第12話 ゴブリン達の夢
「なんなんだお前……なんで俺たちの話がわかるゴブッ!?」
目を見開いて問い詰めるゴブろうに、旺真は一歩も引かずに答えた。
「俺のスキルなんだ。君たちの言葉が理解できるんだよ」
「旺真のスキルは凄いんだよ」と、スランがぷよぷよしながら合いの手を入れる。
「……スラン、お前が言っても伝わらない。スライム語とゴブリン語、別だから」
「たしかにぃ!」
スランがぷるぷる震える中、ゴブろうが疑いの目を向けた。
「証明しろゴブ。俺たちの言葉がわかるって、口だけならなんとでも言えるゴブ!」
旺真は困ったように肩をすくめる。
「いや……こうして話が成立してるのが、すでに証明じゃない?」
「それは証明にならないゴブ!」
「でも……ちゃんと会話になってるゴブ」
とゴブぞうが横から口を挟む。
「……たし、かに」
とゴブろうは納得しかけるが、まだ半信半疑といった様子。
旺真は静かに問いかけた。
「この女性は怖がってる。でも、俺がちゃんと話をつける。
彼女に、君たちに触れてもらえるよう説得してみせる。
それが出来たら、彼女を解放してくれるか?」
「お前に……そんなことができるのかゴブ!?」
ゴブろうは思わず前に出る。
「もし本当にできるなら、解放してやってもいいゴブ……」
「そんな勝手なことすると俺たち怒られるゴブよ……」
とゴブすけがそわそわしながら言った。
「どうせ無理に決まってるゴブ……。いつだって、俺たちは、怖がられてばっかりだったゴブ……」
ゴブろうの声は、どこか寂しげだった。
「じゃあ、俺が女性と話をつけてくる」
旺真はそう言って、怯えて座り込む女性の前に膝をついた。
「……大丈夫、落ち着いて。俺は、アナタが死なないで済む方法をお教えします」
女性は泣きながら、首を振った。
「なんでもします……! 命だけは……命だけは助けてください……!」
「だ、大丈夫です。」
旺真は静かに言った。
「では、そっと手を前に出して、彼らに触れるようにしてみてください。
――大丈夫、襲わせたりしません。」
女性は恐怖に震えながらも、頷いた。
そして、地面に座り込んだ姿勢のまま、恐る恐る手を上に差し出す。
その様子を見て、旺真が振り返る。
「――武器を置いて、頭をゆっくり出してくれ」
ゴブリンたちはお互いに顔を見合わせ、やがて頷くと、腰の小さなナイフを地面に置いた。
「……いくゴブ……」
ゴブろうが一歩前に出る。
静寂が、森を包んだ。
ゴブろうはゆっくりと頭を差し出す。
固唾を飲み込みながら、彼は女性の手に向かって身を寄せた。
その指先が、ゴブろうの頭の産毛にふれる。
ふわっ――とした感触。
まるで赤ん坊のような、ぬくもりのあるうぶ毛。
そして、女性の手が、そっと――優しく頭皮に触れた。
その瞬間。
「――――っっっ!!!」
ゴブろうの体に、雷鳴のような衝撃が走る。
「うううぅぅぅ……♡」
両目がハート型に変わり、顔がだらけ、膝が抜ける。
ポスン――とその場に倒れ込み、気絶した。
「ゴブろう!?」
「お、おい、死んでないよなゴブ!?」
ゴブすけとゴブぞうが慌てて駆け寄るが、ゴブろうはただ――夢心地のまま、気を失っていた。
旺真は微笑みながら、ゴブリンたちに言う。
「ほらね。話せば、分かり合えるんだよ」
スランが誇らしげに「うんうん」とうなずく。
ゴブろうが夢見心地で気絶してから数秒――
「オ、オラも……!」
と、ゴブすけがたまらず手を挙げた。
「俺も、オレも頼むゴブ……! 頭……撫でて欲しいゴブ……!」
「ええと……」
旺真は苦笑しながら、女性の方を振り返った。
「あの二人も、さっきのゴブリンと同じで……ただ撫でてほしいだけなんです。
よかったら……お願いできますか?」
女性は少しだけ目を伏せてから、静かに頷いた。
「……こんなことで良いのなら……」
そう言って、再び手を差し出す。
「じゃあ、次はオレゴブ!」
ゴブすけが前に出て、頭をそっと差し出す。
――スッ…
女性の指先が、そっとゴブすけの頭皮を撫でる。
「ん、んぅうぅぅぅぅっっ!!」
ゴブすけの体がビクンと震える。
「こ、これが……人間の手のぬくもりゴブ……」
ぐらりと体を揺らしたかと思えば、ゴブすけもまた――ハート目になり気絶した。
「ゴブすけぇぇ!? あ、いや、次は俺だゴブ!」
最後にゴブぞうが興奮気味に前に出る。
「おねげぇしますゴブッ!!」
女性が静かに手を伸ばし、ゴブぞうの頭へと触れた瞬間――
「あぁああああ♡♡♡」
ゴブぞうの身体から力が抜け、全く同じハート目になり倒れる。
「三匹そろって……夢の国行きだね……」
旺真はあきれたような、でもどこか温かいまなざしで倒れたゴブリンたちを見下ろした。
女性は、まだ信じられないというように口元を押さえながら旺真を見つめる。
「……本当に、ありがとう。あなたがいなかったら、私……」
「大丈夫です。もう、怖がらなくていいです。彼らも、ただ撫でてもらいたかっただけみたいですから」
旺真は優しく笑い、女性に静かに告げた。
「もう、帰って大丈夫です。危険はありませんから」
女性の目に、涙がにじんだ。
「……ありがとうございます、本当に……」
そう言って帰ろうとした時、旺真がふと何かを思い出したように声をかけた。
「あ、すみません! ひとつだけ、お願いしてもいいですか?」
女性が振り返る。
「ギルドで、僕が受けた“薬草摘み”依頼を終わらせずにいるんです。」
「やらないといけない事があるので、取り消しにして欲しいと伝えてもらえますか?
あと……『進藤旺真は無事です』って伝えて欲しいです」
女性はしばらく黙っていたが、やがてふっと微笑んで頷いた。
「わかりました。私がちゃんと、伝えます」
「ありがとうございます。お願いします。」
と旺真は女性に依頼書を渡す。
「ありがとうございます。本当に助かりました」
女性は最後にもう一度頭を下げ、森の小道を静かに歩き去っていく。
――森に残されたのは、満足げに眠る三匹のゴブリンと、スライムのスラン、そして一人の少年。
「はぁ……まさか撫でるだけで感電したみたいに倒れるとはね」
旺真がぽつりとこぼすと、スランがくすくす笑う。
「でも、嬉しそうだったよね。みんな」
「……ああ。たぶん、今日が彼らの転生日みたいなもんだな」
風が静かに森を抜けた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
ゴブリン達は女性に優しく撫でてもらいたいだかという設定を思いついた時、この話を早く描きたいと思いました!
これからの話も楽しみにしてもらえると嬉しいです。