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過去に捕われた者 2

 獣毛がびっしりと生えた両腕を顔の前に持ってくると、飛び込んでくる弾丸を受け止める。硬い手の平の中で弾丸は勢いをなくし、数発の銃弾は頬や耳を掠めた。

 それから間髪いれずに敵の方へと突っ走って行く。数発の弾丸がこちらへと向かう中、目を細めて出所を見据えた。十二時の方向と五時と七時、そして九時の計四つ。

 まず手前にいる五時の方向へと向かう。途端に先程よりも増えた銃弾が飛び交い始める。前転してそれらを避けつつ、最初の発信源にたどり着いた。

 右の手の平をバキリと鳴らしてから、怯えた表情の相手の顔面をわし掴み、握り潰す。鋭く伸びた太い腕が、相手の顔に食い込んでいく。その瞬間、いやに生暖かい液が腕を伝い、断末魔を間近で聞いた。あっという間に右手が赤く染まっていく。

 そのまま掴んだ手を離さずに、その場で死体を振り回す。数秒間敵が怯んだその隙に、すかさず体勢を低くして懐に突っ込んだ。死体の頭と目の前の敵の額をぶつけ合わせ、よろめく相手を右手でなぎ払う。血が飛び散り、頬も赤く染まった。

『ヒャハハッ。面白ぇなぁ、やっぱお前らって』

 にんまりと満足げに笑う少年は、楽しそうに右腕を勢いよく振るう。するとこびりついていた血が床に落ちた。落ちた血はゆっくりと床を赤く染めていく。機嫌良く鼻歌を歌っていると、敵の一人が刃渡りの長いドスで背中から切りかかってきた。

 強固な左腕を差し出してそれを防ぎ、同時に右腕で男を叩く。叩かれた男は殴られた左脇を片手で押さえ、慌てて体勢を立て直す。そうして男が立ち上がりざまに、下段から切り上げた。が、ドスは僅かに軌道がそれて、頬に浅く切り傷が出来るくらいだった。そいつの切り上げた右腕を掴んで持ち上げると、拳を作っている左手を顔面に叩き込んだ。拳がめり込んでいくのが分かる。鋭い爪をもんどりうつ男の腹に突き刺した。そして素早く爪を引き抜き、歯を見せて笑う。

『欲望に振り回され、意思すら持たない木偶でく人形だ』

 素早く屈んで足払いをかけ、勢いよく天井へと舞い上がる。そして全体重を両足にかけて落下した。床のコンクリートが砕け、真下にいる敵は内臓を押し潰されて吐血と短い悲鳴を残す。と同時に、落下した衝撃で床が崩れだした。敵が慌ててその場所から離れて銃を構える。ここは七階で、下層は吹き抜けになっている。落ちたらひとたまりも無い。

『ヒャハハハハッ! 這いつくばって逃げるか!?』

 落下する間に骸を蹴り、壁を走って来て再び戦場に戻った。床に着地した音が部屋に響く。誰もがその状況を信じられず、唖然としている。が、一瞬の間をおいて、再び銃弾の嵐が迫ってきた。左腕で顔を庇い、次に七時の方向へと向かう。すると、集まっていた目の前の敵が急に道を開けた。というより大きな手がその群れを裂いているようにも見える。眉をしかめると、大きな足が目に入った。

「化け物が」

 目の前に巨体の男が立っていた。声は低く、まるで地の底から聞こえてくるようだ。そう思った瞬間、大男の鉄の拳が風を切って振り下ろされる。腕を義体化をしているらしい。無機なモーター音が小さく聞こえた。

 素早く大男の下をくぐった。慌てて大男が振り返るのを、余裕を見せて待つ。すると、大男の顔は口の端を引きつらせたまま笑っていた。

「我が雅龍がりょう式鉄拳をよけようとは。ただのバカではないようだ」

『ハッ。たいそう立派な拳だこと。ま、あんまり血で汚したくないんでね』

「ならば一発でその概念を取り払おうか」

『お断りだ。そんな出来損ないの拳で、俺を捕まえられるのかぃ? 鈍牛が』

 右手を鳴らし、大男を睨みつける。義体化した部分は、元の腕よりは数倍の力と素早さがあがるだろう。替わりの金属で埋め合わせたその腕に、温もりは無い。

 しかしこの男はそれをよしとした。それは今までに温もりを感じなかったからなのか、それともただ強さを求めたのか。或いは生まれつき元の腕がなかったのか。

 そこまで考えて、止めた。どうせ考えても仕方の無いことだ。目の前のこいつは敵。それだけで十分だ。興味を引く事といえば、その巨体でどれだけ動けるかということと、義手を使ってどこまでの強さかということだけである。ただ、それだけだ。

 右手を振り上げると、雅龍も踏み込んできた。しかしそのままの体制で動こうとしない。だんだんと雅龍が迫ってくる。ついに目の前まで迫られると、右腕を振り下ろした。床が砕けて煙が上がる。しかし雅龍はたじろぎもせずに、義手の腕を横になぎ払う。その当たる瞬間に飛び上がり、その腕の上に乗った。

「!?」

 驚く雅龍を尻目に煙の中から勢いよく顔面まで走る。右手の爪を顔に突き立て、重力と共に落ちた。雅龍の顔に五本の赤い線が引かれる。雅龍は悲鳴を上げながら片手で顔を押さえてはいるが、片目で睨みつけてきた。

 その瞬間、鈍く重いものが腹部に命中する。あの大男が片足でバランスをとり、片足で蹴りつけたのだ。勢いよく蹴られ、敵の輪の中に入る。敵の何人かが倒れたが、当てられた敵はあっという間にとりまき、ここぞとばかりに照準を合わせようとした。

 咄嗟に舌打ちをする。足払いを素早くかけると、右腕でそのうちの一人の足を引っ掴む。そして思い切り持ち上げて、床に叩きつけた。それでも銃の発砲音が響く。再度舌打ちをして左腕で全部の銃弾を弾き落とす。

 ふと影が降りかかった。振り返ると雅龍が義体の腕を振り上げて立っていた。顔面の真ん中に五本の赤い線がある。一本の線が片目を潰して、赤い線を引いていた。そして無事な片目は、怒りの炎を携えて見下していた。してやったりなどと思っているのだろう。薄く笑って、冷たく光る義手を振り下ろしてくる。



 気に食わない。玩具おもちゃのくせに。



 目の前の大男に憎しみを込めた目を向けた。

『小賢しいんだよ、てめぇら!!』

 雅龍が振り下ろすより早く右腕を振り下ろす。立っていたところに大きな穴が開き、鋼鉄の右腕が完全に振り降ろされる前に雅龍へと突っ込んだ。雅龍が慌てて片手で怒りに満ちた化け物を捕まえようとするが、捕まりそうな直前に飛び上がる。一つ一つの動作に力を込めて、動きは遅い雅龍は完全に隙を生み出した。思い切り振りかぶった片手は空を掴む。目を細めて冷ややかに、焦る雅龍を見下ろす。

 最早楽しませてやる必要性はない。こいつはただの玩具に過ぎないのだ。殺す快楽を与えてくれる、玩具。それが刃向かった。自分を見下したのだ。気に食わない奴。ならばもうそんな玩具は要らない。邪魔だ。

『見下すんじゃねぇ!!』

 雅龍の両肩に、両足をそのまま倒す勢いでつける。そして両腕を倒れかけた雅龍の左胸に当てた。

「ぬ!?」

『お前、もう要らねぇよ』

 両腕を左胸に食い込ませ、爪をたてた。鋭くなった爪は雅龍の胸を引き裂き、中へ吸い込まれていく。そして一気に心臓と思われる肉塊を掴み、引きちぎった。これまでにない程の大声を雅龍が発するのを間近で聞いたが、断末魔はすぐに止む。しばらく部屋には先程の断末魔だけが残った。あとはゆっくりとその巨体が倒れる音が来るのを待つだけだ。その際に噴出する血を顔といわず全身に浴びて、真っ赤になってしまった。

 少しだけ気分が晴れる。子供のように満面の笑みを浮かべた。が、一瞬のことだった。すぐにまた笑顔を引っ込め、不機嫌そうな顔で、倒れゆく雅龍の肩を蹴りつける。その勢いも足して、巨人が倒れたのと床に足をつける音が重なり合った。巨人の足元に血溜まりが出来て、血がこちらへと流れてくる。そうして出来た血溜まりにどす黒くなった自分が映った。それを見て、血を払い落とすことさえも煩わしく、鼻を鳴らす。まだ腹の虫は治まらないが、前よりは少しよくなった気がした。

『つまんねぇの』

 口の中に溜まった唾を死体に吐き捨て、もう一度巨人を見る。そこで力尽きたように自然と瞳が閉じた。

 誰かにこのゲームの続きを引き継がせるように、それでも冷酷な事実を残すようにして。

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