ジーンの糸
今からすこしだけ昔。ものにも「たましい」がやどることがあたりまえにしんじられていたころのおはなしです。あるまちに、にんぎょうげきをおしごとにしているトムというおじいさんがいました。
にんぎょうげきってなにかって?
それは、おにんぎょうたちがしゅやくのえんげきのことです。
どうしておにんぎょうがうごけるのかって?
それは、おにんぎょうたちをトムじいさんが糸であやつってうごかしているからです。
トムじいさんのにんぎょうげきは、おきゃくさんがたくさん!
しゅやくは「ジーン」と名づけられたおにんぎょうです。
ジーンもおにんぎょう。じぶんでうごくことはできません。
でも、ジーンには「たましい」があって「こころ」をもっていたのです。
「いつもおきゃくさんがたくさん!とてもうれしい!でも、ぼくはうごかされているだけ。ホントはなにもしていない。じぶんでなにかしてみたい!」
それがジーンのなやみでした。
げきじょうでは、明日「ゆうきのつるぎ」といういちばん人気のげきがひらかれることになっています。
ゆうしゃがつるぎでわるいまおうをやっつける!
そんなおはなしです。
「今日はそろそろねむろうか。おやすみ、ジーン」
トムじいさんは、ねむるまえ、いつもジーンに声をかけていました。
ねしずまったよるのこと、ジーンは声をききました。
「あなたのねがいがほんものならば、つるぎはあなたにみちをしめすでしょう」
「あなたは? 」
糸のようにかぼそいその声は、すぐにぷつりときこえなくなりました。
そんなことがあったこともわすれて、ジーンはねむりにつきました。
つぎの日、いつものとおり「ゆうきのつるぎ」のげきがはじまりました。
「今日もぼくはトムじいさんにうごかされているだけ。これでいいのかなぁ」
げきのさなかも、ジーンのこころの中は、こんな糸くずみたいなもやもやした気もちでした。
さあ、ラストシーン。ゆうきのつるぎで、わるいまおうをやっつけるクライマックスです。
ジーンのあたまに、あの声がよみがえります。
「あなたのねがいがほんものならば、つるぎはあなたにみちをしめすでしょう」
つるぎは、木のおもちゃだから、なにもきれないはずだけど……
「もしかして?」
そうおもったジーンのつるぎは、やっつけるはずのまおうではなく、トムじいさんの糸にむけてふりおろされました。
糸はプツンとまっぷたつ!
おきゃくさんたちはびっくり!
トムじいさんは、もっとびっくりぎょうてん!!
「ジ、ジーン!? 」
トムじいさんの声をよそに、ジーンは、げきをほっぽりだして、だれもいない森のほうへ走りだしていました。
にげるように走っていると、にんぎょうだったジーンのからだは、ほんもののにんげんになっていました。
「すごい! うごけるぞ! 」
はじめてじゆうにうごくからだ!
ジーンはおおよろこび!
でも、とんだりはねたりしていると……
グー
おなかがねいろをかなでます。
「あれれ?おなかがすくってこういうこと?」
ジーンは、ハラペコになるのもはじめてでした。
「たべもの……」
はじめてあじわうハラペコのつらさ……
「うう……せっかくうごけるようになったのに」
ジーンは、月あかりをたよりに、あっちにふらふらこっちにふらふら……
「このにおいは……?」
こうばしいにおい!
ほそいほそい糸のようなにおいをたどると、小さないえがあります。中をのぞきこんでみると、おいしそうなパン!
こっそりいえの中へ……
「だれだ!」
とつぜんの声!
ジーンとおなじくらいのせたけの子が、ほうきをつるぎのようにかまえています。
「ご、ごめんなさい!おなかがすいてて!」
「これは明日の朝めしのためのパンだから……って、おまえ、もしかして『ニンギョウ』か? 」
「え!どうして? 」
「わかるさ。このせかいでは、ニンゲンじゃなかったやつが、けっこうたくさんニンゲンになってくらしているんだぜ。タヌキもいるし、ヨウセイだっている。ウチュウジンもいるかな。ちなみにおれは『カカシ』だった。なんとなくおまえににていたから、わかったのかな。このこと、にんげんたちはしらないかもな」
「へえ、そうなんだ! 」
「おれはマーギー。おまえは? 」
「ぼくはジーン。さっきまでトムじいさんの糸で……」
グー
またジーンのおなかがねいろをかなでます。
「はらへってるんだったな。このパン、たべなよ」
「ありがとう!」
ジーンは、むちゅうになってパンをたいらげました。
「ニンゲンになると、めんどうなもんで、おカネってのがないとその日のパンをたべることもできないんだ。いえもないだろうから、しばらくここにいていいぜ。それと、明日、モーリンおばさんて人におねがいして、いっしょにはたらけるようたのんでみるよ」
「うん、ありがとう! 」
はじめてうごきまわったジーンは、つかれていたのでしょう。にんぎょうがぱたりとたおれこむように、ねむりにつきました。
つぎの朝、ジーンは、マーギーといっしょに、いつもはたらいているというようふくやさんをおとずれました。すると、からだの大きな女の人がおそうじをしています。
「おはようございます。モーリンおばさん」
「おはよう、マーギー。今日もせなかがしゃきっとしているね。おや、その子は? 」
「きのうからともだちになったジーンといいます。こいつ『ワケアリ』で……こいつもここでいっしょに、どうですか? 」
「よろしくおねがいします!」
ジーンとマーギ―は、げんきいっぱい、いっしょにあたまをさげました。
「ふーん、そうかい。マーギーがいうんだったらかまわないよ」
ひょうしぬけするくらい、あっさりとうけいれてくれました。
「うちでいいのかしらねぇ」
糸みたいにかぼそい声でつぶやくモーリンおばさん。
そのことがジーンの耳にふしぎとのこっていました。
すると、ふいにだれかが声をかけてきました。
「あら、なにその子? 」
「やあ、スーザン。こいつは今日からここではたらくことになったジーンだよ。こいつも『ワケアリ』さ」
「あら、そうなの。わたしはスーザン。ここでは、マーギーがデザインした ふくを、わたしがしたててつくっているの。よろしくね」
「ぼくはジーン。よろしくね」
スーザンは、もともと「ツル」だったとか……
ここにいるのは、みんな「ワケアリ」といわれる、ニンゲンになったなにかでした。
「にゃあ」
あれ?いっぴきのねこが……
「こいつはオットー」
「こいつも『ワケアリ』? 」
「そいつは、わかんないな」
クスクスとみんながわらい声につつまれます。
「さあ、はりきってしごとするよ」
いよいよモーリンようふくてんのかいてんです。
マーギーはふくのデザインをするため、つくえにまっしぐら。
スーザンもへやにこもってバッタンバッタンなにかをしています。
「うちでは、この赤いふくが『うり』なのさ」
ジーンは、あざやかな赤いふくにきがえてへんしん!
「すごくうごきやすい!」
ジーンは、カッコイイふくをきて、じぶんのおもいどおりうごいてしごとができることがうれしくてたまりません。
おやおや、さっそくおきゃくさんがきましたよ。
「どちらのおようふくになさいますか? 」
「うーん、そうだねぇ」
ジーンもドキドキしながら声をかけます。
「このふく、カッコイイし、いかがですか」
きっとおきゃくさんもよろこんでおようふくをかってくれるにちがいない!そうおもっていたのですが……
「うーん、あんまりピンとこないなぁ」
あれあれ?なかなかおきゃくさんたちはおようふくをかってくれません。
「このおようふく、おきゃくさんにピッタリですよ」
「そうかなぁ」
そのあとも、おきゃくさんはつぎつぎにやってきます。
でも、だれもかっていってくれません。
けっきょく、その日、だれもおようふくをかってくれませんでした。
「おみせをやるってのは、むずかしいもんだよ」
モーリンおばさんは、こんなことをいうのが口ぐせのようです。
「うーん、おれのデザインがわるいのかなぁ」
「わたしのしたてがまずいのかしら」
マーギーもスーザンもなやんでいます。
「すてきなようふくだけどなぁ」
ジーンには、こんなにすてきなようふくがうれないのがふしぎでした。よろこんでしごとをするジーンの気もちとはんたいに、つぎの日も、そのつぎの日も、すてきなようふくたちがおきゃくさんのもとへたびだっていくことはありませんでした。
ある日、モーリンおばさんがげんきのない声でみんなにいいました。
「おみせをたたまないといけないかもしれない。もうおカネもなくってねぇ」
「そんな! おれ、もっとがんばるから」
「わたしももっとがんばるわ! ここがなくなっちゃったら……」
「ここじゃなくっても、あんたたちならりっぱにどこででもいきていけるさね……すまないねぇ」
ジーンもどうしたらいいかわかりません。せっかくうごけるようになって、ともだちも、しごともみつかったのに……
ジーンがかえりみちをとぼとぼあるいていると、かすかにほそい糸のようなうたごえがきこえてきました。うたごえにたぐりよせられるようにちかづくと、スーザンがすきとおるようなうたごえでうたっています。
ふと、ジーンはトムじいさんとにんぎょうげきをしていたころのことをおもいだしました。かってにからだがうごいて……おどりはじめました。糸なんてなくても、からだがおぼえているみたいです。
みずうみの水のようにすみきったうた声に、ほのおのようにげんきいっぱいのおどり。いつのまにか、ふたりのまわりに人だかりが!
見ていた人のひとりが声をかけてくれました。
「すばらしいうたとおどりだったよ。おや、キミがきているあかいふくは、モーリンのところのだね。かっこよかったよ! 明日、おみせにいってみようかな」
「ありがとうございます! 」
ふいにひらかれた、ふたりのぶたい。
「ジーンがこんなにおどれるなんて、しらなかったわ」
「きみこそ、こんなにうたがじょうずだったなんて! 」
ふたりは、顔を見あわせました。
「明日の朝、また、ここにあつまりましょう」
「うん」
「スーザンとジーンはどこに行ったんだ! 」
マーギーがプンプンおこっています。
「おカネがないなんていっちゃったからねぇ」
モーリンおばさんは、そういいながらも、さびしそうです。
「ごめんください。今日はおみせやっていないんですか? 」
おきゃくさんの声です。
「いえ、やっていますよ」
「きのう、すてきなうたとおどりをみましてね。あの子がきていたようふくが見てみたくなりました」
「うた?おどり?」
「あー、これだよ。このふくをくださいな」
「ありがとうございます」
モーリンおばさんもマーギーもとつぜんのことでなにがなにやら……
でも、そのあともつぎつぎとおきゃくさんが……
「どうなっているんだろうね? 」
「おれ、ちょっと見てきます」
マーギーがまちに出ると、ふんすいのちかくに人がたくさん!
うつくしいうた声がきこえてきます。
スーザンのうた声です。
そして、見おぼえのあるあざやかな赤いふく。
ジーンが、人だかりの中でおどっています。
「スーザンとジーン!そうか、そういうことだったんだ!ふたりとも、やるじゃないか!よーし、そういうことなら、おれもやるぞ!」
マーギーは、ふかい海のような青いドレスをスーザンのためにデザインしました。そして、ジーンには、はじける火山のようにじょうねつてきな赤いスーツをデザインしました。
こうして、みんなが力を合わせることで、モーリンようふくてんは、まちじゅうでひょうばんのみせになっていきました。おみせをしめるなんてしんぱいは、もうしなくてよくなったのです。
「じぶんでうごいてなにかしてみたい!」
そんなねがいをかなえたジーンは、とてもたのしい日々をすごしました。
それから、しばらくしたある日のこと。つえをついたおじいさんがモーリンようふくてんをたずねてきました。
「ここにジーンという子がいるときいたのですが、会えますか? 」
「いや、ジーンは今、そとにいるとおもいますよ」
「そうですか。ジーンは、どういう子ですか? 」
「そりゃあもう、うちのじまんです。おどりのとくいな、いい子ですよ」
「そうですか。そうですか」
そのおじいさんは、うれしそうな顔をして、ジーンがいるというそとのふんすいのちかくにむかいました。
ジーンを見つけて、しばらくジーンのことをじっと見つめていると……
バタッ!
とつぜんたおれてしまいました。
「だ、だいじょうぶですか!?え、トムじいさん!?」
そう、そのおじいさんは、ジーンとにんぎょうげきをやっていたトムじいさんだったのです。
「だいじょうぶ。ちょっとつまずいただけさ。りっぱになったね。ジーン」
ジーンは、ひさしぶりに会ったトムじいさんのかたをかかえて、おみせにつれていきました。
トムじいさんは、みせにつくと、モーリンおばさんにたずねました。
「もしよろしければ、ジーンとふたりでおはなしさせていただけないでしょうか」
「ええ、かまいませんよ」
ジーンは、なんとなく気まずくおもえました。
「おこられるのかな?もどってこいっていわれるのかな?」
いつかのように糸くずみたいなもやもやした気もちが、むねの中をぐるぐるかけめぐっていました。そんなジーンの気もちをときほぐすかのように、トムじいさんがかたりかけます。
「わしには、『ジーン』というおまえとおなじなまえの子どもがいたんだ。その子は、げきをやるのがゆめだった。でも、ある日、びょうきでしんでしまった。わしは、ジーンがしんでしまったのがかなしくて、つらくて、しんじられなくて……にんぎょうのおまえをつくったんだ。そして、あの子がゆめ見ていたげきをいっしょにやりたくて、にんぎょうげきをはじめたんだ」
「そうだったんだ」
「でも、にんぎょうはにんぎょう。ほんもののジーンがもういないことはよくわかっていた。あの日、おまえがうごきだして、びっくりしたのなんのって……『もうわすれなさい。まえにすすみなさい』ってかみさまにいわれたような気がしてね。もうにんぎょうげきはやめにしたんだ」
「……」
「でもね。今まで続けていたことをやめてしまったら、わしのからだがにんぎょうみたいにうごかなくなってきてね……『まえにすすむ』といっても、やりたいこともなくて。わしももうそんなにながくないかもしれない。でも、さいごにもう会えないとおもっていたおまえに、うごいているおまえに、また会えた。こんなにうれしいことはない。かみさまにかんしゃしているよ。もう、おもいのこすこともない。だから、おまえは、おまえの生きたいように、生きればいい。もうわしの糸でうごくこともないんだからね」
トムじいさんは、とてもうれしそうな顔をしていました。
「ありがとう。この子のことを、よろしくおねがいします」
モーリンおばさんにこうつげると、トムじいさんはおみせをあとにしました。
「あんた、いいのかい?」
いきなりのことで、ジーンもどうしたらいいのか……
にんぎょうのようにかたまってしまいました。
その日のよる、ジーンは、ふしぎなきもちでした。じゆうになりたいとおもって手にいれたじゆう。じぶんのやりたいことをやるというねがいをかなえたのに、トムじいさんのことが気になって、ねむることもできません。
「このままでいいんだろうか」
からまりあった毛糸みたいに、むねの中はぐちゃぐちゃです。いてもたってもいられなくって、外へ走りだしました。
走っていると、ふと、目のまえにほそいほそい糸のようなものが見えてきました。なにかにみちびかれているような気がして、その糸のさきをおいかけるジーン。
糸は、まちをぬけて、森のおくへ。
月あかりをたよりに、ほそいほそい糸のようなものをたどっていきます。
すると、ほんの少し、光をまとったなにかが……
「これは……ゆうきのつるぎ!? 」
ジーンの手には、あの日、トムじいさんの糸をたちきり、いつのまにかどこかになげすてていたゆうきのつるぎがにぎられていました。
ジーンのあたまには、ふたたびあの声が……
「あなたのねがいがほんものならば、つるぎはあなたにみちをしめすでしょう」
「そうだ!ぼくの力で『ゆうきのつるぎ』のげきをやろう!」
つぎの日、ジーンは、モーリンおばさん、マーギー、スーザンにおねがいしました。
「ぼくと『ゆうきのつるぎ』のげきをやってくれませんか」
「それが、あんたのこたえなんだね。もちろん、やらせていただくよ」
「なにを今さら!おやすいごようさ」
「あなたのおどり、すきだから、げきもおもしろそうね!」
「みんな、ありがとう」
しゅやくのゆうしゃは、もちろんジーン!
まほうつかいのやくとうたはスーザンのやくめです。わるいまおうのやくは、モーリンおばさん。みちあんないのおじいさんやくは、マーギーにきまりました。
「あと、めがみさまもいるんだよな。うーん、どうしよう……」
「にゃあ?」
みんな顔を見あわせました。めがみさまのやくは、オットーです。
みんなのいしょうは、もちろんおみせで手づくり!
げきのはじまる日、モーリンようふくてんのおきゃくさんたちがたくさんきてくれました。それに、昔、トムじいさんのにんぎょうげきのおきゃくさんだった人たちも、ひさしぶりのげきをたのしみにあつまっています。
いよいよげきのかいえんです。
ジーン、スーザン、マーギーのねつえん、そしてオットーのかわいらしさで、大もりあがり!
いつものおどりできたえたジーンのうごきは、にんぎょうげきをしていたころよりもずっとずっとたくましくなっています。
ついにゆうしゃがまおうをやっつけるクライマックスシーン。
「あの日、ぼくは、糸をたちきってじゆうになった。でも、今は、このげきをやりとげたい!」
ジーンは、モーリンおばさんのえんじるまおうにむけて、ゆうきのつるぎをふりおろしました。
「うぎゃあああ。やーらーれーたー……」
ぶきようながらも、モーリンおばさんがだいはくりょくの声をあげます。
「ゆうきのつるぎ」は、ぶじにまくをとじ、カーテンコールのあいさつです。ぶたいから見わたすと、トムじいさんの姿が。
たくさんいるかんきゃくのひとりとなっていたトムじいさんが、まんめんのえみとはくしゅをジーンたちにおくっています。
ジーンのこころには、ふと、トムじいさんとのおもいでがよみがえりました。いつもほんとうの子どものように、声をかけてくれていたこと、たくさんいっしょにれんしゅうしていたこと、あたたかい手のぬくもり……
「ありがとう。トムじいさんのおかげで、ぼくはここにいるよ」
たちきったとおもっていた糸は、見えないところで、しっかりとふたりをつないでいたのです。
ジーンは、トムじいさんのあとをついで、げきじょうを続けることにしました。もちろん、モーリンようふくてんでのしごとも続けます。じぶんがなにものであるかをしったジーンは、だれかに紡いでもらった糸をたいせつにしながらも、じぶんのものがたりを紡ぎはじめたのです。その糸がどんなみらいにつながっているか、それはだれにもわかりません。でも、たしかにどこかにつながっているはず。ジーンのむねは、そんなきぼうにみちあふれていました。




