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ビー玉に語ること

 そこは全面ガラスの窓で外との隔たりを作り、中央に何の変哲も無いただの机と椅子が存在する部屋だった。それと外を繋げているのは、何の装飾も施されていない質素な扉と、その真正面にある大きな窓だけだ。その大きなガラス窓に、男の姿が映っていた。

 艶のある黒髪を襟足まで伸ばし、口元には薄っすらとした笑みがある。目つきは悪く、その姿はどこか子供じみていた。それに平均の男性より幾分か背が低いことが、さらに子供っぽさを強調していた。

 恐らく初めて会う人はその男を大人だとは気づかないだろう。無愛想な子供が、そのまま成長した。そんな感じである。だから、最初は誰一人として男がこの組織の首領だとは思わなかった。しかし、その男には威厳が備わっていて、親しさよりも寧ろ敬遠さを感じさせる印象を持たせる。何よりも、実力や人徳がそれを証明していた。

 不意に男の背後の扉から、ノックの音がする。するとその男は、新しい玩具を待ちかねていた子供のように勢いよく振り返った。

「失礼します」

 外から、二人の男が入ってきた。前に居る男は左目に傷を負っていて、生々しい切り傷がそのまま残っている。しかし、態度は見た目以上に落ち着いていて、非常に大人びていた。

 この大人びた男は、今までこの組織で新人を指導する役目を負っていた所為せいか、疑り深いそいつの信頼を得ている、数少ない者の一人である。

 一方で後ろに控えている背の高い男は、前にいる男とは対照的に、視線を彷徨わせてどこか落ち着きが無い。動作も初々しく、ぎこちなかった。まるで気の弱い熊のようだ。

 男がそのぎこちない奴に目を止めて、鋭い目つきで睨みあげる。するとその視線に気がついた熊のような男は、小さく息を呑んで身体を強張らせた。男はそのまま熊を見る。熊が怯えているのは一目瞭然だった。やがてその男はつまらなくなったのか、前に居る男に視線を戻す。

「ボスに報告致します。……任務番号7814は成功。サンプルのデータを回収。ともにオリオンと接触しました」

「そうか」

「……あれもまだ気付きはしない。が、厳重な警戒にあたれ」

 すると、前に居る男が半ば安堵するような表情になった。かつての教え子が標的となるのは気が引けたのだろう。しかし男が「了解」と続けようとすると、その男は一気に宣告した。

「再びオリオンと接触するようなことがあれば、消せ」

 後ろの男がびくりと身体を震わせ、前に居る男は息を呑んだ。慌てて取り成すように口を挟む。

「……お言葉ですが、あれにはまだ利用価値があります。もう少しお考えになられた方がよろしいか、と」

 すると、滅多に笑みを浮かべることの無いその男は、またいつもの調子の無愛想な顔になり、じっと目の前の男を凝視した。そいつはいつも分からない事に遭遇すると、決まってその分からないものを見つめる。そして、男は考える。何故、そうなるのか。原因を突き止めようとする。どこで、自分と考えを違えたのかを。

「スクラッチ」

 前に居る男の名前が呼ばれ、男がそれに返事をする。そうして、男の目を見ながらとうとうと話しかけた。

「お前はあれを何だと考えている?」

「……と、申しますと」

「あれは俺の息子だ。たとえ、別の人格があろうとも、誇りだとも思っている」

「それが、……何故?」

「奴の力の限界を知りたい」

「力の……?」

 そいつは小さく頷き、窓の方へと歩み寄る。最早二人の男などそいつの眼中には無かった。

「俺は不死身というわけじゃない。それは奴も同じ事。ならば、俺は奴のそれを引き出してやりたい。もう既に動力も用意してやった。後は奴の力を引き出せばいい」

「つまり、ハーフムーンは強者だと」

 スクラッチがそう言うと、その男はそのままの姿勢で一人呟き続ける。完全に自分だけの世界にこもっていた。スクラッチが訝しげにボスを見る。

「奴は強い。しかし、今のままでは弱いまま。道を用意してやらねば。奴は……人に近づきすぎるから、弱い。俺を楽しませてくれるのは、奴だけだ。いつか奴は俺の前に現れる。その為にも強くさせなければ……」

 スクラッチは後ろに居る男と視線を交わし、部屋を出るように促した。スクラッチは知っていたのだ。これは、ボスが部下を眼中に入れていないという、合図であることを。

 最初はスクラッチも最後まで残って聞いていたが、何時間とした後になって初めて声がかかっただけだ。それ以後、スクラッチはこうなった時は退室するようになった。別にそのことでボスは責めたりなどしなかったし、追及することも無かった。

 部屋に扉が閉まる音が響く。しかし、部下が出て行った後も、その男は呟いていた。

「なぁ、シェア。お前もそう思うだろ?」

 机の上に置いてあるビー玉を持ち上げて、月の光にかざす。淡い藍色をしたビー玉は、その身に月の光を宿し、仄暗い室内に光を入れた。そのビー玉は彼の妻から贈られてきた物だった。彼女と同じ瞳の色のビー玉を、慈しむようにそっとその輪郭をなぞる。

「まだこっちにも楽しませてくれそうな奴がいるんだ。もう少し待っていてくれ」

 そう呟いてからゆっくりと机に歩み寄り、写真の隣に置く。かつてシェアと家族で撮った写真だ。シェアは椅子に腰掛けて小さな男の子を抱いている。一方で男は少し困った顔で、小さな男の子とそっくりな女の子を抱いていた。

 あの事件が起きるまで、俺たちは幸せだった。そいつがそう思った途端、部屋に着信音が響いた。この着信音はあまり聞いたことが無い。通話ボタンを押す。

「何だ」

「ボス……いや、カリラ」

「ほぅ。我らの縁の下、我が弟のロウ、か」

「……ハーフムーンに緊急措置をとった、というのは本当か?」

「俺は嘘を吐かない」

「……そうだったな」

「案ずるな。お前はバーの手入れをしていればいい」

「ならばそうしよう。だが、カリラ」

「ん?」

「あまり行き過ぎるな」

 カリラの口元に自然と笑みが張り付く。

「お前はなんら変わりはしないな。俺はこんなにも変わってしまったというのに……面白いほど変わっていない」

 弟は昔から後ろでそいつのすることを眺めては口出しをしていた。それなのに止めようとはしない。本当に見ているだけだった。こいつは兄とは反対の道を歩みつつ、なおかつまとわりついてきた。臆病者だ、と罵っても平気な顔をして付いてくる。決して遠ざかろうとしない。そんな弟の考えていることは、カリラにはいつも分からなかった。カリラよりもよっぽど大人に近かったからだ。

 だから余計に弟が嫌いだった。弟がまともにこの男を兄と呼ぶ事が無かったこともある。腹いせに嘲るように話しかける。

「クク……出しゃばる気か?」

「そんなつもりじゃない。思ったことを言っただけだ」

「口は災いの元だと言うよな」

「言わなければ気がつかないだろう?」

「……今更後悔しても、遅いぜ?」

 そう言い放ってから電話を切った。カリラは苛立ち紛れに電話機を床に叩きつける。子供が気に食わないとき物に当たるように、カリラもそうした。それでも腹立たしいのを堪えきれない。

 ふと机の上にたたずんでいるビー玉に目がいった。カリラはそっと持ち上げ、じっと見つめる。そして今度は何も言わずに、そのまま握り締めた。

「あと、もう少しだ……」

 全てが変わってしまったあの時の償いが出来る日は、もうすぐそこまで来ている。今更引き返すことは出来ない。何が何でもやらなければならなかった。誰にも邪魔はさせない。

 

息子を殺さなければ、償いは果せないのだ。



――――全てはシェアのために。



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