男の両腕を後ろに回させて、立つように促す。そうして彼らはマスターを店に残して外へと出た。
店は、人気のない裏路地にある為、店から出てもあまり明るくはない。不安の色を隠せない男は、後ろにいるレイを目だけで見る。
「で、俺をどうするつもりだ」
「別に。あんたの手伝いをするだけだよ」
「?何の」
レイは、着ているコートから銃を取り出し、男の背に銃口を押し当てた。
「輪廻転生の、な」
パスッと間抜けな音がし、男の胸からどす黒い血が噴射する。消音銃である為、あまり周囲には気付かれない。そのままレイは、男を突き倒し、地面に倒す。そして、あたかも自殺であるように見せかけ、片方の手に消音銃を持たせた。
「さて」
一同は、足早にその場を去ると、当てのない散歩をする。
「しっかし……レイ。お前って輪廻転生とか信じる性質かよ?」
「そういう椎羅はどうなんだ」
「オレァ、信じないね。きりがねぇしな、そんな事考えても」
「僕も信じないな。ていうか考えたことがなかった」
「シアンは?」
「……そういうのはただの概念だ。信じる信じないは人による。ま、結局、どっちだっていいだろ。そんなもん」
「ちっ。つれねーのな、シアン」
「深く考えすぎなんだよ、お前は。昔から」
「あー、そうそう!単純な計算式でもややこしい数字使ってたりしてたよなー!」
「なっ!?椎羅だって漢字練習のとき、間違えた漢字のまま練習して、居残りさせられてただろーがっ」
「何だとコラァ!!」
いつの間にやら彼らは、土手の近くまで来ていた。椎羅はどこからともなく包丁を取り出すと、ゆっくりとレイに歩み寄る。
「小便は済ませたか?神様にお祈りは?醜く震えて命乞いをする心の準備はOK!?」
「え……ちょっ……」
「ぶっ殺しオッケーェエエエエ!!」
「ひっ……ぃああああ!止めっ、危なっ!」
包丁が飛び交う音と、悲鳴がその場を支配する。土手から走り去るレイを、椎羅は笑顔で追いかけていく。その後を、アルシャルとシアンは顔を見合わせながら追っていった。
えー、最近受験という名の怪物が迫ってきているので、投稿が遅れがちになると思います。ご理解願いたいと思います。