第7話 正体、バラしてないよね?
今日の日本史の授業は歴史系の番組を見るため、視聴覚室に移動だそうだ。
「二宮、行こうぜ」
「ああ」
俺と七山は勉強道具一式を持って、視聴覚室に向かう。
……その背後には、一ノ瀬さんがべったりとついてきている。
「なあ、二宮。後ろ」
「……知ってる」
「なぁ、本当にどういう関係なんだ? やっぱり、昨日告白したんだろ?」
「違うから!」
まあ、告白ではないにせよ、それと同等レベルのビッグイベントがあったのは確かなんだが。
「ところでさ、さてぃふぉの正体お前は――」
七山の口からさてぃふぉの話題が出たその時、朝と同じように腕がグイっと引っ張られ、後ろに連れ去られた。
一ノ瀬さんは「ふー」と息を吐きながら、腕で額の汗を拭く。
俺と一ノ瀬さんは七山に聞かれないように十分に距離を取りつつ、こそこそ会話をする。
「せーふ」
「言わないって」
「今、危なかった。戦略的撤退」
「待って。俺は今日からこんな生活を続けないといけないのかい?」
「身バレダメゼッタイ」
「そんなポスターの標語みたいに」
「私たちはまだ知り合って間もない。まだ二宮君の信頼度は高くないから。私が信頼できるようになるまで続ける」
「まあ、しゃーないか。俺は良いけど、七山が困惑しているからなあ」
「そこはごめん。でも我慢してほしい。私と二宮君との秘密だから」
「うん。分かった。とにかく俺は言わないから。信じてもらえるように頑張るよ」
「おーい、二宮ぁ。俺を置いてくなよ」
「悪い悪い」
「頼む、教えてくれ。お前と一ノ瀬さんの関係。せめて付き合っているか付き合っていないかだけ!」
「だから付き合ってないって。あと、さてぃふぉのことは今度からノーコメントだから」
「ちょ、それどういう!」
俺はできるだけさてぃふぉの話題を七山としないように心がける。正体をバラすことは神に誓ってないが、それでも彼女を心配させないようにするためだ。
「はぁ、喉乾いたな~」
昼休み。
喉が渇いたので一人で、中庭にある自動販売機に向かう。
すると、背後から妙な視線を感じる。
後ろを振り返ると、なぜかそこに一ノ瀬さんが居た。
「うおわあ! 居たのか! どうしたんだ?」
「目を離すと怖い」
「俺はやんちゃな子どもか!」
「大丈夫だよね? 正体バラしていないよね?」
「俺、今一人だよね⁉ 誰にバラしそうだったんだよ⁉」
「……うーん、鳥とか」
「それなら良くない⁉」
これ、一人の時間も監視されるの?
推しに認知されるのは嬉しいけど、推しに監視されるのは厳しいよ!
「あと、ふつーに私も買いに来たから」
そう言うと、一ノ瀬さんは本当に見ているのか? と疑いたくなるほどの目まぐるしいスピードで自動販売機のボタンを押す。
すると、ごとん、と毎度おなじみのよっちゃんオレンジが出てきた。
「それならそうと、先に言ってくれ」
良かった。そっちがメインの目的か。
「ふー、トイレスッキリした~」
授業の合間の小休憩。
授業中ずっと我慢していたトイレにありつけて、スッキリする。
手を洗っていると、俺は心臓が飛び出そうになった。
なんと、鑑越しに一ノ瀬さんの姿があった。もうこれホラーでしょ!
「ちょちょちょ、本当に何しているの?」
「正体、バラしてないよね?」
「トイレでバラすかあああ! つーか、その前に色々と失っているものあるの気づこ? 普通に男子トイレだから、ここ!」
やはり登録者十万人を達成するような人は、どこか頭のネジがぶっ飛んでいるのだろうか?
「そういえばそっか。二宮君は男で私は女か」
そんな当たり前のことを今さら言われても困るんだけど。
不幸中の幸いか。俺たち以外に人は居ない。ここで出くわしたら色々と終わりそうなので、一ノ瀬さんを早急に追い出す。
が、トイレのドアを開いた瞬間、七山とばったり出くわしてしまった。
「あっ」
「はっ?」
「……じゃあ、そういうことで」
「二宮、ちょっと来ようか」
俺は七山に警察にしょっ引かされる罪人の如く連行された。
「これは流石におかしいよな、二宮」
「本当に俺も分からないんだって。いつの間にか一ノ瀬さんがそこに居たんだって」
「そんな見え透いた嘘がまかり通るなら警察はいらねえんだよ!」
「そう言われましても、本当なんだもん」
「もういい! 単刀直入に聞く! シたんだろ! 個室で!」
「するかぼけぇ! つーか、小休憩でできるわけないだろ!」
「それもそうだが……」
押し問答をしていると、俺らの間を、一般通行人Aみたいに何気なく一ノ瀬さんが通って一言だけ。
「私が間違って入った。それだけ」
この一言が決め手となり、言い争いは終結した。