第6話 【緊急動画】身バレしました
その夜。
俺は今日のさてぃふぉの動画タイトルを見て、心臓が止まるかと思った。
『【緊急動画】身バレしました』
ひいいいいいいいいいいいい‼
今日のことをいきなりネタにするのか。
ある意味動画投稿者の鑑ではあるが。
こういう身を削る系の動画はさてぃふぉちゃんねる史上初であり、再生数は爆速で伸びている。
ガチの緊急動画であるため、編集は一切しておらず、真っ暗な画面にさてぃふぉの声だけが吹き込まれている。
「皆、元気かー。ちっす、おっす、よーっす、さてぃふぉだよー。……って今はそんな挨拶をしている場合じゃなくて。今、緊急で動画回しているんだけど……あっ、今の動画配信者っぽい⁉
じゃなくて、えー、さてぃふぉちゃんねる、始まって三年くらいになるんだけど、人生初めて身バレしました! パチパチパチ~、じゃなくて! いや、ビックリしたよ。
詳細は話せないんだけど、その人は友達というか知り合いだったんだけど、さてぃふぉちゃんねるのファンで、「〇〇さんはさてぃふぉですか?」って聞かれて、心臓止まるかと思ったよー。でも、誰にも言わないらしいので一安心。でも言っちゃいそうで怖いな~。監視でもしようかなー。
ということで今日はごめんだけどゲーム実況は無しで! じゃーね」
いつもと比べると非常に短い動画時間だったが、その衝撃の内容に反響はすさまじくコメント欄はいつも以上に大盛り上がり。祭り状態である。
《身バレマジかよ!》
《これさてぃふぉちゃんねる史上、最大の事件だろ》
《正体突き止めた人羨ましすぎる》
《監視(迫真)》
《どんなことがあっても俺はさてぃふぉを応援する!》
《【速報】さてぃふぉ人間であることが判明》
↑《さてぃふぉをなんだと思っていたんだよw》
↑《概念》
《動画投稿辞めるのだけは止めてな》
動画を見てコメント欄を覗いた俺は心臓のバクバクが止まらない。
これ推しのチャンネルに間接的に出演したようなものだろ。
しばらく放心状態のままさてぃふぉちゃんねるのページを開いたままでいると、ぴろん、とスマホが鳴った。
通知バーに『一ノ瀬御世』からメッセージが届きましたとのお知らせが。
早速メッセージアプリを開くと、
『一ノ瀬御世:動画見た? 明日から、本当によろしくね』
ひっくり返るかと思った。
……とにかく返信しないと。
『見たよ。まさか動画のネタにするとは』
メッセージを送ると、すぐに返信が返ってくる。
『一ノ瀬御世:一応動画配信者なもので。再生回数取れそうだったら手段は問わない』
『そんなキャラだったっけ? というか、動画で言っていた監視って何?』
『一ノ瀬御世:二宮君が私の正体、言いふらさないかどうかチェックするから。特に、いつもさてぃふぉちゃんねるのこと話している男の人に』
『七山のことか。絶対に言わないから』
七山、良かったな。推しに認知されているぞ。
じゃなくて! 俺、明日から一ノ瀬さんの監視対象に入るの⁉ 怖いような嬉しいような……。
『一ノ瀬御世:爆速で動画投稿したから眠くなっちゃった。おやすみ』
『そうか。お疲れ様。おやすみなさい』
ここで一ノ瀬さんとの会話が途切れた。
しかし、冷静に考えて推しとやり取りしている状況、いくらなんでも凄すぎる。
☆
「おい! 二宮! 昨日の動画、さてぃふぉの動画見たかよ! 事件だよ! 事件!」
翌朝学校に来ると、いつも以上に七山が騒がしかった。
まあ、昨日の動画を見たらさてぃふぉファンは驚くのも無理はない。……俺は別の意味で驚いたが。
「見た見た、凄かったよな」
バレないように、適当に話を合わせる。
恐る恐る隣を見ると、一ノ瀬さんが鋭い形相でこちらを見ている。
正体をばらしたら、一瞬で捕食されそうである。
「いやー、さてぃふぉちゃんねるすげえわ。これはどんどん伸びるわ」
「お前昨日、難癖付けてたじゃねえか」
「そうだっけっか? 俺はさてぃふぉちゃんねるに一生ついていきます」
「掌ドリルマンめ」
「なあなあ。お前はどういうシチュエーションでバレたと思う?」
「……し、知らないよ」
際どい質問に心臓が弾け飛びそうになるが、何とか平静を保つ。
「俺はなぁ。やっぱりさてぃふぉはどこかの学校の生徒会長で、正体を突き止めたのはそこの生徒会の人なんじゃないかなって思うんだ。そして始まる生徒会の禁断の恋……!」
「なにそれ、七山はネットに小説でもあげるのか?」
遠からず近からずの絶妙な回答に、また心臓がドキリと鳴る。
痺れを切らしたのか、一ノ瀬さんは不意に立ち上がると、俺の腕を強引に引っ張り廊下に連行した。
「あれ、二宮? 一ノ瀬さん⁉ きみたちどういう関係⁉」
背後では七山が相変わらず吠えている。
廊下の壁に追い詰められた俺の顔の横にある壁に手を置いた。これが噂の壁ドン?
俺たちは周りに聞こえないように、ボリュームを下げて会話する。
「ど、どうしたの一ノ瀬さん」
「なんか私の正体をバラしそうな波動を感じたので、避難させた」
「言わないから! もっと信用してくれ!」
「七山君だっけ……? あの人は危険」
「お、おう」
七山よ……。お前、推しに危険人物扱いされているぞ……。
「あんまり話さないことって出来る?」
「いや……それは、ちょっと難しいかも。あんなんでも俺の友達だし」
「そうだよね、ごめん」
「いやいや、一ノ瀬さんが謝ることないって。極力、さてぃふぉの話はしない方向で行くよ」
「よろしく」
話を終え教室に戻ろうとすると、背後から視線を感じた。
振り返ると、七山+陰キャ軍団がハンカチを噛むように悔しそうな表情でこちらを見ていた。
「壁ドンだ!」
「ワイの御世たんが!」
「爆発しろ!」
散々な言われようである。
一ノ瀬さんはまさか自分たちのことを言われているなんて思っていないように、平然と七山と陰キャ集団の間に割って入り、自分の席に戻っていった。