第50話 なあ、二宮。これさ……一ノ瀬さんだろ?
俺と御世ちゃんが正式に付き合い始めてから、一ヵ月弱が経過していた。
さてぃふぉの裏方も慣れて、軌道に乗り始める。新企画を打ち出して、その新企画をさてぃふぉが飽きて、それからまた新企画を打ち立てる、の繰り返しで、今までマンネリ化してきたさてぃふぉちゃんねるも、俺が加わってから少し新鮮味が出てきたようで、コメント欄も概ね良好だ。
編集作業も慣れてきたのでスピードもクオリティも概ね上がっており、動画のストックもかなり溜められてきた。今は二週間先までストックが溜まっており、現在のさてぃふぉちゃんねるは安定的な運用が出来ている。
10万人突破してからまったくのびていなかったチャンネル登録者数も、牛歩の歩みであるが着実に伸びており、11万人に達しようとしている。
ここまでは、ビジネス面での成果。
こんなことを言うのは野暮かもしれないが、恋愛面でも勿論順調だ。
遊園地デート以降、仲は更に深まり、編集作業する日は高確率で彼女の家に赴き、幸せをはぐくんでいる。
“全てした”わけではないが、そういうこともいずれしていきたいと思っている。
公私ともに最高のパートナー。それが俺にとっての一ノ瀬御世である。
こうして俺と御世ちゃんは、最高の日々を過ごしていた。
――“あの事件”が起きるまでは。
とある日の朝。
いつものように登校すると、七山が血相を変えてこちらにやってきた。
「おい、二宮! 昨日のさてぃふぉちゃんねる、見たか?」
「一応……」
昨日の公開分は確か、先週の動画収録合宿(二回目)に取り溜めしておいたやつだっけ。
その収録には立ち会ったし、編集もしたが、アップロードされた動画を見たわけではないので、その七山の質問に対するアンサーは微妙なところだ。
公開前のチェックこそやっているが、最近は慣れてきたせいで、そのチェックもなあなあになってきている。特に、公開後の動画を見たり、コメント欄をチェックすることがおざなりになっている。
人気配信者の裏方になったとて、このだらけ癖はいつまでたっても矯正されないな。
しかし、七山がここまで取り乱しているのは珍しいような……。
七山は隣に既に座っている御世ちゃんのことを一瞥したのち、俺に耳打ちをする。
「……昼休み、ちょっと来てくれ。お前、一人で、だ」
「あ、ああ」
七山の圧に制され、首を縦に振りざるを得なかった。
……何か、とんでもなく嫌な予感がするのだが。
そのせいで、授業中は胸騒ぎが止まらなかった。
☆
来たる昼休み、御世ちゃんと一緒に過ごしたかったが、七山の反応的に急を要しそうだったので、御世ちゃんに許可を取って、七山のもとへ向かった。
七山は俺と視線を合わせると、手招きをしてくる。
「それで、何だよ?」
「ここじゃ、話せない。二人きりになれるところに行こう」
「あ、ああ……」
二人きりで……?
一体俺はこれから何をされるんだ……?
ますます不安になってきた俺は、七山に言われるがままついていく。
やってきたのは、誰もいない階段の踊り場だ。
そこで、七山は神妙な面持ちで話を切り出した。
「いいか、昨日上がったさてぃふぉちゃんねるの動画のコメント欄なんだが……これだ」
《5.25 ここさてぃふぉの顔写ってない?》
それは一つの指摘コメントだ。
ここで事態を察した俺は、全身から血の気が引いた。
俺は急いで、スマホを開き、その件のコメント欄を見る。
そして指摘があった時間に飛ぶ。
俺と御世ちゃんを繋いでくれたきっかけである『ドラゴニック・ブレイブ』を再びプレイする企画が、本人自身もモチベーションが高く、また再生数も上々のため、最近よくやっているのだが、『ドラゴニック・ブレイブ』は頻繁にローディングするゲームのため、よく画面が暗転するのだ。
コメント欄にあった件のシーンは、その暗転している時で、カットしそびれていたのか、暗転した画面に反射して、一瞬だけ微かに御世ちゃんの顔が写ってしまっていた。
普通に視聴していれば気づかないレベルだが、そこは熱心なさてぃふぉファン。
一瞬の隙も見逃さなかったというわけだ。
《えっ、ガチじゃん!》
《釣りかと思ったらマジで腰抜かした》
《女?》
↑《暗くて見にくいけど、流石に女だろ》
↑《普通に若くね?》
↑《めちゃくちゃ可愛いじゃん!》
↑《私のデータによりますと、大学生、いや高校生ということもありえますぞ》
《顔出し無しの人気配信者の顔バレしたと聞いて、飛んでやってきました》
《ここの視聴者に、彼女の顔を知っているやつはいませんか!》
《特定班はよ》
そのコメントに対する返信は100を超えており、祭りと化していた。
マズいぞ……。
いや、マズいなんて言葉では片づけられない。
最近、編集作業が慣れてきたせいで、確認作業も蔑ろにしてしまったことで起こってしまった最悪の事態。
御世ちゃんもチェックするとはいえ、編集した俺に責任がある。
一旦、動画を削除して……。いや、でも拡散してしまったら意味が無くて……。御世ちゃんにはなんて言えば……。どうしよう……。どうしよう……。どうしよう……。
脳の処理が追い付かなくなり、頭がパニックになっていると、七山から追い打ちをかけるような質問が飛んでくる。
「なあ、二宮。これさ……一ノ瀬さんだろ?」




