過去の鎖、今の牢獄
出口から外へ出ると、遥か向こうから誰かが近付いてくる足音がした。だが、顔を上げる気力も無く、ただひたすらに歩く。するとその人物が向こうから急にこちらへと声をかけてきた。
「ハーフ。何をしている」
低い声をした親父だった。親父は黒い襟足の長い髪を風に靡かせて、冷ややかに言い放つ。俺はのろのろと顔を上げ、濁った瞳を親父に向ける。もう罵られても耳に入らない自信は十分にあった。それよりも弟を失ったほうが遥かに辛い。
すると、自分より少し大人びた顔がこちらを見ていた。不思議な目だった。何の感情も見当たらない。そして親父は一度背中にいるレキの姿に一瞥し、吐き捨てるように言った。
「……死んだのか」
「ボス」
「下らんな」
怒りよりも戸惑いが生じた。目を大きく開いて、目の前にいる人物をよく見る。親は子どもを「下らない」と言う存在ではなかった筈だ。少なくとも、これまでそう教えられてきた。かといって親は子を愛する、というのも教えられてはいなかったが、この親は自分の息子をその一言でおさめた。こいつにとって、俺も所詮はその程度ということだろうか。いや、それよりもこいつはレキのことを何とも思っていなかったのだろうか。自分の息子であるのに、何も感じないのか。
「結局、たった一人死んだだけのこと。それしきの事で泣くな」
「!?」
「代わりはいくらでもいる。いちいち泣いていたら身がもたんぞ」
「くそ親父……っ!!」
沸々(ふつふつ)と怒りが湧いてくる。レキの代わりとなる者は誰一人としていない。仮にそっくりな奴がいたとしても、そいつは俺といたレキではないのだ。それを目の前の男は「代わりはいくらでもいる」と言った。そして「下らない」とも。拳を握り、精一杯怒りを堪えて睨みつける。それでも抑えきれない怒りは声になって押し寄せてきた。
「……何なんだよ。レキの代わりなんているわけねぇだろ!?」
珍しく親に反発した俺を見たこの男は、少し眉を寄せて、分からないとでも言うかのように首を傾げる。そこでくるりと向きを変え、素っ気なく言った。
「……ああ、そうか。お前に面倒を見させたのが、そもそもの間違いだったか」
「なっ……」
「泣く前に、次のことを考えろ。私が敵なら今のお前を格好の標的にするぞ」
一瞬にして、生きる目的を見つけた。「こいつを殺してやる」。それが今までの本当の生きる目的であり、使命だったのだ。それなら、ここで死ぬ訳にはいかない。こいつを殺すまでは、絶対に。
今は殺すには力不足で、逆にやられてしまうだろう。それならばせめて道連れにしてやる。その時は、必ず訪れるはずだ。だから、その時の為に……。
「何をしている。次の仕事だ」
「……」
憎しみの火を灯し、振り返ることの無い親父の後を追った。いつかその背中を引き裂く為に。