第19話 試行錯誤
「……やっぱり、硬いな」
完成に近づいた“白川澪像”の手に触れながら、旺真は小さく唸る。
顔、髪、服、全体のバランス――すべてがイメージに限りなく近い。
しかし“撫でられている感覚”には、まだ一歩届かない。
(これじゃ、夢を叶えたって言えないな……)
考え込む旺真の耳に、外から笑い声が聞こえる。
ふと顔を上げると、工房の窓から見えるのは、スランとゴブリンの子供たちが遊ぶ姿だった。
木の実を投げてはキャッチしたり、ぐるぐる駆け回ったり、ころころ転がったり。
全身を使って無邪気に遊んでいる。
スランはこれまで同世代のスライムたちに混ざって遊ぶことができなかったと聞いている。
けれど、今は――**種族を超えた“ともだち”**と一緒に笑っている。
(……いいな、こういうの)
心が温かくなる一方で、スランのぷるんぷるんとした体が目に入る。
(あの感触……もしかしたら、“手”の違和感、なくなるんじゃ……?)
「スラーン!」
旺真は外に出て、スランを呼ぶ。
「なあ、ちょっと聞きたいんだけど。スライムって……その、プルプルした“ゼリーっぽいもの”を出せる?」
スランは目を丸くして首を傾げる。
「体から出せるのは……消化液だけだよ。たぶん使えないと思うけど……」
「そっかー……残念だな」
スランは少し考え込んでから、声を潜めて言った。
「ねえ、オウマ……その“プルプルしたもの”って、どうしても必要なの?」
「うん、撫でられている感触を再現するには、柔らかくて、弾力のある素材がどうしても……」
「……それなら、ちょっと恥ずかしいけど。排泄物なら、ぷるぷるしてるよ」
「え、排泄……? いや、でも、それは――」
「ちょうど今出せそうだから、出してみるね」
スランの体が小さく震えると、ぷるん、と透明なゼリー状の物体を体から出した。
それは、不思議なくらい透明で、匂いもない。
むしろ“人工ゼリー”のような質感すらある。
「……スラン、これ、借りてもいい?」
「うん。ゴブリンの夢、叶えるためでしょ?」
すぐに旺真はゴブてつとゴブかに動物の皮を用意してもらい、手の形に縫製してもらった。
そして作ってもらった物の中にスランの排泄物を丁寧に充填していく。
(……これは流石にゴブリンたちには言えないな)
とゴブてつとゴブかがいない隙を見計らい完成を急いだ。
そして最後にフィギュアの腕に装着。
人間の肌に近い、柔らかくてしっとりした感触が再現された。
―撫でてほしい“夢の手”が完成した。
「……できた」
旺真は深く息を吐いた。
ゴブてつとゴブかを呼び出し、完成した像を見てもらう。
ゴブてつとゴブかは完成した手の感触を確かめてると少しの間、言葉を失っていた――
「オウマ……お前、本物ゴブ……」
「完璧だゴブ……!!」
涙ぐむ二匹に、旺真は静かに微笑んだ。
「さあ、行こう。この傑作を……お披露目しに」




