王太子は屑だった。公爵令嬢に恨まれた玉の輿狙いの男爵令嬢物語
エンデリィナが微笑めば、一瞬にして心を掴まれる。
エンデリィナが助けてと言えば、誰しも命を投げ出すだろう。
それ位、エンデリィナは可憐で美しい令嬢だ。
桃色の髪はふわふわで肩までの長さがあり、瞳は大きく、目を潤ませて見上げれば、誰しもがエンデリィナの虜になった。
エンデリィナはバトス男爵家の娘だ。
歳は17歳。貴族なら誰しも通う王立学園に通っていた。
エンデリィナは自分の魅力を良く解っている。
幼い頃から可愛らしい、綺麗なお嬢さんねと、皆に褒められてきた。
ちょっと男の子に向かって微笑めば、男の子は照れたような仕草をする。
私って可愛いんだ。美人なんだ。
エンデリィナの自信に繋がった。
エンデリィナはまだ婚約者はいない。
父から、
「お前は容姿がいい。だから、なるべく我がバトス男爵家の為に高位貴族の男を捕まえてこい。いいな」
と、王立学園での出会いから縁を捕まえるようにと言われていた。
ただ、男爵家以下は、公爵家や伯爵家の令息、令嬢達とクラスも違うし、校舎も違うのだ。
周りが男爵令嬢や令息、優秀で、特別に入学することを許された平民しかいないのだ。
「なんとかして、高位貴族の人とお知り合いになりたいわ」
そう思えども、なかなか近づく機会が得られない。
幼馴染のレオル・マシャド男爵令息がからかってくる。
彼は黒髪碧眼の容姿は普通の男だ。飛び抜けて美男という訳でもない。
にこっと笑ってからかってきた。
「お前なら美人だから、上手くいけば、高位貴族の令息と知り合いになれるんじゃね?」
「でもねぇ。校舎も別じゃどうやって知り合えっていうの?」
彼とは何でも話せる友達だ。
レオルは笑って、
「ほら、勉強頑張れよ。クラスで一番の成績を取ったらご褒美にダンスの練習会で、高位貴族の令息と踊る機会が得られるんだろう?それを狙えばいいじゃん」
「クラスで一番?無理だわーー」
「ほら、俺が一緒に勉強してやるからさ。エンデリィナが凄い令息と婚約出来れば玉の輿じゃん。玉の輿になったらうちの男爵家もひいきにしてくれよな。幼馴染なんだからさ」
「解ったわ。この美しさと可愛らしさがあれば、高位貴族を射止めるのも夢じゃない」
二人きりで勉強はまずい。未婚の男女が二人きりでいれば、恋人とか婚約者とか疑われる。
だから知り合いの男爵令息や令嬢達を誘って皆で、放課後、教室に残って勉強した。
他の令嬢達は、
「玉の輿は夢だけど、私には無理だわ」
「私も私も。エンデリィナ位、美人だったら可能だと思うけど」
「でも、勉強は大事よね。一緒に頑張りましょう」
皆、いい人達である。
8人程、集まって皆で教室で頑張った。
頑張って勉強した。
レオルは中でも頭がいい。
エンデリィナはレオルに色々と教えて貰った。
高位貴族を必ず射止めてみせる。
私は玉の輿に乗るのよ。
勉強の甲斐があったのか、次のテストでエンデリィナはクラスの一番を取ることが出来た。
一緒に勉強していた仲間達に、
「私が一番だなんて。嬉しいっ。絶対に今度のダンスの練習会。高位貴族の令息と知り合ってみせるわ」
「応援しているよ」
「頑張れ。エンデリィナ」
「期待しているわ」
もしかして皆、手心を加えた?
クラス全員がエンデリィナを熱い視線で見ながら、
「頑張れ玉の輿」
「その時はひいきして頂戴」
「エンデリィナなら出来る」
妙に期待を寄せられてしまったのだ。
エンデリィナに思いを寄せる令息だって多い。
しかし彼らはエンデリィナが玉の輿を狙っているのを知っているので、皆で応援してくれているのだ。
エンデリィナは皆の期待を背負って、ダンスの練習会に参加することになった。
男爵家と平民達を集めたクラスは5クラス。
各クラスの一位の男子2名、女子3名がダンスの練習会に参加した。
金の髪に青い瞳のそれはもう王国一の美しいハロルド王太子殿下も参加している。
彼にはアシュリーテ・リデルク公爵令嬢という婚約者がいた。
美男美女でお似合いだと言われている二人。
今日はリデルク公爵令嬢はいないようだ。
だが、公爵家や伯爵家の令息令嬢、皆、品があって、仕草も上品で。
思わず見とれてしまう。
エンデリィナは、空気が違うと緊張する。
ハロルド王太子がエンデリィナを見て、近づき、手を差し出して来た。
「下位クラスから来た令嬢だね。なんて可愛らしい。私とダンスを踊ってくれないか?」
ふわっといい香りがする。
エンデリィナは胸がときめいた。
え?王太子殿下に誘われた?私ってやはり美しいのかしら。
皆、美しい可愛いって褒めてくれるもの。
「よ、喜んで」
ハロルド王太子の手はとても綺麗で、エンデリィナは差し出された手を見て、うっとりした。
そして、顔。整った顔立ち。瞳は青くまるで澄んだ湖みたい。
ハロルド王太子のダンスは完璧で、エンデリィナはリードされるがまま、ダンスを踊った。
胸がドキドキする。
ああ、こんな方と結婚出来たら。
エンデリィナの耳元でハロルド王太子が囁いてきた。
「今度、二人で会いたい。君に興味を持ったよ」
えええ?王太子殿下に誘われた??ど、どうしよう。玉の輿?下手したら私、王妃様になれるかも。
思いっきり舞い上がった。
「喜んでっ。王太子殿下。う、嬉しいです」
他の高位貴族の令息達ともダンスを踊ったが、あまりにもハロルド王太子殿下が美しくて、完璧だったので、上の空で踊ってしまった。
あの方にまた会える。
あああ、会ったら何を話したらいいの?
どんな格好をして会えばいいの???
今日はダンスの練習だから、制服だったけれども。
思いっきりオシャレをして会えばいいの???
教室に戻って、クラスの皆に色々と聞かれた。
「ハロルド王太子殿下にまた、会いたいって言われたの」
そう報告すれば、
レオルが、
「ハロルド王太子殿下って、アシュリーテ・リデルク公爵令嬢という婚約者がいるのに?」
「でも、会いたいって。もしかして私に興味を持ってくれたのかしら。私って綺麗で可愛いから」
女友達の男爵令嬢が、
「でも、エンデリィナ。ハロルド王太子殿下と親しくなって、万が一、貴方が選ばれたとしても、貴方、王妃様になんてなれないでしょう?マナーだって高位貴族はまるで違うわ。相手は王族よ」
「勉強すればなんとかなるわ。私はまだ若いんだから」
皆、心配してくれた。
でも、恋する心は止められない。
ハロルド王太子殿下からの誘いを毎日、心待ちに待った。
そんな中、思いもよらない相手から呼び出されたのだ。
放課後、王立学園のテラスに。
数人の令嬢達と一緒に中央に座っていたのが、
「わたくし、リデルク公爵家のアシュリーテ。名前くらいは知っているでしょう。この間のダンスの練習会でハロルド様に誘われたのが貴方ね?」
銀の髪に青い瞳のこの令嬢はそれはもう噂通りに美しく、こちらを扇を手に睨みつけてきた。
エンデリィナは、
「はい。誘われました。ハロルド王太子殿下に。今度会いたいって」
「それで?貴方は会うつもりなのかしら」
「王太子殿下が望めば会うつもりです」
怖かった。それと同時に優越感が。この人、嫉妬しているんだわ。ハロルド王太子殿下が私に興味を持ったのですもの。
私って可愛いし、美人だし‥‥‥色々な令息から、いつも褒められているし。
恐る恐る、
「あの、会ってはいけない方なのでしょうか。王太子殿下のご命令は、逆らえません」
扇をぱちっと閉じて、アシュリーテは、
「何人目なのかしら。あの方、女癖が悪くて」
「はい?」
「可愛い子を見ると、声をかけて、三人目ね。貴方は。子が出来ていないか確認の末、病気という事にして二人退学させたわ。わたくしね。王太子殿下は浮気性だけれども、愛しているのよ。政略だとしても、わたくしの前に子を作ることだけは許せない。だから種を蒔いた相手には消えて貰う事にしているの。わたくしの子が、このブエル王国を継ぐのです。わたくしの子だけが王位継承権を持ちたいの。もちろん、結婚した後に、わたくしに子が出来なかったら仕方ないから側妃を迎えるしかないわね。その時はわたくしの息のかかった側妃をハロルド様に紹介するわ」
ぞっとした。退学した二人の令嬢はどうなったのだろう。そんな話、知らない。ハロルド王太子殿下が手につけた令嬢。
もみ消して来たのだろう。
「あの、消えて貰ったって」
「そうね。ご想像にお任せするわ。ただ、貴方がハロルド王太子殿下の呼び出しに応じた時、覚悟することね」
「断る事なんて、王族の呼び出しなんですっ」
「わたくしの名を出して構わないわ。ハロルド王太子殿下も無理強いはしてこないはずよ」
周りの伯爵令嬢達も、
「本当にハロルド様には困ったものね」
「ちょっと綺麗だからってすぐに手を出そうとして」
「手を出された、マリーって女は市井の女でしたっけ?」
「もう一人は、ルリーナだったかしら。そこのあなたが入学する前の話だから知らないとは思うけれども」
「本当に困ったものですわ」
エンデリィナは慌てて、
「呼び出しには応じません。申し訳ございませんでしたっ」
アシュリーテは、
「解ればいいわ。帰っていいわよ。二度とハロルド様に近づかないで」
慌てて、その場を後にした。
高位貴族は怖いっ。
エンデリィナはそう思った。
ハロルド王太子から翌日、呼び出しを受けた。
他の生徒から、
「王太子殿下が放課後、中庭でお待ちしているということだ」
「申し訳ございません。リデルク公爵令嬢様から、お断りするようにと言われております」
「しかしだな。王太子殿下は君に会うのを楽しみに」
ハロルド王太子がその令息の後ろから顔を出した。
「まったくアシュリーテも嫉妬するだなんて。私から会いに来てしまったよ。ちょっと中庭に行こう」
「でも、授業が」
その時、レオルが、
「王太子殿下。これから授業が始まります。申し訳ございませんが」
「煩いな。私がエンデリィナと中庭で過ごしたいって言っているんだ。お前の家を潰すぞ。口出しするな」
レオルは床に頭を擦り付けて、
「どうかお願いです。エンデリィナに酷い事をしないでください」
「はぁ?私が何をしようと勝手だろう」
教室の皆が、震えながら、
「何をする気ですか?」
「まさか、中庭で淫らなことを?」
「それはま、まずいのでは」
ハロルド王太子は叫んだ。
「煩い。私のやることに口出しするな。いいではないか。私はただ親交を深めたいだけだ」
怖かった。
でも、抵抗すれば、自分の家に迷惑がかかる。
ああ、どうしたらいいのっ
「屑だな」
「屑の美男だ」
「俺達が連れて行ってもかまわないよな」
「三日三晩の教育が必要だ」
なんか空耳が聞こえたわ。
天井から触手が伸びてきて、ハロルド王太子の身体をからめとった。
な、なにが起きているの???
皆が悲鳴をあげる。
「うわっーーー。な、なんだ???」
あっという間にハロルド王太子の身体が天井に吸い込まれて、静寂が訪れた。
ハロルド王太子に付き添っていた令息が‥‥‥
「ともかく、学園長にっ」
一人、急いで駆けて行った。
何が起きているのか全く分からず、レオルがエンデリィナを抱き締めて、
「良かった。無事で。本当に無事でよかった」
他のクラスメイト達も、エンデリィナに皆、走り寄って口々に、
「良かった。何があったか知らないけど」
「アレが王太子じゃこの王国も未来が暗いよな」
「でも、何が起きたのかしら。天井に消えていったわ」
「解らない。でも、エンデリィナが無事でよかった」
皆が心配してくれたことが嬉しかった。
本当に嬉しかったのだ。
エンデリィナが微笑めば、一瞬にして心を掴まれる。
エンデリィナが助けてと言えば、誰しも命を投げ出すだろう。
それ位、エンデリィナは可憐で美しい令嬢だ。
桃色の髪はふわふわで肩までの長さがあり、瞳は大きく、目を潤ませて見上げれば、誰しもがエンデリィナの虜になった。
だからエンデリィナに王太子は誘惑されたのだ。
エンデリィナは恐ろしい悪女だ。
という噂が流れ始めた。
ハロルド王太子は行方不明になった。
なんでも屑の美男をさらって教育するという変…辺境騎士団がさらっていったらしい。
エンデリィナに興味を持った、伯爵家の令息達から会いたいと誘いが来るようになった。
その話を父にしたら、父バトス男爵は、
「チャンスだ。お前の美貌と可愛さで、親しくなるのだ。伯爵家だぞ。どの家でもいい。お近づきになれば、美味い汁が吸えるからな」
ハハハハ。と父は豪快に笑って、エンデリィナに誰でもいいから誑し込めと勧めた。
逆にクラスメイト達は心配した。
「それだけ悪女だって事だよ」
「悪女に興味を持つだなんて、愛人枠を考えているんじゃないのか?」
「心配だわ」
エンデリィナが悩んでいたら、アシュリーテに学園のテラスに再び呼び出された。
アシュリーテは、
「ハロルド様は変…辺境騎士団に行ったわ。国王陛下は三度目はもう見捨てると決めていたのよ。だから、陛下は奴らにハロルド様を連れて行くよう依頼したの。わたくしはハロルド様を愛していたわ。だってね。あの人、幼い頃はとてもいい人だったのよ。わたくしに一生懸命王国の未来を考えて、熱く語ってくれたわ。でも、他の令嬢に興味を持ち始めて。二人の令嬢に手を出して‥‥‥だからわたくしは二人の令嬢を始末した。でも国王陛下に、三人目に手出ししたら見捨てると言われていたわ。わたくしはそれでも愛していた。他の女に目を向けていても愛していたの。だってあの人はわたくしの全てだったんですもの。
貴方なんていなかったら、あの人はまだわたくしの傍にいたかもしれない。ねぇ?貴方、わたくしが貴方を許すと思っているの?貴方は悪女よ。王太子殿下を誑かした悪女。ずっとずっと恨んでやる。恨んでやるわ」
エンデリィナはぞっとした。
恨まれてしまったのだ。
どこかの伯爵令息と婚約を結んだとしても、リデルク公爵家に睨まれたのなら居場所はないだろう。夫となった男性に迷惑をかけてしまう。
いやその前に、愛人枠かもしれないけれども。
アシュリーテは微笑んで、
「でも、貴方のせいではないわね。ごめんなさいね。ただ、わたくし、貴方の顔は二度と見たくないわ」
エンデリィナはふらふらとしてテラスから外に出た。
学園にも来られなくなる。
貴族として致命的だ。
背後から声をかけられた。
「エンデリィナ。どうしたんだ?」
「レオル。私、私っ」
レオルに縋りついた。
思いっきり泣いた。
「もう、私、王都にいられない。学園にも。アシュリーテ様に睨まれてしまったの」
「だったら、俺の家に来ないか?小さいけれども王都から離れた所に、男爵家の領地があるんだ。結婚しよう。エンデリィナ。ずっと好きだった」
そう言って抱き締めてくれた。
レオルの優しさが嬉しかった。
彼はずっと傍にいてくれた。
困った時に相談に乗ってくれた。
彼の腕の中なら安心できる。
エンデリィナはレオルの腕の中でいつまでも泣き続けていた。
一週間後、王都を離れることにした。
レオルも王立学園を退学して、2人してレオルのマシャド男爵家の領地へ向かって出発する。
クラスメイト達が学園が休みもあって見送りに来てくれた。
「元気で。レオルっ。エンデリィナ」
「手紙を書くわっ。元気でねーー」
「結婚式には呼んでくれよ。そっちまで行くから」
「貴方達の事、忘れないわっ」
「有難う。皆と一緒に過ごした学園生活楽しかったわ。忘れない」
「有難う。必ずエンデリィナを幸せにするから」
皆と握手を交わし、馬車に乗る二人。
領地は王都から離れているので、アシュリーテに会う事は無いだろう。
エンデリィナは思った。
玉の輿を狙ったけれども、恐ろしい目にあったわ。
やはり、気心知れたレオルと結婚するのが一番ね。
馬車は進む。二人のこれからを祝福するかのように、空には虹がかかり、とても美しく輝いていた。
変…辺境騎士団にて
― 貴方なんて、大嫌い。変…辺境騎士団で地獄に落ちればいいわ ―
「アシュリーテ・リデルク公爵令嬢からハロルド元王太子に手紙が」
「余程、悔しかったのか?」
「まぁ、俺達がじっくり教育すれば、反省するんじゃね?」
「三日三晩かけてじっくりだな」




