2人での旅立ち
洞窟の奥、滴る水滴がつくる静かなリズムが響く中、スライム一家の“居間”ともいえる広場に腰を下ろした。天井からは鍾乳石が垂れ下がり、岩壁には淡い青緑の苔が生き物のように息づいている。
父スライムがゆっくりと体を膨らませ、低く柔らかい声で切り出す。
「ゴブリンの巣は、森の奥にある。森の中にある古い樹を切り倒し、その周囲に丸太を組み合わせて、小屋のような集落を作っておる」
母スライムも続ける。
「見た目は粗末だけど、木造小屋で藁ぶきの屋根もあるの」
スランが不思議そうに体をぷるぷるさせた。
「木で家を作るなんて……ゴブリン、すごいんだね!」
「だが、それだけ賢いということでもある。森の中で警戒網を張っている。けっこう狡猾で武器を使い、集団で奇襲を仕掛ける。そして、夜でもよく見える目を持っているから、夜間の行動にも気をつけねばならん」
旺真は頑張って覚えながら、頷いた。
「木の壁で囲まれた見張り台、そして中央に焚火を囲む広場……そこがゴブリンたちの根城。やつらは住処に人間の女をそこへ連れ込む習性がある」
父スライムは目を細め、低い声で付け加えた。
「……大体わかりました。僕が交渉できるか試してみます。もしうまくいかなければ、退避を優先します」
旺真が荷物を肩にかけ、ゆっくりと振り返ると――
「スランも、連れて行ってやってくれ」
父スライムは思いの籠った言葉を放った。
「えっ、ぼくも行くの?」
スランが驚いて目を丸くする。
「スランは……いつも同年代のスライムたちに、『驚かせる力が弱い』と馬鹿にされてきた。母さん達も、何度も見てきたんだ」
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「いっけー! 左だ左!」
「ナイスブロックー!」
陽の光が差し込む草原のはずれ。大きな石を転がしながら、スライムたちは夢中で跳ね回っていた。まるでサッカーのように、石を弾いては、歓声を上げている。
その少し離れた場所に、——スランがいた。
そっと近づいて、ぽんと小さく跳ねながら声をかける。
「ねえ、ぼくもまぜて……サイドでも、ゴール横でもいいからさ……」
しかし、その声に応えたのは、冷たい一言だった。
「スラン、お前ってさ、人間を全然驚かせたことないんだろ?」
「そんなやつがここ入っても、つまんないしー」
「へたに転がしても、どうせすぐ抜かれるし、勝負にならないし!」
「でも……石転がすだけなら、ぼくにもできるよ……?」
スランがか細く言った瞬間、ぴたりと動きを止めて言い放った。
「悪いけど、“強いやつ”じゃないとダメなんだよ」
「……うん、そっか、ごめんね」
スランは体を縮め、草の影へと戻っていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「だからこそ、ここで世界を知り、強くなってほしい。オウマと一緒に歩む経験が、スランの成長に繋がると思うんだ」
涙なのか鼻水なのか、それともなにかの体液なのか――旺真には判断がつかないほど、涙腺崩壊の光景だった。
旺真は思わずそっと一歩前に出る。
「わ、わかりました。僕が何かある時はちゃんと守りますから」
そう言って、父スライムをなだめるように頭撫でると、プルプルしていた。
「……おうま、ありがとう……」
父スライムは、普段の冷たい質感すら感じる体表から、熱い思いが滲み出ているのを旺真も感じ取った。
そのとき、スランが少し泣いたような声で「おうま、見て見て!」と言いながら、赤い帽子を誇らしげにかぶって駆け寄ってきた。
「スラン、それ、すっごく似合ってるよ」
旺真は少し目が潤んでいるのを自分でも感じていた。
「じゃあ、おうまと一緒に行くね!」
「行こう、スラン」
旺真はにっと微笑み返すと、二人は東の岩陰に向かって歩き始めた。
父スライムの見送る声が、小さく響いた。
「頼んだぞ、おうま……!」
二人の背中に、希望と決意が揺れていた。
スランの真っ赤な小さな帽子。てっぺんには茎と葉っぱがぴょこんとついていて、どう見ても「りんご」……おそらく人間の幼児用の被り物だろう。どうやって手に入れたのかは分からない。
(……かわいすぎだろ)
旺真は思わず笑いそうになったが、感動のシーンなのでぐっとこらえた。
(ツッコミたくて仕方ないけど……)
(赤りんごでもなく、青りんごでもなく、なんて“真っ青りんご”なんだよ……)
けれど——そのツッコミは口にはしなかった。
旺真は——心に、そっとしまった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
これからゴブリンとの話し合いをするために、2人で旅立ちました。
異世界で、人に捨てられたが魔物と仲良くなった旺真。
もっとたくさんの仲間が増えていく旅路が始まりました。
どんな仲間が増えていくのか楽しみに読んでください!
後、最後の青リンゴのくだりは1番お気に入りです♪