第53話 久しぶり。吾郎君に謝りたいから、ウチに来てもらえるかな?
あの日以降、御世ちゃんは学校に来ることはなかった。
俺はかろうじて学校にこそ来られたものの、とても勉学に励むといった精神状態ではない。
御世ちゃんと初めて話した時のことを思い出し、泣いて、御世ちゃんの正体を突き止めたとた時のことを思い出し、泣いて、御世ちゃんの家に遊びに行った時のことを思い出し、泣いて、御世ちゃんと動画を一緒に作った時のことを思い出し、泣いて、御世ちゃの手料理を食べた時のことを思い出し、泣いて、御世ちゃんと泊まった時のことを思い出し、泣いて、御世ちゃんと付き合った時のことを思い出し、泣いて、御世ちゃんと遊園地デートに行った時のことを思い出し、泣いて、御世ちゃんと初めてキスをした時のことを思い出し、泣いて……。
ここ最近、ずっとそれを繰り返している。
なんて、未練がましくて、情けない人間なのだろうか。
隣を見る。
もしかしたら御世ちゃんが来ているかもしれない。
学校ではクールだけど、底抜けに優しくて、純粋で、ユーモアもあって、とにかく一緒に居て楽しい、そんな最愛の彼女が……やはり、今日も来ていない。
「おっす、二宮」
「……おはよう、七山。今日の授業は何だっけ?」
「もう、今日の授業は全て終わったぞ。本当に大丈夫か、最近。ヤバいぞ、お前」
「かもしれない」
「うちの学校、心理カウンセラーが居るみたいだぞ。相談してみたらどうだ?」
「検討する」
「まあ、こんなこと聞くの、いけないってのは分かっているんだけど、一ノ瀬さんと何かあったってことだよな?」
「うん。完全に嫌われちゃった。これに関しては俺が100%悪いから。はーあ、やっぱり俺は彼女なんか作れる人間じゃなかったんだ。あー、終わってるわ。自分で自分のことを嫌いになる毎日だよ」
「辛いことを思い出させて悪いな。なんかあったら言ってくれよ。一応俺はお前のことを親友だって思ってるから、助けになりてえんだ」
「ありがとう」
「また一緒に二人で遊ぼうぜ。そうだ、カードゲームメンバーに入れてあげようか」
気を使ってくれたのか、あの一件以降、話しかけてこなかった七山だったが、この日、ようやく話しかけてくれた。そういえば、久しぶりに人と話した気がする。
七山の言葉でだいぶ楽になった。
この男には、俺は一生頭が上がらない。
胸にぽっかりと空いた大穴。これを埋めるのはどれくらいの時間がかかるかなんて想像できないが、一ミリずつ埋めていこう。
★
どうして、こんなことを言ってしまったのだろう。
あの日から、後悔してばかりだった。
私、一ノ瀬御世は『さてぃふぉちゃんねる』という動画チャンネルを運営している。
ジャンルはゲーム実況で、チャンネル登録者数は10万人を突破した。この界隈では、そこそこ有名である。
そんな『さてぃふぉちゃんねる』の最大のウリといったら、顔出し無しの声のみという動画スタイルだ。自分で言うのもなんだが、昨今、このスタイルでここまで伸びている投稿者はかなり少ない。
このスタイルになった理由としては、昨今、顔出ししている配信者が顔バレしてストーカー被害などのトラブルに巻き込まれるといったケースが頻発しているから。自分の身は自分で守らないといけない。
特に、この職業を選んだならば猶更だ。
そして、もう一つは、私が動画投稿を始めるきっかけとなったチャンネル、『56チャンネル』と同じスタイルでやってみたいと思ったからだ。
その『56チャンネル』の配信者、二宮吾郎君は、なんと私が運営する『さてぃふぉちゃんねる』の企画を考えてくれたり、編集をしてくれたりする『裏方』さんだ。
そして、私の彼氏でもある。
つまり、二宮吾郎君は、私の“全て”だ。
そんな吾郎君を、私は衝動的に拒絶してしまった。
きっかけは、投稿した動画に私の顔が写り込んでしまっていたこと。
確かに編集は吾郎君に任せていたけれど、最終チェックは私がやっていたのだから、別に吾郎君だけの責任ではない。
動画投稿を始めて約三年、徹底的に顔バレ対策をしてきたが、それはここで終わりを告げてしまった。
遅かれ早かれ、そんな未来が訪れるのだろうな、と思った。
登録者を伸ばしてもっと有名になりたい、という気持ちと、顔バレは絶対したくない、といいう気持ちは、どこかで矛盾しているのは分かっていた。
だから本当は、次のステップに行くためにも、顔バレした後の未来をおぼろげながら考えていた。
でも、予期しないタイミングで、その未来が突然訪れたから、怖くなってしまって、つい大好きな吾郎君を拒絶してしまった。
謝りたい……。
でも、きっと、吾郎君はとっくに私になんて愛想を尽かせているだろう。
あれだけ、優しくてかっこよくて気立てが良い人だ、友達ゼロのぼっちゲーム実況者の私なんかより、もっと他に良い人を見つけているはずだ。
頭では分かっているけれど、いざ、吾郎君が他の女の人と幸せになっていることを想像したら、涙が出てくる。
短い期間だったが、彼と過ごした一ヵ月は、人生で一番幸せだったと断言できるほど最高だった。
これからの私の人生において、二宮吾郎君は絶対に必要だ。
今後とも、仕事もプライベートも私を支えてほしい。
吾郎君……助けて……会いたいよ。
でも、学校に行くのは怖い。やはり、学校で身バレしてしまったことは、私にとってトラウマだ。
『久しぶり。吾郎君に謝りたいから、ウチに来てもらえるかな?』
一縷の望みをかけて、私は吾郎君にメッセージを送った。




