第3話 1人の異世界観光
「うぇーーーん……」
声を出して泣いたのなんて、いつぶりだろうか。
城門の前に立ち尽くしたまま、俺は顔を両手で覆っていた。
俺は完全にあそこで「いらない子」扱いだった。
王の冷たい視線。兵士に言付けられた金貨袋。事実上の追放。
白川が止めてくれたから、一応あの場では「別に気にしてないよ」みたいな顔をした。
神城にも励まされて、無理やり笑ってみせた。
――けど、本音はこれだ。
戦いたかった。
誰かを守ってみたかった。
クラスの中で、カッコつけてみたかった。
それが“全言語理解”とか……まるで「翻訳アプリが使えます」レベルじゃねーか!
【妄想:俺の理想の異世界バトル】
――燃えさかる森の中。
「澪、後ろに下がってろ!」
俺は背後で怯える澪を庇いながら、片手に光る剣を握る。
前方には、牙を剥いた巨大な魔獣。目を血走らせ、今にも襲いかかってくる。
「……この距離なら、魔法が届く」
左手を突き出し、俺は叫ぶ。
「《フレア・シュート》!」
掌から走る閃光。放たれた魔法の弾丸が一直線に魔獣を撃ち抜き、爆炎が巻き起こる。
けれど、まだ倒れない。
敵が吠えたその瞬間――
「はああああッ!!」
俺は地面を蹴って跳び上がる。
剣を振り下ろし、正面から斬り裂いた。
ズシャアッ!!
巨大な体が崩れ落ち、澪が駆け寄ってくる。
「旺真くん……! ごめん、私、怖くて……」
「いいって。怖い時は、俺が守るって言っただろ?」
俺の背に澪が顔を埋めて、安心したように小さく頷く。
(……こういうのが、やりたかったんだよなぁ)
⸻
現実。
「……ふぅーっ」
長いため息をついた俺は、涙を拭いながら、城門をくぐる。
でも、そのとき――
「……え?」
目の前に広がった景色に、心が一気に引き込まれた。
石造りの家々、通りを行き交う馬車、空に浮かぶ小さな飛行石の灯り。
煙突から立ち昇る煙、パンの香ばしい匂い、どこか陽気な笛の音。
(……すげぇな)
教科書で見るヨーロッパの古都と、ファンタジーの中間みたいな街並みに、思わず目を奪われる。
「……ほんとに異世界なんだ……」
さっきまで泣いてたのが馬鹿みたいに、心がワクワクし始めた。
(よし……せっかく暇だし、ちょっと探索してみっか)
気を取り直して、俺は人混みに混じる。
まずは物価の確認からだ。
露店のパン屋で聞いてみると、小ぶりな丸パンが「銅貨1枚」。
フルーツらしいものが「銅貨3枚」、酒場では昼の定食が「銀貨1枚」とのこと。
(なるほど……金貨が1枚=銀貨10枚=銅貨100枚って感じか。ってことは金貨1枚が日本円でだいたい1万円くらいか)
王様から支給された袋を確認する。
「金貨……50枚。……50万円分かよ。豪遊できんじゃん、これ」
財布のひもを引き締めようと思ってたけど、しばらくは普通に暮らしていけそうな雰囲気だ。
(とりあえず、飯。あと宿も探さなきゃな)
さっきまで泣いてた自分がバカみたいに、目の前の異世界はどこまでも鮮やかだった。
異世界観光モード、開始――!
魔法の杖が並ぶ露店。
色とりどりのポーションを扱う薬屋。
異世界の歴史や魔法について書かれた本が山積みされた書店。
「……すげぇ……ホンモノのファンタジーだ」
どこを見ても初めてのものばかりで、さっきまでの落ち込みなんか忘れていた。
小腹が空いたので、屋台で焼き串を買って食べる。香ばしい匂いと異国風のスパイスがたまらなくうまい。
「50万あるし、今日はちょっと贅沢してもいいか……」
そう思って、小さな食堂で昼食をとった後、噴水のある広場でのんびりと休憩していた。
水音と、陽光と、街の喧騒。
なんとなく空を見上げながら、今の自分の状況を思い返していたとき――
「ねぇキミ!ちょっと手、貸してくれない?」
明るい声に呼ばれて顔を向けると、旅人風の若い女性がカメラのような魔道具を構えていた。
「写真を撮りたいんだけど、この板を持っといてくれる?」
「あ、うん。いいですよ」
何となく頼られたのが嬉しくて、俺は素直に手伝った。レフ板の役割のような板を持ち、シャッターの音が何度か響く。
「ありがとねー、助かった!」
にこやかに手を振って去っていくその背中を見送ったとき、ふと――
「……あれ?」
腰のポーチが、妙に軽い。
慌てて中を開けると、
――金貨の袋が、ない。
「……え、うそ、だろ……?」
さっきまでの楽しい気持ちが、一瞬で霧散する。
頭が真っ白になる。
さっきの女性が、スリだった――?
「う、うそだろ……マジで……?」
ふらつきながらその場に座り込みそうになる。
(なんで、なんで俺ばっかりこんな目に遭うんだよ……)
(せっかく異世界に来たのに、何もできなくて、戦力外通告されて、金まで盗られて……)
(……俺、何か悪いことしたか……?)
悔しさと情けなさで、目の奥が熱くなる。
噴水の水音がやけに冷たく聞こえる。
⸻
気がつけば、俺はただ街の中をぼんやり歩いていた。
街並みは活気があるのに、自分だけが取り残されたような気分だった。
(……もう、どうすりゃいいんだ)
財布は空。泊まる宿もない。
そもそも、この世界で自分ができることなんて――
「……ん?」
ふと、目に入ったのは、街の一角にある大きな建物。
入り口の上には、こう書かれていた。
⸻
《冒険者ギルド エルディア支部》
⸻
(……ギルド。そういえば、ゲームとかでよくあるやつ)
(依頼を受けてお金稼いだり、情報集めたりする場所……だよな?)
迷ってる暇なんてない。
金も、宿も、明日の食事も――何もないんだから。
俺は、深く息を吸って、その建物の扉を押した。
ギィィ……
扉の向こうからは、騒がしい笑い声と、酒の匂い、そして――
「ようこそ、冒険者ギルドへ!」
受付の女性が、笑顔で出迎えてくれた。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
異世界にきて踏んだり蹴ったりの旺真。
これから旺真には良いことが起こってくれるのだろうか。
旺真の異世界生活を楽しんで貰えたら幸いです!