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第六話 予測不能なもの

 あれから数日が過ぎ、仲間たちはそれぞれ次の仕事場に戻っていった。シアンは東の内乱が勃発ぼっぱつしている地域に、椎羅は西の荒地へと向かった。アルシャルは彼女のいる故郷に。これで当分会うことはないだろう。最後まで残ったアルシャルを空港まで送り、アパートに戻る。

 部屋の鍵を開け、扉を開けた。何だか数日前の出来事は全て夢だったような気がしてならない。ようやく家の中に静寂が訪れる。

「さて、と」

 仕事で使うコートを羽織り、テレビの前に座った。今、外では地デジハイビジョンとやらが流行っているらしい。だが流行に敏感というわけではないので、今あるテレビは地上デジタルに未対応なテレビである。 そのテレビのチャンネルを適当に回し、とあるニュースが目に飛び込んできた。

 ニュースの内容は今日の午後一時に起こった事件のことらしい。事件といっても自分より少し年上の女の子が近場のコンビニで万引きをするという軽いものだった。その容疑者は現在逃走中で、未だに捕まっていないらしい。

「ま、ここも似たようなもんか」

 一人そう呟いて、大きな欠伸をする。傍から見れば寂しい奴のように思われるだろうが、別にさほど気にすることではない。

「眠ぃ……」

 窓からは、冬とは思えない陽気な光が差し込んで、眠気を誘ってくる。テレビを消してうとうとと気持ちよさげに眠っていると、突然アパートの外で轟音ごうおんがした。驚いて起き上がり、窓を開ける。

 見ると、女の子がアパートの柱にぶつかってのびていた。外見から判断すると、少し年上のようだ。茶色に染まったショートカットに、短いスカートから日焼けした足が覗いている。いかにも現代っ子と思わせる出で立ちであったが、幾分か顔が幼い。前髪を上に縛っている。

 珍しいこともあるものだ。そう思って窓を閉めようとする。と、その時、その女の子と目が合った。嫌な予感がする。

「あ。すみませーん。あけち荘ってここっすかー?」

「いや、よく聞こえません」

 そう言い返して、さっさと窓を閉める。ああいうのとはあまり関わりにならない方がいい。馬が合わないだろうし、面倒だ。しかし、尚も女の子は問いかけてくる。

「すみませーん!!」

 しばらく黙っていたが、出て行くまであの女の子はずっとこの調子だろう。しつこいというか、近所迷惑というか。

 面倒くさそうに頭を掻き、若干の怒りを込めて窓を開ける。そして次の瞬間に全ての動作が止まった。

 目の前で女の子が、いかにも不法侵入しそうな出で立ちで立っている。手にはピッキング用の針金やら鉤爪などがあった。もし警察がここにいたなら、即現行犯で逮捕されるだろう。女の子が窓を開けた音を耳にしてゆっくりと顔を上げる。

「あ、いた」

「な……。何して」

「いや~、いるならいるって言ってくださいよ、もぅ」

「な、なな何だ何だ何だあんた! 立派な犯罪だぞ、それ」

「ふぅん」

「ふぅん、じゃねーよ。大体」

「案外細かいんすね? ……チビなのに」

 その一言で頭の中で何かがブツリと切れる音がした。もう他人だからと言って容赦はしない。

「どういう意味だコラ! つか見た目で判断すんな!!」

「だからチビなんだ」

「手前ぇ、カリカリに炒めんぞ!!」

「うわ、子供~。炒められるんすかぁ? そんな小さいなりでぇ」

「いい加減にしろ! 警察呼ぶぞコラァ!!」

「マジありえませんね。そのシチュエーション。ありえなくね?」

「どう見ても普通だろうが!」

「これでもっすか?」

 女の子はそう言って、着ている上着に手を突っ込む。すかさず反射的にズボンのポケットからジャックナイフを取り出した。ためらうことなく女の子の眉間に向ける。

 別に銃でもよかったが、いきなりそれを出しても、命中率が低かったりして外したりでもすれば問題になる。接近戦にはこういったナイフなどが丁度いい。

 第一、今は真昼間である。今ごろはどこぞの会社員や一般市民はお茶をしている時間帯だ。そんな中銃声がすれば、たちまちの内にこの部屋が怪しまれてしまう。

「おりょ?」

「どっかでチンケな犯罪でもしたんだろうが。両手をゆっくりと上げろ。ついでにその手に持っている銃も捨てな」

「何か刑事みたいっすね。かっこいー」

「しらばっくれんな。万引き犯としてでかでかと顔を映し出されてたよ。その間抜け顔」

「…………」

 女の子は渋々といった様子で銃を地面に放る。それを見てすかさず足で銃を引き寄せた。いつ、どこで何が起きるか分かったものではない。念には念を入れておかなければ。

「さて、と。用件は? まさか何も無しにここへ来たということも無いだろ?」

「知りませんねぇ」

「見当はつくけどな。大方でかい所から雇われてきたか、殺しに来たか」

「は~ずれっ! 偵察程度っす」

「……随分と楽しんでるみたいだが」

「あんたにあたしは殺せませんからね~っだ」

「……甘く見られたもんだ、俺も」

 そう言うが早いか、持っていたジャックナイフを女の子に向けて放つ。すると女の子は、その攻撃を予測していたかのように、仰け反ってそれを避ける。

 その様子を見てから、すかさず服の袖に隠していた消音銃で女の子の肩を撃った。その子の着ている上着がみるみるうちに鮮血に染まりあがる。

 が、女の子は怯みもせずに落とした銃に手を伸ばした。素早くその手の平を撃つ。今度は短い悲鳴が聞こえた。

「意気込みはいいな」

「くっ……」

「で、後ろは何だ? オリオンか?」

「…………」

「まぁいいや。それより、何であいつら揃って俺を狙ってくるんだ? 仲間にできなかったからか?」

「……。あんた、本当に覚えが無いんすか?」

「だから、何が」

「忘れた訳じゃないっしょ? 弟くんの行方を」

 体の奥底から、何かがぞわりと這い上がって来る。気分が悪く、腹の底から吐き気がせり上がってくるのを感じた。必死にそれに耐えるようにして、会話を続ける。

「弟が何だよ。関係ねぇだろ」

「大ありなんすよ。だから追っているのに。……馬鹿な、いや変わり者」

「何でそこを訂正した?」

「大したことじゃないっすよ。あ、それともナイスツッコミと言われたかったんすか?」

「……何でもない。で、何で弟が?」

「疑ったことは無いっすか? 弟くんは、本当に血の繋がった兄弟なんかって」

「あんたらの組織の信条は知らねぇが、うちでは絶対だからな。疑うことは許されない」

「……へぇ。なら知らなくて当然、ということっすか」

「だからもったいぶってんじゃねぇよ。また風穴開けるぞ」

 苛立ちを抑え切れずに声を荒げる。やはりこいつとは馬が合わないようだ。

 安全装置を外し、引き金に指をかけた。狙った先には敵の眉間がある。そこで少し慌てた声がした。

「ま、待って待って。今話しますってぇ!」

「じゃあ早くしろよ」

「せっかちな人っすね。モテないっすよ?」

「敵地でバッシングとはなかなか肝が据わってるんだな、あんた」

「へへー、どうも。……実は弟くんはあんたの」

 そこで言葉は宙を舞い、永久にこの世には戻ってこなかった。

 二発の弾丸が、女の子の体内へと飛び込み、胸部が破裂した。血が勢いよく噴出し、部屋の壁を赤く染めていく。そして畳に女の子の身体が転がり、黒くなった血が染み付いた。女の子は目を見開き、言葉にならない言葉を発していたが、それもすぐに止む。

 すかさず体勢を低く構え、弾丸の出所でどころを押さえようとする。しかし、発砲音も無ければ足音もしない。無の世界となっている。

 慌てて窓から見えない位置に座り込むと、右手に銃を握り締め、開いた片手で弾を詰めていく。どうやら常人ではなさそうだ。

 オリオンは何故こうもつけまわしてくるのか。した事といえば、仲間になることを断ったぐらいだ。

 

 役に立たないなら殺す。


 そういう考え方も可能ではあるが、それにしてはあまりにも余裕が無さ過ぎる。オリオンとはあのマスターが知っていたほどの巨大な組織らしいが、これほどまでに人材に欠けているのだろうか。それに、オリオンについての情報が入った話も聞かない。あの敵であるレオという少女も「超能力者はオリオンに腐るほどいる」と言っていた。

 となれば、矢張り先程途切れたあの話の方が有力そうだ。一体弟とオリオンに何の関係があるというのだろう。言いかけた言葉の先も気になる。

「……何にせよ、このままやられっぱなしじゃ性に合わねぇや」

 どうやら追っ手はここまでのようだ。気配を探ってみるが、何も無い。安堵の溜め息と銃を降ろした。

 ふと女の子が倒れた所を見ると、その場所を凝視する。女の子の死体は跡形もなく消え去っていた。微かに吹いた風が、粉っぽい灰を空へと連れ去る。死因は銃殺だ。それは見間違え様が無い。しかし目の前の灰は、明らかに焼死した人間が出すものだった。しかし側に火気類は見当たらない。

「……まさか」 

 あまり考えたくは無かったが、新手の能力者である可能性が高い。自然と舌打ちをし、今後の事を考える。

 ここは無難にマスターに話を聞いた方がいいだろう。しかし追っ手が遠く離れた所でまだこちらを監視しているのだとすれば、迂闊には外に出られない。かといってこのまま家に篭っていても何も始まりやしない。あの女の子を正確に撃ったのだからこちらの場所はとうにバレている。

「考えるより飛び込め、か」

 パンっと両手で顔を叩く。昔誰かが言っていた言葉を呟いて、真相を知っているであろう、叔父の下へと向かうことにした。

 それには先ず、窓を閉めて、ガスの元栓をチェックする。そして炊飯器のタイマーをセットし、仕事着ではない、出来るだけそこらにいる若者が着ている服を選ぶ。ようやく部屋を出たのは決心してから三十分を過ぎた頃だった。

 停めてあったオートバイに乗り、急いでバーへと向かう。それでもいつものバーへの道が今日に限って長く感じられた。 信号を半ば無視する勢いで、人通りの少ない角を曲がる。そうして降りるのと同時に入り口まで走った。焦っていた為、引いて開けるドアを何度も押して更に焦燥感を掻き立てられる。ようやくそのことを思い出して勢いよく引くと、扉はいとも簡単に開いた。

「マスター。話がある」

 バーに入るなり、他の客の目も気にせずに言葉を発する。マスターは変わらずに穏やかな表情でレイを見ている。そしてくだらない会話を交わしながら、カウンター席についた。

 辺りをグルっと見回すと、ここにいる客はそこそこの人数だ。といっても、同じ屋根の下に居るような奴らが客である。いよいよ儲かっていないらしい。当然のように一般市民の客は誰一人としていない。

「いらっしゃい、ハーフムーン。レム」

「レムじゃねぇよ。俺はどこぞの死神か。……しかも女だし」

「はっはは、詳しいな」

「流行ったからな、ここでも」

「ああ、そうだっけ。スクラッチさんなんかわざわざキャンパスノートを真っ黒にして持ってきてたな。ハーフがそこに速攻でスクラッチさんの本名書いてたっけ」

「……何でそんなことはいちいち覚えてんだよ。まぁ、いいや」

 体をカウンターに乗り出し、目を鋭くさせる。

「それで。何を聞きたいんだい?」

「オリオンのことだ」

 瞬間に空気が張り詰めたようになる。だが、一瞬のことだった。すぐにバーはざわめきはじめる。後ろから他愛も無い話が聞こえてきた。

 誰もが一度はこんな場面に出くわすだろう。例えば学校のお昼休みや気まずい雰囲気などで、誰かの発言によりその場が一瞬静かになり、またざわめき出す。或いはそのまま沈黙が続き、誰かがそれを破ってくれることを願うままその時間が終わる場面はよくある。今のは前者の方だった。

 しかし、空気は未だに妙に張り詰めている。気にせずにマスターの方を見た。

「何か知ってること、あるだろ?」

「……悪いが、知っていることは俺たちの組織に近い大規模な組織だということだけだ」

「……そうかい。なら、そいつらは一体何で儲けた?」

「それも知られていないんだ」

「……分かったよ。ありがとな」

 ちらと周囲を窺うマスターの反応に気付き、瞬時に悟る。どうやらこの殺気に近い空気からして、身内も危ないらしい。オリオンについて何も言ってはいけない、と上から言われているのか。それとも身内と敵は内通していて、知られたらマズいことになるのか。立派な犯罪は共にしているくせに。

「んじゃ、今度は何かジュースでも用意しておいてくれ」

 軽くそう言い、店を出た。その数十秒後、店の扉が開く音がする。続いて後ろを付いてくる気配は三つ。

「どうしたもんかね」

 器用に人混みの中を避けて行き、適当に撒いてみる。この動作にも慣れたものだ。しかし撒いてはみたものの、行く当てはない。仕事の方はしばらくの間待機命令が出されている。家に帰りたいのはやまやまでもあるが、まだ敵がうろついているかもしれない。それでもここも十分危険だ。

 不意に聞き慣れた自分の声が聞こえ、慌てて携帯電話を耳に当てる。最近気付いたこいつへの対処方法だ。これなら周りにも怪しまれない。

『本当、つまんねー人間だな。おめーって』

「やかましい。余計なお世話だ」

『ボクちん友達いないの~ってか。ギャハハハ!!』

「悪かったな。ヒッキーで」

『ギャハハハハハハハ! ヒーッヒヒヒヒ!! 腹痛い、腹痛い!!』

「相変わらず腹立つ奴だな、お前」

『ギャハハッ。あ。でも外にいるんだからヒッキーじゃねぇな。チッ』

「何だよその凄い残念がりかた」

『つまんねぇんだもん』

「俺をからかってどうする」

『ギャハハッ。だって声が聞こえるのっておめーだけだし』

 信号が赤になり、バイクを止める。そして疲弊した息を吐き、空を仰いだ。空はどんよりとした雲が広がり、今にも雨が降りそうだ。すると本当に携帯から電話がかかってきた。画面には匿名希望という文字が浮かび上がっている。仕事だ。舌打ちして通話ボタンを押した。

「……」

「次の仕事だ。アエシュトシティK−5で依頼人から直接指示があるからそこへ」

「……了解」

 溜め息と共に携帯電話の電源を切る。最近は次から次へと仕事が回ってくるな、と一人呟く。元々こういう仕事は依頼が少なく、むしろ仕事があること自体が珍しい。待機命令を出されてそのまま二年、という事も珍しくはない。だからより多く仕事をこなした者が評価が上がり、ここで生きていけるということだ。

 しかし、普段ならこういった仕事はマスターを通じての筈だ。初めて仕事をした時から、厳しくマスターに言われている。それ以外は重要なことだから、あちらから連絡が入るような仕組みになっているのだそうだ。だとすると、それほどまでにこの仕事は重要という事だろうか。

「手持ちは……銃とジャックナイフだけ、か」

『ヒャハハハハハッ。おうちに帰らないとパパに怒られましゅよ~?』

「やかましい」

 安全な場所など、もうどこにもない。それは初めて人を殺した時から分かっていた筈だ。引き金一つで簡単に人の人生を奪う銃を恐れながら、無理矢理自分を納得させてきた。「これが俺の運命だから仕方がない」と言い訳して、多くの人を自分が生きていたいがために殺してきた。

 まだ死ねない。目的を果たすには、生き続けること。そのことがどれだけ大きな罪を背負うものだとしても、どれだけ多くの人をあやめるものだとしても、止めるつもりはない。少なくとも、目的を果すまでは。

 俺の一生をかけてあいつを否定してやる。しかし、それだといずれ仲間は必然的に俺を裏切ることになる。親父を敬い、護り続ける仲間を俺が裏切るのだから。長い付き合いである仲間はこぞって殺そうとしてくるだろう。俺が唯一信頼できる仲間もきっと殺しに来る。だが、そのことは弟が死んだ時に覚悟した筈だった。

 心が休まる場所など、とうの昔に失ったのだ。拳を握り、また空を仰ぐ。そして唯一心を許せる存在の名を口にした。

「レキ……」

 あの時、あの女は弟を疑うようなことを言ってきた。しかし、今更血が繋がっているのかどうかなどは問題ではない。血が繋がっていなくとも、あれは弟なのだ。この世でたった一人の存在で、何者にも代えることのできない弟。俺はその弟の為にも、目的を果さなくてはならない。やらなければ。

『……おい。ブラコン』

「うるさい」

『気ぃつけな』

「あぁ……? 気持ち悪いな」

『…………』

「何なんだよ」

 思わず自分自身に聞き返した。まさかこいつからこんな台詞を聞くとは、夢にも思わなかった。戸惑いよりも、驚きの方が強い。

 不意に胸騒ぎがして、身体がぐらつく感覚を覚える。以前にもこんなことがあった。身体が危険を予告しているのだ。しかし、一体何が危険で、何が起こるというのだろうか。もう一度だけ空を仰いだが、何の答えも浮かばなかった。

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